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◇◆ 十七 ◆◇

会議は、電話してから二日後に行うことになった。

当日はこちらからは私と部下の二名、先方からも二名来ることになっていた。開始までの間に、部下には来客用のお茶の用意などをさせ、私は要望書に漏れがないか最終チェックをしていた。

会議開始五分前になると、私のデスクに受付から来客の旨の電話があり、私はすぐに会議室へ案内するように伝えた。私は部下に声をかけると、一緒に会議室にて待つことにした。

それからすぐにドアがノックされ、スーツ姿の男性が入ってきた。

「お世話になります。ヘッドツイートの桜井と申します」

桜井と名乗った男性は低姿勢で挨拶をすると、私の方へと名刺を差し出してきた。私とは初対面で、前職の仲間と会えるのを期待していただけに、少し残念な気持ちになった。

「今田と申します。こちらは部下の東です。宜しくお願いします」

こちらも名刺を差し出し、交換をした。

「頂戴いたします」

「どうぞ、こちらへ」

「ありがとうございます」

桜井を椅子へと誘導すると、互いに座った。

東はそのタイミングで来客用のお茶を取りに行った。

桜井は、座ってすぐに口を開くと、深々と頭を下げ、詫びから入った。

「本日は二名で伺う予定だったのですが、もう一名が弊社を出発する直前にトラブルを起こしてしまいまして、後で遅れて伺います。大変申し訳ありません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。困ったときはお互い様ですから」

「申し訳ありません」

「これから一緒に仕事をしていくわけですし、堅苦しいのは無しでいきましょう」

「そうですね、宜しくお願いします」

「失礼します」

東がお茶を持って入ってきた。

「どうぞ」

「ご丁寧にありがとうございます」

「あ、東。後で一人遅れて来られるみたいだから、着いたら会議室にご案内するように受付に伝えてきてくれる?」

「分かりました」

それからすぐに東は戻ってきて、一通り準備ができると、私の隣に座った。

桜井はあらかじめ用意しておいた会議資料を取り出し、一部ずつこちらに渡してきた。

「こちらが今回弊社から提案させて頂く内容でございます」

書類には、見慣れた内容が載っていた。大枠は私がいた頃とあまり変わっていないようだ。

「今回の提案としては、全てのパソコンの動作ログを常に監視できるようにするシステムの構築になります。監視は、アクセス権を保有する社員のみがログインできるポータルをイントラネットで用意しますので、そちらから行うことができます」

「なるほど。こちらとしては、そのアクセス権を誰に持たせるかを決めるだけでいいわけですね」

「はい、そういうことになります。アプリケーションの初期設定の時に、情報の吸い出しについての監視設定ができるので、見落とす心配はありません。もし不審なデータ移動などが行われたら、すぐに担当者へメールが配信されますので、常にモニターにかじり付いていなければならないわけではありません。そこは手軽で良いところだと考えております」

それから何点か不明点や今後の流れの確認をしていると、コンコンと会議室のドアがノックされた。

「どうぞ」

「失礼します」

女性の声だった。

ゆっくりと開いたドアのその先を見た途端、私の中に電流が走った。ここ最近で全く感じたことの無いほど、強烈なものだった。

「遅れて申し訳ありません」

そこにいたのは私の妻になるはずの人だった。

「え、あっ、こんにちは。どうぞ」

私は、すぐにでも明子の所へ駆け寄りたい衝動に駆られた。しかし、すぐにその気持ちを抑えた。

この時間軸では、明子は私の妻ではない。そもそも、私のこの生活環境において、彼女は知り合いですらないのだ。

心臓が今にも爆発するんじゃないかという勢いで鼓動している。それに呼応して手が震えている。そんな私の気持ちとは裏腹に、彼女は私の方へと向かってくる。

「遅れてしまい大変失礼致しました。私、ヘッドツイートの西山と申します」

「私、今田と申します。こちらは部下の東です」

一瞬、この時間軸では明子は誰かと結婚しているのではないかと不安になった。しかし、「西山」と名乗ってくれたことでこの不安はすぐに払拭された。

名刺交換を終えると、桜井が口を開いた。

「こちらの西山ですが、最近弊社に入ったばかりでして、OJTという形で私と一緒に仕事をしています。ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただければ幸いです」

「あ、そうでしたか。宜しくお願い致します」

私は彼女の視線から避けるように頭を下げると、そのまま目を合わせずに席に戻ろうとした。すると、明子の方から視線を感じた。

「あれ、どこかでお会いしたことありましたっけ?」

「はい?…え、あ、えっと、たぶん気のせいじゃないですかね」

「そう…ですよね、失礼しました」

私はとっさに知らんぷりをしてしまった。

彼女は私のことを覚えていてくれたのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。何故なら、私と彼女は就職活動の時に話しただけで、あれからかなりの年月が経ってしまっている。一瞬、もしかしたら就職活動の後にも私と彼女はつながっていたのではないかと期待をしたが、この受け答えをしてみて、それはないのだと悟った。

