第2章 第3節
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ギルドへの手続きは私一人で十分なので、翌日は別行動になった。
ちなみに冒険者になりたての私は三つほどレベルアップの通知が来たが、ガストはまだということだ。
一人で町を歩くのが初めてということもあり、緊張しつつ冒険者ギルドに向かう。
街中は石畳が敷かれ、石やレンガを組み合わせられた建物が密集している。
それに、港町ということもあって、帆のある大きな船も見えた。
下手すれば、私の村の家々をすべて集めたよりも大きな船だ。
おそらく旧大陸と新大陸を行き来する船だろう。
そして何より、少し肌に沁みる潮風が自分の故郷とは違った。
さて、昨日も来たので、無事に冒険者ギルドに着いた。営業中を示す看板が出ている。
「こんにちは~」
挨拶をしながら、扉を恐る恐る開けた。
手前には幾つかテーブルと椅子が並び、奥にカウンターがある。酒場に似ている。
その向こうに法衣を纏った男がいた。冒険者ギルトの職員は秩序神の神官が運営していると、ガストが言っていたのを思い出す。
「こんにちは、お嬢さん。冒険者ギルドに何か御用でしょうか」
「はい。先日成人を迎えまして、冒険者になることにしました」
「なるほど。登録に来られたのですね。それではあちらへどうぞ」
そう言って案内されたのは、室内のテーブル席。
彼は席に座るなり、テーブルの上に両手を広げ、何やら指を動かしている。
指先だけを動かすのがどこか奇妙で、つい聞いてしまう。
「それは何をやっているんですか」
「職員用のシステムを操作しているんです。お客様はおそらく強く念じることでシステムを動かしていると思うのですが、我々秩序神の敬虔な信徒は特殊な訓練を積み、文字と指を連動させて操作するのです。少し不気味に見えるかもしれませんが、実はこの方が処理を早く行えます。それでは、冒険者の登録をしましょう。まずはステータスを開いてください。次に、『その他』を開いてください」
「分かりました」
視界の端に薄く浮かんだ「ステータス」の文字を見つめ、ステータス画面を開いた。
その端に「ストレージ」「呪文・スキル」「通知」「お布施」「その他」と表示されているので、「その他」と意識する。
「はい。開きました」
「……ん? 未登録の割にはかなり早いですね。だいぶ慣れましたか」
「ええ。たくさん呪文を使ったからかもしれません」
「なるほど。それでも生き残っているとは、実に素晴らしい。上級冒険者の多くはシステムの操作がとても素早いです。それだけ戦闘中の時間ロスを避けているのでしょう。あなたもそうなれるといいですね。さて、それでは、その中に『転送』のコマンドがあると思うので、それを実行してください」
「はい……えーと……これか」
幾つかメニューが並ぶ中、心の中で「転送」と念じると同時にポーン!と軽やかな音が響く。
システムの表示の上に横長の枠線が現れ、枠線の内側が左から順に色濃くなる。
一番右にまで到達すると、枠になった太線は消えた。
それと同時に職員が指先を動かしながら告げる。
「カリーナさんですね。アコライトでよろしいでしょうか」
「はい。そうです」
名乗ってもいないのに当然のように知られているということは、おそらく先ほどの転送で私のシステムの内容を共有されたのだろう。
職員は相変わらず指を動かしながら、視線を宙に漂わせる。
「これでカリーナさんは我々冒険者ギルドの様々なサービスを受けられるようになりました。武器や防具といった冒険者用品の購入や珍しい素材の買い取りも行えます。おや? もうレベルアップできるんですね」
「はい。私、山奥に住んでいたんですけど、ここに来るまでに何度も戦闘がありました」
「それは大変でしたね。せっかくだから、レベルアップも済ませましょう」
レベルアップは主に私のシステムから操作したが、その内容を有効にするには秩序神への報告が必要であり、そのためには職員が利用しているシステムを経由する必要があるらしい。
そして、待望のレベルアップだが、概ね、以下の流れで行われる。
①レベルを上げるクラスの選択
②レベルを上げたクラスに紐づく特技や呪文の選択
③能力値ポイントの振り分け
④HP・MP等の再計算(自動)
⑤秩序神への報告(冒険者ギルドでの作業)
(大事なのは①と②。現状、戦闘をガストさんに任せ放しなのが心苦しい……)
ここでウォーリアを選択すれば、前線に立ちやすくなる。あるいはメイジを選択すれば、信仰魔法に加えて秘術魔法も使えるようになる。そうすれば、魔法でガストをフォローすることもできる。ただ、当然ながらアコライトを選択する方がその能力をより高められるのは間違いない。
(……よし! しばらくはアコライト一本伸ばしにしよう!)
