第2章 第1節
拝啓
パパ、ママ、お元気でしょうか。私は元気です。
さて、スライムから助けてもらったのをきっかけに、
ベテランのガストさんと一緒に冒険することになりました。
私の仕事は冒険することとはいえ、まだ冒険することはできません。
まずは冒険者ギルドでもろもろの手続きをしなくてはならないからです。
ところが、まだ冒険さえもしていないのに、監獄に入ることになりました。
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1
「宿泊二名、ウマゴヤで」
私は戦士ガストとパーティを組み、主都セントオルドタウンに向かった。
町に近付くにつれて魔物と遭遇する確率は減ると聞いていたのだが、スライムに四回・危険な兎に三回・虎に一回・毒蛇に二回遭遇した。とはいえ、私の出番はほぼなく、ほとんどを彼一人で始末してくれた。彼は相当強い。その彼は「ウチのリーダーは相当に引きが強い」と苦笑いしていた。引きの強さ=運の悪さは、あまり嬉しくない。
私がやったことと言えば、戦闘中は防御に徹し、事後に彼のHPを回復した程度だ。それでモンスターの所持していた小銭や経験値を得ることができるのだから、冒険者稼業がチョロいと勘違いしてしまいそうだ。
ちなみに、小銭は分配するまではリーダーたる私が預かり、そこから経費を支払うことにした。ただ、今のところはさほど儲かってはいない。
そんなこんなでセントオルドタウンに辿り着いたのは、夜もだいぶ更けたころ。
町門には衛兵が立ち、話し掛けたところすんなり入れた。たぶん魔物対策なのだろう。
町はかなり大きいのだが、夜遅くのためか、人通りはあまりなかった。
山を下りるだけで体力を使う上、連戦に次ぐ連戦で身体はかなり疲れていた。
今から店を探すのも面倒なため、食事を飛ばして休むことにした。
ガストが馴染みにしていた宿屋があるとのことで、彼が目的の宿屋に入るなり、店員にそう伝えたわけだ。
「「?」」
カウンターの向こうにいる二十歳ぐらいの店員が首を傾げた。
私も首を傾げた。今何て言った? ウマゴヤ?
店員の表情に気付いたガストが言い直す。
「宿泊を二名頼みたい。部屋は馬小屋がいい」
馬小屋だ。二回聞いたから馬小屋で間違いない。
さすがに、これは驚きを隠せない。
「何を馬鹿なことを言ってんですか! 普通にベッドで寝ましょうよ! めっちゃ疲れているんですよ!」
「おいおい、俺たちは冒険者だぞ。山や野原で寝ることもある。それに今後も金は掛かるから、日々の経費は抑えた方がいい。馬小屋なら無料だ。その代わり、魔力だけは回復する。一泊したら翌日魔法で体力を回復する。そしてもう一泊して旅立つのが、冒険者のセオリーなんだ」
「えっ……そ、そうなんですね」
冒険者になりたての私は、彼の説明に部分的には納得した。
六人パーティともなれば、一泊するだけでそれなりの金額が飛ぶ。食費だって掛かる。
抑えられる経費は抑えたい。
確かにHPとMPは回復できるのかもしれないが、でも、ゆっくり寝るのも大事なのではないだろうか。人間として犠牲にしてはいけないものを犠牲にしているようにも思う。
あるいは、慣れればどうにかなるのだろうか。
何とも世知辛い事情に苦しんでいると、宿屋の店員がガストに苦笑いを浮かべる。
「お客さん、申し訳ないけど、今は馬小屋には泊まれないよ」
「どういうことだ。俺は飽きるほどに泊まったぞ。何なら、その時、ここにいた馬と挨拶を交わしたほどだ」
「確かに、ウチの父親の時代は馬小屋を解放していたって聞いている。その分の費用が冒険者ギルドから補填されていたからね。だが、あまりに馬小屋に泊まる客が多すぎて、客室がガラガラだったんだ。その後、補填もなくなり、今は馬小屋の宿泊は認めてない」
