第1章 第4節
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「ふ~っ。どうやら終わったな」
大きな息を吐きながら、男は手の甲で額の汗を拭った。
あたりは撲殺されたブル―スライムだらけで少しおぞましい。
いずれ土に返り、このあたりの肥料になることだろう。
自分たちの命を守ってくれた神に、短く感謝の言葉を捧げる。
そして、神以外にも感謝しなくてはならない。
「助けていただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げ、感謝の意を示した。
「頭を上げてくれ。困ったヤツを助けるのは当然だし、久々の戦闘で勘を取り戻すのにはちょうど良かったよ」
「とりあえず、治療しましょう。あと一回呪文を使えますので」
さすがにブル―スライムの死体の近くにいるのは落ち着かず、木陰に移動した。
残りのMPで最後の《治癒》を使ったものの、彼の身体にはあちこちに小さな生傷が残る。完全には回復できなかったようだ。
「ごめんなさい。まだHPが欠けたままですよね」
「そんなの気にすんな、唾でも付けときゃ治るって。HPの高さだけは戦士のウリだから、まだ余裕はある」
とりあえず、唾で傷を治す件はスルーする。唾で傷が治るなら、回復役はいらない。
戦闘中に見せた三連撃から推測していたが、やはり彼はウォーリアのようだ、それもかなり高レベルの。
ただ、レベルが高いとすると、それはそれで若干の違和感はある。
まず、戦闘スキルを使った様子はなかった。戦闘スキルはウォーリア専用の技で、MPを消費する代わりに一時的にダメージを増やしたり、攻撃範囲を増やしたり、あるいは防御点を高めることができる。ところが、彼はスキルを使用した様子が一切なかった。
ちなみに、連続攻撃はクラスレベルが上がると可能で、ウォーリア固有の戦闘スキルではない。私もレベルが上がれば一応可能だ。
次に、あまりに装備が貧弱だ。手にしている槌はボロく、防御装備はほぼない。格好だけを言うなら、普段のパパとそう変わらない。それどころか、よく見るとシャツもズボンもだいぶくたびれている。
長い経験を得た冒険者は自分なりの装備を一式整えているはずだ。ましてやウォーリアなら防具の善し悪しによって自分の受けるダメージが変わる。ベテランであれば万全に備えるはずなのに、その様子が全くない。
ひょっとしたらお金に困っているのかもしれない。
「……あの、助けて頂いて申し訳ないのですが、大した謝礼もできないのですが……」
「謝礼? いらんいらん。別に金銭をせびるつもりはない」
「ただ、それだと何のお礼もできないので、せめて一緒にお弁当どうですか。ママの作ってくれたお弁当はとっても美味しいんです」
「いやいや。それは君のお母さんが――」
――グーーーーーッ!
彼が言っている最中に、彼の腹の虫が盛大に返事をした。
木陰で腰を下ろし、改めてお弁当を取り出す。
ナプキンの結び目を解くと、サンドウィッチが入っていた。
厚めのパンに卵サラダを挟んだものや、ハムと野菜を挟んだものがある。
「旨い! パンは今朝焼いたのか、ふわふわだ! 君のお母さんは料理上手だな」
「はい! 自慢のママです!」
結局、私は自分のサンドウィッチの半分を渡した。
本来なら自分の稼ぎから謝礼をしたいところだが、そうはいかず、お母さんに協力してもらうことにした。私としては見ず知らずの人に恩を受けっぱなしというのも落ち着かないので、ひとまずこれで自身の感情に折り合いを付けることにする。
私が卵サンドの半分も食べ終わらぬうちに、彼は二個を平らげると、親指を名残惜しそうに舐めた後、水筒の水で喉を潤す。
「んぐ……んぐ……ぷはーっ! 旨かった! せっかくのお母さんのお弁当だったのに、もらっちゃってかえって悪かったね」
そう言って、彼は恥ずかしそうに笑いながら後頭部を掻いた。髭面のこわもてではあるが、太い眉の下の丸い目がどことなく愛嬌がある。
歳はパパよりも遥かに上で、たぶん五十代だろう。かなり高い年齢にもかかわらず、日に焼けた肌に厚い胸板をしていた。腕も私の倍ぐらいはありそう。顔や剥き出しの腕には古い傷跡が見え、歴戦のつわものであることを予感させた。
ただ、格好はみすぼらしい。そして、どことなくまだ腹を空かしている気がした。
「いえ。命には変えられません。良かったら、これもどうぞ」
そう言いて、まだ口を付けていないハムサンドも渡した。
彼は両手を広げて前に出す。
「いやいや、さすがに受け取れないよ」
「命の恩ですからどうぞ。それに、私は実家に帰ればまた食べられるので、大丈夫ですよ。ママも私を助けてくれた人に報いる方が喜ぶと思います」
「え……そ、そう? わ、悪いね……」
彼は両手でパンを持ち、大きく齧りつく。
「……ちゃんとした食べ物は、やっぱり美味しいなぁ……」
「あの……『ちゃんとした食べ物』ってどういうことですか?」
「恥ずかしながらこのところ、ずっとまともな食事にありつけなくてね。俺は山奥に住んでいたんだ。人と話すのも何日ぶりか分からないよ」
詳しく聞くと、彼の住まいは私の村よりももっと奥深い場所だった。
「そんなところに人が住んでいるなんて、知りませんでした」