ガストにおんぶに抱っこなのは申し訳ないが、低レベルの自分が下手に戦闘に参加しても上手く立ち回れる自信がない。それなら今まで通り前衛を彼に任せ、その代わり後方から自分がしっかり回復できるようになる方が、パーティの勝率に繋がる気がした。それに、いずれメンバーも増えるだろうから、回復役は必要だ。
私は三レベルを全てアコとしてレベルアップした。アンデッドに高ダメージを与える《天罰》の呪文に惹かれながらも、HP回復や状態異常回復の呪文を充実させる。余計な欲を出すべきではない。「いろいろできる」を目指すと「全てが中途半端」となる可能性がある。そして、気付けばHPもMPも一レベルの二倍以上になった。
(よし! これでスライムぐらいなら! ……いやいや、その強気さが慢心を生む。もう少し慎重に生きなくちゃ……)
私が自分のステータスを満足気に眺めていると、職員が声を掛ける。
「一気に四レベルになりましたね。これで要件はお済ですか?」
「いや。パーティも作ろうと思っています」
「承知しました。ところで、登録メンバーはカリーナさんだけですか」
「いえ、もう一名います」
「なるほど。ただ、パーティへの登録や脱退はご本人様でないと手続きできませんので、その方には後日ギルドにいらっしゃるようにお伝え願います」
「え? ダメなんですか?」
「はい。昔は二重三重に登録できたらしいのですが、システムがバージョンアップしてパーティスキルの機能が追加されたあとで禁止されました。恩恵を二重三重に受ける人がいたらしいんですよね」
職員の説明にあったバージョンアップという単語が、やけに意識に残った。
いくら秩序神とはいえ、常時完璧なシステムを提供しているわけではないらしい。
おそらく小さな変化を繰り返しながら、今の状態になったのだろう。
職員の説明は続く。
「人間は経験を積むとレベルが上がります。パーティも同じですが、パーティの場合はランクと呼びます。作り立てのパーティはブロンズTierと呼ばれ、出来立てのランクです。ランクが上がればギルドからのサービスも良くなります」
「分かりました」
「では、さっくりと済ませましょう。パーティ名はどうしますか」
「えぇと……」
尋ねられてアレコレ思い浮かべていると、故郷の近くにある一本の木が思い浮かんだ。
背はせいぜい大人の倍ぐらいで、枝がとても長く、根元で支えにくいためにおじぎでもするようにたわんでいる。春になると黄色い小さな花が枝いっぱいに咲き、黄金の滝のようになる。その様子は綺麗であると同時に、気高く、神々しくもあった。
「……『アムリタ』でお願いします」
「良い名前ですね。我々神官に伝わる文献では不死の甘露を意味する言葉で、極めて縁起が良い名前になります。では、その名前とリーダーとしてカリーナさんを登録します。パーティスキルはどうしますか?」
パーティ登録するとパーティ専用スキルを持てるようになり、メンバー全員に恩恵がある。例えば、ダメージ量が少し増えたり、冒険者ギルドでの買い物の際に割引してもらえたりする。ちなみに、武器や防具を含め冒険者用の道具は、ギルドを経由して購入する。その方が安定して供給できるかららしい。
「またあとで一緒に冒険する方と決めたいと思います」
返事を聞き、職員は淀みなく指先を動かした。そして、宙で右手を軽く払う。
「終わりました。まだパーティスキルを選んでいませんので、仮登録状態に留めています。あとでパーティスキルを登録する際に有効にしましょう。パーティに登録できる人数は上限六人になります。詳細の説明は、メンバーの方を含めてまた次回にいたします」
「分かりました。では、次来た時にお願いします」
「いえいえ。危険な任務をよろしくお願いします。次いらしたときには任務の斡旋と、装備の確認をしましょう」
「はい! 今後ともよろしくお願いします! 今日はありがとうございました」
職員に礼を述べてギルドの外に出ると、空は少し茜色が混ざっていた。
もろもろの手続きに時間を要したが、気付けば超初級冒険者も卒業だ。
(これもガストさんのおかげね!)
彼が身体を張って魔物を切り払ったから、命を救われ、それどころか冒険者稼業を順調に始めることができた。自分一人だと、こうもスムーズには行かなかっただろう。
(まぁ、ちょっと、おじさんっぽいところが難なんだけどね……いや、おじさんだから当然なのか……)
そんな風に仲間を思って道を歩いていると、「カリーナも用事が済んだのか」と後ろから声を掛けられた。
微妙に悪口っぽいことを思っていた当人にまさか声を掛けられるとはまるで予期しておらず、錆びた蝶番のように不自然に振り向くと……
「が、ガストさん! その姿……一体どうしたんですか!」
見れば、額が割れ、頭から血をダラダラと流している。それに身体の至る所に刺し傷があり、薄茶色の麻シャツは真っ赤に染まっていた。
「いや~ちょっとあちこちで話を聞いているうちに、こんなことになってね。どうもみんなに引かれている気がするんだ」
どうもどころか、絶対だ! 血まみれの大男が堂々と道を歩けば、大人たちは彼を避け、子供は泣き、女性の中には生々しい傷のためか倒れてしまう者もいた。よく衛兵を呼ばれずに済んだものだ。
「会って早々で悪いんだけど、治してもらっていい?」
「当然です! そんな格好で街中を歩かないでください!」
まさか、早速、呪文を唱えることになるとは思っていなかった。
レベルが上がって呪文の効果も上がったはずなのに、彼の傷が完治するまでは何発も《治癒》を唱えなくてはならなかった。
(そう言えば、ガストさんってHPどれくらいだろう。かなり傷が深いのに、平然としているのよね。そもそも、何レベルなのかしら……十五くらいかな)
他人にシステム上の数値を尋ねるのは、ギルドの規定でも失礼な事項とされている。
(それにしても、そもそもどうして話を聞いただけでこんな傷を負うんだろう……ガストさんは誠実で実直そうだけど、いや、そうだからこそ情報収集とかで大失敗をやらかしたのかしら……)
冒険者としてステップアップしている実感がある一方、課題はまだまだ多い。
「あ、俺はこれからちょっと出掛ける。夕飯も食べてくる」
「はいはい、分かりましたよ」
フリーダムなおじさんにもやもやした感情を抱きながら、もう一度《治癒》を唱えた。