「そ、そうなのか……時代が変わっちまったんだな……」
「こっちも商売だ。悪いな」
先輩とはいえガストよりも店員の言うことの方が、ヒトとしてまっとうに聞こえた。
それに、仮にタダだとしても、さすがに馬小屋は遠慮したい。馬の糞尿といっしょに寝るだなんて、昔の冒険者はイカれているとしか言いようがない。
幸い一人用の部屋がふたつ空いていたので、ひとまず一週間リザーブした。
私は部屋で両親への手紙をしたためると、白いシーツの誘惑に抗えず朝まで熟睡した、
木窓の隙間から朝陽が差し込んでいた。
しっかり眠ったので、気力が漲っているのが自分でも分かる。
窓を開け放つと、山村とは違う塩気のある風に頬を撫でられた。
そして、青空の下には見たことのない様子が広がっている。
昨夜は暗かったのであまり気にならなかったが、宿屋は大通りに面していた。
通り沿いには小さな露店が幾つも並び、朝から多くの人が行き交う。そのほとんどは手に籠や袋を持っていた。
ここは波止場に近く、早朝の漁で獲れたばかりの海産物が売買されている。
これだけ多くの人が行き交うのを人生で初めて見た。
(ここがセントオルドタウン……)
オルドリッチ子爵領の主都セントオルドタウンは、新大陸ダガマ随一の都市だ。
ダガマ大陸が発見されたのは、今から半世紀ほど前。
当時、このあたりは子爵級の魔族が統治していた。オルドリッチ率いるパーティ「運命のダイス」が魔族を倒し、この地を奪還した。
初めは定住者が少なく、町は廃虚同然だったという。領主が私財を投げ出し、移民を旧大陸から誘致した。私の祖父も旧大陸からの移民で、領主様にはお世話になった。
ダガマ大陸は温暖で、米や麦などの穀物やバナナやマンゴーなどの果物、香辛料の元となる胡椒の栽培に適していた。旧大陸よりも農作物の育ちも良く、暮らしやすいらしい。
ただ、土地が狭かった。いや、土地はいくらでもあるのだが、森や岩あるいは海に囲まれ、農業に向いている平地は魔族や魔物が棲みついているところが多い。
人が安全に暮らせる場所が限られていた。
その一方、旧大陸から長期間の船旅を経てやってくる冒険者は少なく、必然的にこの地で生まれ育った人間が冒険者になる。ただ、その場合、経験の不十分な面子でパーティを組むが多いので、私のように熟練者とパーティを組めるのは幸運だろう。
木窓を閉めてから着替え、食堂でガストと落ち合う。
彼は魚の塩焼き両手で掴み、背中の肉に齧りついた。
香ばしく焼けた皮がパリパリと音を立て、大きな身を咀嚼する。
「久々に海の魚を食べたが、魚はやっぱり川よりも海の方が旨いな」
私は魚介の塩スープとパンを選んだ。スープには魚の切り身や大きな貝や海老が入っている。確かに川や沼で獲れるものよりも大きく、濃厚な出汁が効いていた。数日前に焼いたであろう硬いパンをスープに浸すと、柔らかくなって旨さが倍増する。
スープの湯気ですぐに眼鏡が曇るので、ひとまず食事中は外すことにした。
初めての海産物に舌鼓を打ちながら、今日の予定を相談する。
「今日はまず冒険者ギルドに行きます。私のレベルアップ処理も依頼しないといけませんし、パーティ登録をしなくてはなりません」
「それがいい。登録するとギルドからの仕事も受けられるようになる」
「ガストさんはどうします? 一緒に行きますか?」
「そうだな。前に言ったかもしれんが、ステータスがおかしい感じがするんだ」
「ステータスは神から賜ったものですよ。本当にそんなことあるんですか?」
「秩序神も完璧ではない。俺が現役だったころにもたまにあったぞ。何かおかしなことに気付くと、ギルドに報告を上げたもんだ。そういうのを不良と言って、しばらくすると直っていたりする。たぶん、秩序神がシステムを修正したんだろう」