とにかく私は彼女を席へと促すと、会議の続きに入った。真剣に議論をしなければならないというのに、私はこれまでで一番注意散漫だったと思う。まさに心ここに在らずとはこのことだった。


それから三十分ほど打ち合わせをして、今日は解散になった。

会社の出口まで二人を見送ると、私と東はそれぞれ自分の持ち場へと戻った。その際、東に今回の会議内容をまとめた資料を作るように指示出しをした。

デスクに戻ってメールチェックを一通り終えると、私はかなり疲れていることに気が付いた。ここ最近はかなりハードワークをしてきたので、体の方が悲鳴を上げてきた可能性がある。しかし、どちらかというと頭を使いすぎて疲れているのではないかと思った。たぶん…というか、間違いなく明子の存在が原因だ。

ふと受け取った名刺を見る。

「株式会社ヘッドツイート・西山明子…かぁ」

まさか彼女が私の前職の会社に転職してくるとは。もし、私が転職せずにいたら、そこで出会えたのだろうか。

一瞬、タイムリープが頭をよぎった。

しかし、その誘惑を無理矢理にでもかき消した。私は、もうやらないと決めたのだ。

「………」

どうしても彼女のことが頭から離れない。何かに取り組んでいるときはまだましなのだが、ちょっとした休憩時間など、気が緩んでいるときは、脳内は明子で埋め尽くされている。私は明子と陽菜を失って、その絶望感の中をただひたすらに生きてきた。そんな私を救ってくれたのがこの職場なのだと思う。だから、その恩返しのためにも、もっと働かなければいけないと心に決めている。しかし、今はそれどころではなくなってしまっている。失ったはずの明子が目の前に現れるなんて、考えもしなかった。

これは神様が私にもう一度チャンスを与えてくれたのだと思う。今度こそは失うなよ、というメッセージなのだと思う。いや、そう思いたい。

公私混同をしようとしているのは自分でも分かっている。しかし、私はこの名刺に書かれているメールアドレスにメールを送ろうか悩んでいた。

実は私はあなたのことを覚えていて、それは就職活動の時に一緒に食事に行ったのだ、と。せっかくだし、またご飯でも行きませんか、と。

しかし、もし明子に彼氏がいたらそれこそ最悪だ。彼女に迷惑をかけることになるし、仮にそれが事実だとしたら、私はそんなことを知りたくはない。絶対にだ。とはいえこの年齢だ。結婚を前提に付き合っている人がいてもおかしくはない。むしろ、そんな相手が全くいない私の方がレアなのだと思う。

色々なことが頭の中を駆けめぐり、余計に疲れてきた。

無意識に眉間に皺が寄っていたようで、前に座っていた平塚さんが「今日はどうかしたんですか?いつもより疲れた顔してますけど」と心配をしてくれた。私は、やはりそう見えるのかと思った。この疲労感だ。そういう雰囲気が漂っていてもおかしくはない。

私は平塚さんに軽くお礼だけ言って、上司の元へ向かった。

「あ、今お時間よろしいですか?」

「どうぞ」

「申し訳ないのですが、本日はこれで早退させていただきたいのですが」

「どうしたの?」

「体調が優れなくてですね…」

「そっか、お大事にね。ここ最近すごくがんばっていたから、それが響いてるのかもしれないよ。体を壊す前に、しっかりと休みなよ」

「はい、ありがとうございます」

上司は早退を快諾してくれた。

私は深々と頭を下げると、すぐに会社を後にした。


家に着くと、部屋着に着替えて真っ先にベッドにダイブした。

そして、しばらくしてから彼女の名刺を取り出し、ぼーっと眺めた。何となく持って帰ってきてしまったのだ。

連絡を取り合いたい。しかし、やはり公私混同だ。彼女に送るメールは、同時に桜井さんにも送らなければならない。当然、その内容は仕事に関すること以外にあってはならない。あくまでもビジネスパートナーでしかないのだから、当たり前の話だ。

しかし、彼女だけと連絡を取り合いたい。

三十代後半の男が、こんなことで悩んでいるのかと思うと情けなくなるが、これが恋愛なのだと思った。恋は盲目とはよく言ったものだ。

宛先は入れずに、メールを打ってみる。

「今田です。今日はありがとうございました。これからお世話になると思いますので、宜しくお願い致します」

「今田です。今日はありがとうございました。あれから思い出したのですが、私と西山さんは一度就職活動の時に会っていました。ちょうどヘッドツイートを受けたときです」

「今田です。今日はありがとうございました。今日、私のことをおぼろげながら覚えていてくれて嬉しかったです。学生の時に一度お会いしたことがありましたので。あの場では言えなかったので誤魔化してしまいましたが…」

何度も書いては消して、書いては消してを繰り返す。そうこうしているうちに、気付けば夜になっていた。

「ふう…」

一息ついて考える。

やはり、私から個人的なメールを送るのは止めておこう。はっきり言って、こんなことをされたら気持ち悪がられるに決まっている。

私は何パターンか作っておいた宛先の無いメールを全て削除した。

結局、この日のうちに携帯電話が何かを送受信することはなく、電池の残量が極端に少なくなっただけであった。


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