第2章 第4節
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「チクショウ! テメエのせいか!」
監獄の門でグースが歯を剥き出して叫んだ。
冒険者ギルドに行った翌日、ガストとともに再訪するとまたしても扉が閉まっていて、休みの看板が出ていた。きっとあの職員が別のギルドで働いているのだろう。
すると、ガストが監獄に用事があるから付いてくるよう言われた。
立ち話をして待つこと小一時間。昨日会ったグースが、監獄の中から押し出された。
ガストの顔を見るなり、彼は怒鳴り散らしたわけだ。
一方、ガストの方は彼の反応を予想していたのか、どこ吹く風。
「さあ、知らんな。ただ、ここで会ったのも運命の女神様の導きだ。ちょっとメシでも食いに行こう」
「嫌だね。なんでテメェなんかとメシを食わなきゃならないんだよ」
「刑期の終了祝いだ。奢ってやるから来い」
ガストはそう言ってグースの腰に手を回し、こちらに顔を向ける。
「カリーナ! コイツの反対に回って、ベルトを掴んでくれ。すぐトンズラ扱こうとしやがるから、しっかり持つんだぞ」
私よりも先にグースが抗う。
「おい! ガスト、全然俺を信じていないだろ!」
「悪い話じゃない。すぐそこだ」
そう言って彼は問答無用でグースを連行した。
「が……ガストさん……いつまでこうしていればいいんですか……」
全然「ちょっと」ではなかった。
彼は間違いなく「ちょっとメシでも食いに行こう」と言った。
この文脈では、おそらく一般的に「ちょっと」は数分を指すだろう。
その台詞を聞いたのは、今から半日ほど前。もう陽も沈み掛けている。
その間、ずっとグースを二人掛かりで挟んでいた。
グースの向こうにいるガストが答える。
「もうちょっとだ。ほんとにもうちょっと。店は予約してある。心配するな」
ガストは平然とそう返しながら、一歩また一歩ゆっくり歩みを進めた。
セントオルドタウンにある監獄前でグースを捕まえ、ガストの案内で町を出た。
すれ違う人に奇異な目で見られながらも、三人横並びで密着して街道を歩き続けた。
伝説の勇者パーティは縦に三人並んでいたが、それに比べれば酷いものだ。
カリーナは途中で休憩したが、ガストは小用のときもグースから手を離さない。
(さすがに半日同じことをすれば疲れるはずなのに、ガストさんにはまったくその様子がない。一体どれだけの【筋力】と【耐久力】なのかしら……)
本人に確認したい気持ちをグッと堪えた。
私も被害者ではあるが、一番の被害者はずっとガストに密着されているグースだろう。
「もう逃げねぇって言ってんだろ! いつまでこうしてんだ!」
「ダウトだ。お前のそういう言葉ほど信用ならんものはない」
「チッ! これだからマジモンの脳筋は困るんだよ」
グースはグースで似たようなことを思ったらしい。
そして、どうやら逃亡を諦めていなかったようだ。
やがて、街道沿いには牧場が広がり、セントオルドタウンの隣町に着いた。
「ここだ。入るぞ」
ガストがグースを連行したのは、「可愛い子牛亭」と看板の出ている食堂。大衆食堂ではあるが、安酒を飲ませる店よりは若干グレードが高そうだ。いつも食事に金を掛けないガストが選ぶにしては、意外な店だった。
彼は問答無用に中に入ると、近くにいたウエイターの女性が気付く。若い女性でおそらく私同様成人になったばかりだろう。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
「昨日予約したガストだ」
「ご予約ありがとうございます。こちらへどうぞ」
案内されたのは、二階の個室だった。入り口には扉があり、窓には木窓がはまっている。これなら逃亡しようとしても、簡単に逃げられない。
(でも、何でこの店なのかしら……)
疑問の対象であるガストは、こちらの視線に気付いた様子もなく始める。
「さあ、グースのパーティ参加祝いだ。俺が奢るから好きなだけ食ってくれ」
「何で俺がテメエのパーティに参加しなきゃなんねぇんだよ」
「俺のじゃない。カリーナのパーティだ」
ガストの背中を押し、彼を個室の奥に座らせた。
ガスト当人も椅子に付き、店員に声を掛ける。