「秩序神も大変ですね……」
「まぁ、ときには『不良ではありません。これは仕様です』と言われることもあったし、本当のところはよくわからんが、システムの世話になっているのは間違いない。それはともかく、ギルドの用事が終わったら、行きたいところがある」
「構いません。私も町の中を見たいので付いて行っていいですか」
「もちろん。しばらくはこの町に留まり、準備を終えたらギルドで依頼を受けよう」
食事を採りながら今日の予定や購入する物などを相談した。
「ガストさん、本当にここですか?」
私たちは冒険者ギルドへと向かったが、休みだった。
ガッカリと肩を落とす私を見て、ガストは教えてくれた。そもそもギルドは職業クラスの数だけあり、秩序神に仕える神官を中心にして運営されている。とはいえ、新大陸では神官の人数も限界があり、掛け持ちでギルド運営に携わっているのだとか。
扉に掲げられた『本日は休みです』と書かれた看板の下の方に、緊急の連絡先が書いてある。このすぐ近くの神殿だった。
私の用事は遅れても大差ないので、ガストの用事をこなすことになった。
そして、彼が向かった先は魔法学院。実践的で優秀な魔法使いを輩出する学校であるとともに、新しい魔術を研究・開発するところでもある。あまり頭の良くない私には無縁の場所だ。門を出る生徒の中には私同様に眼鏡を掛けているものの、同じ眼鏡族でも種類が違う。失礼ながら、ガストもこの場所はまったく似合わない。
魔法学院は壁に囲まれていた。中では新しい魔術の開発も行われているのだろうから、余計な人の出入りを許していないのだろう。
「用があるからこんなところに来た。どうやら、まずはあそこだな」
ガストは門のそばにいる守衛小屋に向かう。
「アルバのじーさんはいるか?」
それを聞き、身体の大きな厳つい守衛は眉間に皺を寄せる。
「アルバ? 学生か?」
「いや。生きているなら教師をしているはずだ」
「面会の約束は?」
「いや、していない」
「アポなしは無理だ」
「古い友人だ。俺を通さないと後悔するぞ?」
守衛はますます皺を深くした。ガストをジッと見つめ、その力量を図っているかのようだ。数秒ののち口を開く。
「……分かった。だが、確認してからだ。名前と要件を教えてくれ」
守衛小屋で三十分ほど待たされた後、別の守衛によって敷地内を案内された。
二階建ての大きな建物が並ぶ中、天にそびえたつ塔が目を惹く。二階建ての建物を三つ重ねてもまだ及ばなさそうだ。
塔を過ぎ、長屋の立ち並ぶ中を歩く。おそらく、学生たちが暮らす場所だろう。
衛兵はその奥の一室に立ち、ノックする。
「アルバート様。ガスト殿を連れてまいりました」
「入れ」
小さな返事と同時に、衛兵は扉を開けた。
宿屋とそう変わらない程度の広さの部屋で、中央のテーブルや床には本が山のように積まれ、足下のあちこちに何かメモされた紙が散乱し、足の踏み場もない。
(うわっ! 汚部屋だ!)
食い掛けがないのはまだマシだが、母親に見られたら怒られるレベルだ。
その向こうの寝台では男がゆっくり身体を起こし、こちらに顔を向ける。
髪はほぼ抜け落ち、顔には深い皺の刻まれた老人だ。
「ガストなのか……最近は目も悪くてな……もう少し近くに来てくれ」
弱々しい声を聞き、ガストは奥へ進む。
「塔の最上階に住んでいると期待したんだが」
「ははは。タワーはマンションじゃない。実験と観察のための施設じゃ」
「随分みすぼらしいところに住んでいるじゃないか。金貨の風呂に入れるぐらいには銭を貯め込んでいただろ」
「そんなもん、この学校を建てたら全部……ゴホゴホッ!」
老人は寝台で噎せた。
(この老人が魔法学院創立者のアルバート!)
