第2章 第2節 その1
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「ガストさん、本当にここですか?」
本日二度目の台詞だ。初上京の私が行くにしては、あまりに珍しい場所が続く。
アルバートのくれたメモを見せてもらったところ、全く読めなかった。大魔導士とはいえ超高齢者だ。目や手に衰えが出ていても仕方ない。そう思っていたところ、ガストは「懐かしいなぁ」とメモを解読した。大魔導士は、【知力】の能力値はべらぼうに高いのに、字はひどく汚いのだとか。つまり、衰えではなく、ただのクセ字らしい。
「あぁ。間違いない。行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
気後れしていた私も覚悟を決めた。
私たちが向かったのは、オルドタウンの片隅に位置する監獄。
無骨で高い外壁に囲まれ、近付く者を無条件に威圧する。
パパに教えてもらったところによると、そもそもオルドタウンでは罪を犯すと、概ね、罰金・鞭打ち・懲役・死刑として処罰される。懲役者は鉱山などでの過酷な労働を強いられる。
つまり通常の刑罰では、オルドタウンの監獄に収容されることはない。
せいぜい、罪状の確定待ちなどの拘留になる。
だからこそ、逆に、監獄の懲役者は、訳アリと言えそうな気がした。
自分が一生世話になるつもりのない場所に向かい、さすがに緊張した。
「よくここが分かったな、ガスト。お前ごときに来られると、正直心配だ」
中に入れないのではないかと思いもしたが、ガストが賄賂をチラつかせたところ、独房まで案内してくれた。
看守が「グース、面会だ」と言うと、鉄格子の中の男が「入れてくれ」と答えた。
すると看守が鍵を開けてくれた。私たちが入ると、外から鍵を閉められた。
罪を犯したわけではない自分が、牢の中に入るとは思いもしなかった。
石壁と鉄格子に囲まれているが、中は他の牢獄と違って小奇麗な部屋だった。
床に絨毯が敷かれ、大きな棚がある。棚には、果物や酒瓶さらには本が置いてある。本は背表紙からするとどうやら図鑑や地理書のようだ。
グースと呼ばれた牢屋の主は、寝台に座って私たちを迎えた。寝台のシーツは見るからに清潔で、監獄という場所には不似合いだった。私たちの泊まる宿屋と同程度の快適性はありそうだ。
牢屋の鍵が閉まると、彼は手にしていた本を閉じた。
歳はおそらくガストと同じぐらい、つまり五十代。やや小柄で、痩せている。
髪も髭も伸ばしっぱなしということはなく、綺麗に整えられていた。男性だがイヤリングをしているのが、少しオシャレだ。粗野なガストとは違う壮年男性の魅力のようなものがあり、たぶん年配の女性にはモテるだろう。
ガストは鉄格子にもたれ、腕組みをして立つ。
「俺が調べたわけじゃない。アルバが教えてくれた」
「チッ! あの糞ジジイめ、まだ生きていやがったのか。余計なことを。で、何の用だ。ジジイのところに行ったということは――」
「そうだ。冒険者を再開した。優秀で信頼できる仲間が欲しい。だから誘いに来た」
「そう評されるのはありがたいが、見ての通り、俺は服役中だ」
彼は立ち上がり、棚の方に向かう。
「一体何をやらかしたんだ?」
ガストに問われながら、彼は棚に本を差し、代わりにナイフを手にした。
突然刃物を持ったので緊張してしまったが、彼は右手にリンゴを握って寝台に戻る。
ゴミ箱を足下に置き、ナイフで皮を剥き始めた。
リンゴの皮は切れ目なく下に落ち、しかも薄いのが見て分かる。たぶん、ママよりも綺麗に剥いた。
狭い牢獄にリンゴの爽やかな香りが漂う。もともと人がまともに暮らすような場所ではないので、極めて不自然だった。
「別に。大したことはしてねぇよ」
「また女絡みか」
「チッ! イチイチうるせぇな……ほらよ」
彼はリンゴを三つに分け、ナイフの先に引っ掛けるようにして投げてきた。
私は、投げられた物をキャッチするのが苦手だが、彼のリンゴは緩やかな放物線を描き、正確に胸元に届いた。そのために少し手を上げただけで掴めた。いや、掴んだというより勝手に掌に入った感じだ。
リンゴの外側は綺麗な丸みが残り、少なくとも私では足下にも及ばない。
せっかくなので口に含むと、蜜はさほどないが、爽やかな酸味が口に広がる。
二口目を口に含みながらガストの方に目を向けると、彼はすでに食べ終えていた。
私より多く食べることは気付いていたが、まさか飲み込むような勢いで食べるとは……
すると、グースが私に声を掛けてくる。
「お嬢さん、そいつは異常だからマネする必要はない。冒険者のサガってヤツだ」
そう言って彼自身も残りを口に含む。
「冒険者は安全を確保できないような場所で、飯を食い、糞を放る。ただ、いつ何とき魔物どもに襲われるか分からねぇから、早飯早便の方がいい。コイツの飯と糞の時間が短いのは冒険生活に慣れすぎたからだが、それじゃあ、食った気にもなれない。少なくとも、塀の中にいる限りは自分のペースで飯を食える」
私は言われた内容よりも、私の心情を読まれたことに驚いた。
たぶん視線の先と表情から推測したのだろうが、普通に見ていただけなのに。
「ガストよ。今の俺は監獄生活に満足している。リンゴもあれば酒もあれば、本もある。必要なら女だって呼べる。そんなわけで、お前からの誘いはお断りだ。ご退室願おう」
一方的にそう告げると、彼は外で控える看守に声を掛けた。