「とりあえず、ビールとワインを三人分。それと、料理をここからここまで頼む。急がないからできたものから順でいい」
そう言って、メニューの端から端までを指さした。
明らかに大量なオーダーを得て、店員は「ありがとうございます!」と喜色満面で、急いで部屋を出て行った。
店としてはそれなりに儲けることになるが、厨房ではこれから戦場のように忙しくなるのだろう。
店員がジョッキやキャベツの酢漬けといった料理を置いたあと、私は切り出す。
「結局グースさんを出所させたのは、ガストさんなんですよね。グースさんは犯罪で捕まっていたんでしょ。それなのにどうやって?」
「カリーナが冒険者ギルドに行っているときに聞いて回ったんだが、そもそも、コイツが捕まっていた理由は公務執行妨害。そして、それは子爵の裁決によるものだ。それだけなら普通は懲役にはならない。つまり特例だ。だから、その特例を別の特例で上書きした」
「チッ。マジで余計なことをしたな。俺は余生をあそこで過ごすつもりだったんだ」
グースもいよいよ諦めたのか、肘を付きながらジョッキを口に運んだ。
ノックとともに店員が入り、料理をテーブルに並べる。
「モツ焼き盛り合わせとトリッパのシチューです。モツは内臓、トリッパは第二胃です」
短い説明をして個室を出た。一階も客が入っているのか、だいぶ賑やかだ。
モツは直火焼きしたのかところどころ焦げた部分があり、それが香ばしい。トリッパは襞の付いたグニャグニャした肉だが、何度も噛むうちに旨味が染み出す。少なくともママが料理しないような部位が出てきた。
「珍しいお肉料理の店なんですね」
「ここは、牛を解体したときの内臓も出してくれるんだ。内臓は安い反面、すぐに悪くなるし、そのままでは食べにくい。だから、新鮮なものを丁寧に下処理する必要がある。その手間を惜しんだらこうはならないだろうな」
そう言って、もつ焼きを口に含み噛み締めた。クチャクチャと音が漏れる。
彼が噛む間、当然話すことはできないので、代わりにこちらから切り出す。
「さっき特例を特例で上書きしたって言ってたんですが、そんなことできるんですか」
「もちろん。そもそもグースが監獄で特別待遇を受けていたのだって。コイツが賄賂を渡していたからだ。つまりは、子爵の権限で贅沢な監獄暮らしをしていたわけだ」
隣のグースは「チッ」と舌打ちしてジョッキに口を付けたが、ガストは続ける。
「だから、子爵の権限で釈放してもらった」
「えっ! ひょっとして子爵様に会ったんですか?」
「当然だろ。そうじゃないとこんなことはできない。ついでに、子爵にパーティに入るよう頼んでみたがダメだった。はっはっはっ!」
「……そりゃそうでしょう。子爵様が冒険者になるだなんて意味が分かりません」
子爵はこの地の中心人物であり、普通は会うことも叶わない。
(この人は一体何をやったんだろう……)
この数日で彼が会ったのは大魔導士、獄中の犯罪者それに子爵。
普通は面会も叶わない連中ばかりのような気がする。
ガストの物怖じせぬ姿勢が、大物にも厚顔無恥にも思える。
子爵から怒りを買うほどのことをしでかさずに本当に良かった。
危うく冒険する前に、パーティ解散になるところだった。
「コイツが監獄にいた理由は、やっぱり女だった」
ガストが聞いてきたところによれば、四十年ほど前のこと。
今より若かったグースは、女の方から近寄られるほどにモテた。当然のように無数の女と関係を持ってしまう。ところが、そのうちの一人が、犯罪グループの幹部が目を掛けている女性だった。
「うわっ……グースさんってやっぱり女の敵ですね」
呆れながらワインの入ったジョッキに手を伸ばした。気のせいか少し酔っている。
グースの反応は予想と少し違った。
「そうじゃない。俺がそのときに本気だったのはその人だけだ。俺にとっては、最後の恋だった。だが、その幹部がヤバかった。俺に次々と殺し屋を送り込んできたんだ」
「だったら、その人を奪って逃げれば良かったじゃないか」とガスト。
「お前じゃねぇんだ。そこまでの強さはないよ。自分の身を守るので精一杯だった。昼夜なく襲われ、気の休まる時間もなかった。一時期は旧大陸に帰ることも考えたほどだ。そして、最終的に監獄に逃げ込んだ。自分で金を払ってね」