セントオルドタウン初期に魔法学校を設立し大魔導士。冒険者から引退すると同時に、旧大陸から学生を招き、優秀な卒業生を輩出している。門下生はあちこちで活躍し、彼自身も新大陸では名士の一人だ。
(ガストさん、こんな人と知り合いなんだ……)
当のガストは寝台の脇の小さなテーブルに手を伸ばしている。
「ちょっと待ってろ」
水差しから水を木のカップに注ぎ、老人に手渡した。
右手でカップを支えながら、左手で彼の背中をさする。それを自然に行った。
「ほら、焦るな。ゆっくり飲め」
「んぐ、んぐ……スマンな。懐かしい顔を見て、年甲斐もなく嬉しくなったようだ」
「ジジイなんだから気色悪いことを言うな」
「それはそうだが、久しく会っていない友と出会えれば、興奮するというものだ。それにお前も随分歳を取ったじゃないか」
「そうだな。俺が歳を取った分、じーさんも歳を取ったぞ。もうヨボヨボだ」
「当然じゃろ。信じる者を救う神と違って、万物に慈悲なく等しく作用するのが時間というものだ……で、要件は?」
「冒険者を再開した」
「なるほど、なるほど。お主が頭か?」
「いや、彼女だ」
ガストはそう言って、彼の背後に立つ私を親指で指した。
唐突に紹介され、慌てて頭を下げる。
「か、か、カリーナでぅ! 高名なアルバート様にお会いできって、光栄でふっ!」
噛みまくった私に対して、ガストが告げる。
「そんなに緊張しなくていい。ただのスケベジジイだ」
「ガストさん! な、何てことを!」
「はっ、はっ、はっ! なるほど、なるほど! 狂犬を飼いならせるのは同じ狂犬だけではなく、お嬢さんみたいなまっとうな人間かもしれんな! なるほど、なるほど!」
どういうわけかアルバートは愉快そうに笑ったが、ガストの方は違う。
「誰が狂犬だ」
「五十を過ぎれば普通は危険から離れて生きるものだ。若い者に任せず、わざわざ自分から危険に足を突っ込むのは、狂犬じゃろ。ワシに会いに来たということは、お誘いか?」
「そうだ」
「もちろん、付いて行くぞ! お前の手綱を握るヤツは多い方がいいからな!」とアルバートは息まいたが、すぐに声を落とす。「――と言いたいところじゃが、さすがに百歳を超えると身体のあちこちにガタが来る。もう少し時間をくれ。調子が良くなればワシも行く」
「分かった。それともうひとつ、聞きたいことがある。ロギはどうした?」
「……」
これまで騒々しかった学院長は、たった一つの質問で沈黙した。
視線をあちこちに彷徨わせたあと、声を落として答える。
「すまん。その件はワシにも答えられん。噂通りと思って構わん」
短い答えだったにも関わらず、たった一言答えただけで、アルバートの顔には疲労と憔悴が見えた。ロギが何者なのかは分からないが、よほど触れたくない話題なのだろう。
ついいましがた狂犬呼ばわりされたガストだが、彼にも思うところがあるのか、それ以上は尋ねなかった。
「そうか。邪魔をして悪かったな。じーさんが死ぬ前に会えてよかったよ」
「何を言いよる、小童め。いつでも遊びに来い……あ! ちょっと待て」
そう言って、彼は枕元にあった紙と羽根ペンを取った。ペンを走らせ、ミミズがのたうちまわったような文字を書き連ねる。
「せっかく来てくれたのに、手ぶらで返すのも悪い。これを持っていけ。どうせ探すんだろ。酒場でいくら聞き込みしようが、絶対に情報は出てこないだろう。ワシは少し疲れたから休ませてもらう」
そう言って、老人は寝台に身体を倒した。
さすがのガストもこれ以上話をするのは無理と諦めたのか、黙って部屋を出る。
私もそれに続く。
(『調子がよくなれば』と言っていたけど、さすがに百歳を超えたとなると……)
残念ながらガストの願いは叶えられない予感しかない。
アルバートの言葉を借りるなら、時間は万物に慈悲なく等しく作用する。
それは高名な大魔導士でも同じなのだ。




