◇◆ 十八 ◆◇
それから二度ほど桜井さんと明子はうちの会社を訪れた。
アプリケーションのインストール自体は初日で終わったのだが、その後の動作確認と動作不良の修正があったからだ。
そして今日、アプリケーション導入の全工程が終了し、実際に監視システムが動き出すことになる。そして、今日でプロジェクトが完了を迎え、私はリーダーの責から解放される。私自身初めてのプロジェクトリーダーだったので、短期間とはいえ色々と大変だった。ようやく肩の荷が下りるのかと思うと、感慨深いものがある。大変喜ばしいことだ。しかし、それと同時に明子と会える機会が極端に減ることになる。もしかしたら、もう二度と会うことは無いかもしれない。私の中で、その両極端な感情が複雑に絡まり合い、何とも言えない気持ちで今日という日を迎えていた。
「今日、終わったら四人で飲みに行きませんか?打ち上げってことで」
提案してきたのは桜井さんだった。
「いいですね、行きましょう!」
そうして、仕事が終わったら街へと飲みに出ることになった。
プロジェクト自体が完了したのが午後一時くらいだったので、桜井さんと明子は一度会社へと戻った。そして、午後七時くらいにうちの会社の最寄り駅に再集合した。
飲み屋は駅の周辺から適当に決めることになった。幸いにも駅の周りには飲み屋がたくさん立ち並んでいる。私達はその中で、鮮魚を売りにしている大衆居酒屋へと入ることにした。明子は魚が大好きなのだ。
店内では座敷へと通された。四人用のテーブルで、同じ会社の人間が隣同士に座った。私の前には明子が座っている。
「とりあえずビールで。ビール以外の人いますか?」
桜井さんが音頭をとる。
「あ、西山さんもビールで大丈夫ですか?」
「はい、実は私ビール大好きなんです」
「ああ、そうなんですか。それはいいことです。あ、店員さん、注文いいですか?」
桜井さんは通りがかりの店員に声をかけた。
「あ、とりあえず枝豆と卵焼きとエイヒレの炙り、刺身五点盛りで。あとみなさん食べたいものがあればどうぞ」
すると、明子は遠慮がちに「私は好き嫌い無いので合わせます」とだけ言った。東も同じような感じだった。私は追加で焼き鳥おまかせ十本セットを頼んだ。
ビールはすぐに来た。ジョッキがキンキンに冷えており、早く喉に流し込みたい衝動に駆られた。ビール以外にはまだお通ししか来ていなかったが、すぐに乾杯への運びとなった。
「それでは宜しいでしょうか。みなさん、この度はお疲れさまでした。今田さん、東さん、弊社の商品を採用して頂きましてありがとうございました。何かトラブルがあったら最優先で駆けつけますので、今後とも長いつき合いを宜しくお願い致します。今田さん、ぜひ乾杯の発声をお願い致します」
「分かりました。桜井さん、西山さん、どうもありがとうございました。ヘッドツイートさんの商品ですので、私共も安心して今後の仕事に打ち込むことができると思います。今後もお世話になることがあると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。それでは、ジョッキの用意は宜しいでしょうか。乾杯!」
「乾杯!」
四人でジョッキを合わせ、これまでの仕事を互いに労った。
それからは世間話を中心として会話に花を咲かせた。その内容は多岐に渡り、仕事の愚痴からプライベートにまで及んだ。この中だと東だけが一回り若かったが、他の三人は多少の年齢差はあるものの、同じ時代を生きたと言っても過言ではなかったので、共感の持てる話が多かった。驚いたのは、桜井さんが過去に二度離婚をしていたということだった。今は三人目の奥さんと一緒に幸せに暮らしているそうなのだが、私だけでなく目の前にも波乱万丈な人生を歩んできた人がいたのだ。何となく、これまで以上に親近感が湧いた。そしてその流れで恋愛の話になり、明子に彼氏がいないことが判明した。その流れを作ってくれた桜井さんに心の中で何度も感謝をした。私が知りたかった情報がこんな形で手に入るとは思わなかったのだ。
飲み会はだいたい二時間でお開きとなった。
桜井さんが全員から会費を集めて、レジでの支払いをしてくれた。その間、残りの三人はお店の外で待つことになった。
この二時間は、私にとってはとても楽しいものであった。しかし、同時にここで勝負しなければ、二度と近い距離で明子とやりとりする場は来ないのだろうとも思っていた。そのためか、いつも以上の酒量なのに、そこまで酔えていなかった。やはり、今しかないのだ。
私は携帯電話をスーツのポケットから取り出すと、明子に話しかけた。
「西山さん、これも何かの縁っていうことで、交換しませんか?」
恐らく、酔えていないとはいえ酒の力を借りていたと思う。明子はそれに対して「ええ、いいですよ」と笑顔で快諾してくれた。私は桜井さんが戻ってくる前に、明子とメールアドレスの交換をした。
これでなんとか首の皮一枚でつながったと思う。ようやく一歩を踏み出すことができたのだ。しかし、今日の私にはこれが限界だった。これ以上のことはできなかった。
それから四人は駅まで一緒に歩き、改札前で解散をした。
私以外の三人は同じ方面で、私は一人だけ逆方面だった。
車内は割と空いていて座ることが出来た。私はすぐに携帯電話を取り出すと、メーラーを起動した。宛先はもちろん明子だ。
「今日はありがとうございました!OJTだって聞いたときは正直不安でしたが、西山さんは仕事の出来る方ですね。すぐに慣れていきましたから。今後ともよろしくお願いします。そういえば、先ほど思い出したのですが、たぶん、私と西山さんは学生の時に一度お会いしていると思います。ヘッドツイートの採用試験の時です。西山さんは覚えていないかもしれませんが…笑」
三十代後半の男がこんなメールを打っているのかと思うと、何だか笑えてくる。本当に、私は独り身なんだと改めて思い知らされた気分だ。しかし、今日は非常に気分がいい。我ながらよくやったと思う。
こうやって少しずつでも近づいていこう。なんて言ったって、私は彼女を一度妻にしているのだ。絶対に振り向かせてみせる。
私は一息つくと、送信ボタンを押した。そして、無事送信できたことを確認すると、車外へと視線を移した。
どういうわけか、私はタイムリープという超人的な力を手に入れてしまった。私はその圧倒的な引力に引き寄せられ、その魅力に惑わされてしまった。そうしてたどり着いた結果が今の状況だ。やはり、タイムリープを正しく扱えるのは人智を越えた存在のみなのだと思う。決して一人のちっぽけな人間などではない。
タイムリープは私のレベルでは意識的に起こったり、無意識的に起こったりと不安定であった。もう二度とタイムリープをしないと決断したものの、もしかしたら今後も意図せず起こる可能性がある。しかし、仮に起こっても、私はもう惑わされない。たとえ魅力的な選択肢が目の前に展開されたとしても、それは私が本来たどってこなかった道筋なのだ。身の上を知った上で、私は背伸びをせずに実直に生きていきたい。それがタイムリープと出会った私の最終的な結論だ。
既にやってしまったことは取り戻すことは出来ない。私は今ある状況を受け止め、このまま前進していこうと思う。そして、願わくはまた明子と結婚したい。いや、結婚してみせる。そうやって、私は幸せをつかんで生きていくと心に決めた。
電車の揺れがなんだか心地よい。若干の眠気を誘うが、明子からの返信を待っていると自然と目が冴えた。
外にはいつもと同じ風景が広がっている。だというのに、なんとなく今日だけは違って見えた。夜景が今までに無いほど美しく輝き、煌びやかだった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
また何か書くことがあったら、投稿しようと思います!