「なるほど。それで子爵様に特例を出してもらったんですね……」
私のつぶやきのあと、ガストがビールで喉を潤す。
「げぷっ。で、もう少し詳しく知りたいから、その犯罪グループに会いに行ったんだ」
「え? 会えるんですか?」
「いや。もちろん、どこにいるかなんて知らないので、とりあえずガラの悪いヤツらに片っ端から声を掛けた。そしたら、気の荒いヤツがいて、殴り掛かってきたんだ。とはいえ、話し掛けたこちらから殴るのも問題なので、しばらく耐えた」
(あ……それで昨日はあんなに血を流していたのね……)
ガストはウォーリアであり、冒険者の中でも体力に自信がある者。
一般人の素手攻撃はガストを傷付けても、致命傷に至ることはまず不可能だ。
「ヤツらの仲間が集まってきて、さすがにヤバいと思ったときに、改めて見ると、ヤツらの仲間に昔助けたことがあるヤツがいた。そいつも今やチンピラのボスらしく、その場を収めてくれた。その上で、例の犯罪グループについて聞いたんだ。そしたら、そのグループ自体はまだ存在しているが、幹部は数年前に亡くなったそうだ」
「え? そ、それじゃあ、俺は長いこと一人で勝手に怯えていたのか……」
「慎重な案を取るお前のことだ。外部との接触を絶ったんだろうから、仕方ない。でも、これでハッキリ言える。お前にはもう監獄に籠る理由がない。あとは決断だけだ」
(ガストさん、すごい!)
正直おじさん特有の厚かましさと溢れ出る脳筋感はあるものの、それでも行動するという点において感心した。監獄の仲間を出そうとは思わないし、子爵に会おうとも思わないし、チンピラに殴られようとも思わない。だが、彼はそれをやってのけた。
――コン、コン!
「失礼します」
ノックの後に入ってきたのは、年配の女性だった。ママよりも年上で、ガストたちのちょっと下くらいかもしれない。彼女は皿をテーブルに並べる。
「こちらが最後のお料理です。タンシチューと腿のシチューになります。ウチの看板メニューですよ。バケットもあるので、ご一緒にお楽しみください。今日はたくさん頼んでいただいて、ありがとうございます」
女性が深々と頭を下げた。わざわざ挨拶に来るぐらいだから、おそらく店を切り盛りする女将だろう。
赤ら顔だが全く酔った様子のないガストが答える。
「食べたことのない珍しいお肉ばかりでとても美味しかったです。コイツと飲むのも久々で、おかげで話が弾みました」
そう言って、ガストは隣に座るグースの肩に腕を回した。
グースは、一瞬、女将の方に目を向け、そしてすぐに視線を逸らした。しかし、両目を見開き、その表情は固まっていた。明らかに動揺している。
女将はガストを相手にしていたためか、グースの様子に気付くことなく続ける。
「それは良かった。気に入ったものがあれば、是非お代わりをご注文ください。それでは失礼いたします」
そう言って扉を閉めた。
同時にグースはガストの方を向き、喧嘩腰で彼の襟元を掴む。
「お前! 彼女はまさか!」
「そうだ。お前とのことでとばっちりを受けた彼女は流れ流れ、今はこの店を経営している。チンピラたちが調べてくれたよ」
「そうか……そうか……良かった……もう逃げ回らなくていいんだな……」
グースは顔を伏せ、小刻みに震えた。
彼の四十年に渡る逃亡生活に幕が下りた。
その後、グースが浴びるように酒を飲み、酔い潰れた。そこで酒宴はお開きとなった。
ガストが彼を背負って、一階に下りた。
ガストは「女将さん」と声を掛けて両手の人差し指を重ねた。×印だ。
すると女将はガストの意図が通じたのか、伝票に手を伸ばす。
何のことが分からなかったので、聞いてみる。
「今のサインは何ですか」
「お会計の合図だよ。ほら、×印と『〆』って字は似てるだろ」
「おぉ! なるほど!」
今夜はちょっとだけ大人になった気がする。
会計は三人の飲食にしては滅茶苦茶だったが、ここはリーダーたる私が支払った。
――――というわけで、
新しい仲間のグースさんも加わり、
いよいよパーティとしての活動が近くなりました。
監獄出身と聞くと何か怖いけど、話をすると気の小さなイケオジです。
ただ、パーティの平均年齢は上がった気がします。
その分、みんな心強いので、先輩に迷惑を掛けないように頑張ります。
それではお元気で。
かしこ