「ウチだけしかないよ。空気は澄んでいるし、景色もいいんだけど、行商人も来ないからとにかく物資がなくてね。普段は定期的に麓の村まで買い出しに行くんだけど、どうしても家から離れられなくて、そうこうしているうちに食料が尽きてしまったんだ」
「じゃあ、今度も買い出しなんですか?」
「いや。実は久々に冒険者に復帰しようと思ってね」
「へぇ……」
格好にもお金が掛かっていないし、裕福というわけではなさそうだ。
たぶんお金が尽きたのだろう。
他人の財布事情を想像するのはよくはないが、納得できる。
「で、冒険者に復帰しようと思って久々にステータスを見たら、どうも表示がおかしいんだ。それに、山暮らしが長いからあまり現状も知らない。だから、まずはギルドに行こうと思ってね。このあたりだとギルドがあるのはセントオルドタウンになるから、山を下りてきたというわけだ」
それを聞き、思わず両手を合わせる。
「すごい偶然ですね! 私も冒険者ギルドに行こうと思っていたんです! あの!」
正直、彼とは今さっき会ったばかりで、加えて男性だ。彼を頼る理由はない。
だけど、彼は私が敵に囲まれているときに危険を顧みずに助けてくれた。
にもかかわらず謝礼も要求されなかった。
だから、彼を信じてもよいような気がした。
それに、冒険者初日に誰も通らないような場所で偶然に出会ったのだ。
何か運命めいたものを感じる。
「もしよければ! い、いっしょにパーティを組みませんか?」
「…………」
彼は親指と人差し指で顎を挟み、少し伸びた顎鬚を弄りながらしばし考えた。
そして、言葉を選ぶようにゆっくり返す。
「会って間もない俺を誘ってくれるのは光栄なことだが、パーティは志を同じくする者が組むべきだと思う。お嬢さんは何を目指して冒険者をやっているんだ?」
つまりは目標ということだろう。
確かに彼の言う通り、仮に仲良しメンバーでパーティを組んだとしても、それぞれの目標が違えば集団としては機能しにくくなる。場合によってはメンバーで衝突することもあるだろう。そうなると、いよいよパーティを組む意味がなくなる。
(どうしよう……)
正直なことを言えば、勢いで誘ってしまい、そもそも自分が冒険者としてどうしたいのかということも明確に決めてはいない。
村人たちに新しい土地に引っ越してもらいたい?
山にいる魔獣を減らしたい?
かつて人間の住んでいた場所に住みついている魔族どもを追い払いたい?
(答えはどれもイエス……でも、それが私の目標かというと……!)
自分の脳裏に一つの単語が思い浮かんだ。
たぶん、これが、私が冒険者になろうと思った理由でもある。
一言で言うなら憧れだ。
「勇者パーティ!」
「勇者パーティ?」
彼は眉間に皺を寄せて怪訝な顔をするが、構わずに続ける。
「はい。私の目標は、いつか魔王を倒し、勇者になることです。でも、私は腕力に自信がありません。だから、後方から全力で支援します」
彼は唇の端を微かに傾ける。
「ふっ。ヒヨッコのお嬢さんが勇者パーティとはずいぶん大きく出たもんだ」
確かに彼の言う通り。そもそもまだ作ってもいないパーティの目標にしては壮大妄言もいいところで、改めてそう言われると、言ってしまった自分が恥ずかしい。
「しかも、後方支援ということは、自分の命を天秤に掛けてない。他人任せすぎじゃないか?」
「私はパーティではやられにくいポジションかもしれませんが、代わりに最後まで立って全力で支援します」
「……」
彼はしばらく考え込んだのち、こちらに手を差し出す。
「まぁ、いいだろう。俺が冒険者に復帰して最初に出会った冒険者だ。これも何かの縁かもしれない。俺はガストン。冒険者名はガストだ。そう呼んでくれ」
自身の名前と冒険者名が違うケースがあることを始めて知ったが、それよりも彼がオーケーしてくれたことに舞い上がる。
「私はカリーナです! 若輩者ですがよろしくお願いします!」
彼の手を握り返し、硬く握手した。
彼の手は巌のように大きく、そして硬く、心強さを覚える。
そして、すぐに後悔した。
(頼りにはしているけど、この手には唾が……あとでよく拭いておこう)
すぐに手を緩め、握手を解いた。
ガストはこちらの心情に気付いた様子はなく、彼も手を戻す。
「そう言えば、カリーナは冒険者になりたてなのか?」
「はい! 先日十五になったばかりです!」
少し誇らしい気持ちになり、指の甲で眼鏡を押し上げた。
「俺の三分の一以下だな。ちょっとショックだよ。ところで、ひょっとしてさっきの戦闘でレベルが上がっていないか?」
「え? レベル?」
「そうだ。さっきのスライムどもは数が多かったから、冒険者なりたてならレベルが上がっていると思うぞ。ステータスを見てみろ」
そう言われ、心の中でステータスを展開する。
予想していなかったレベルアップで気持ちが逸る中、パッと見では何も変わっていない。だが、よく見ると、今までは「通知」としか出ていなかったが、その後ろに小さく「new!」とマークが付いていた。
通知画面を開くと、通知の一覧が並んでいた。
そのひとつを選択すると、ファンファーレの音とともにメッセージが現れる。
『レベルアップしました!』
加えて、同じメッセージがもう一通あった。
意識を現実に戻し、ガストに報告する。
「レベルアップしているみたいです、それも二つ!」
「やったじゃないか。お祝いだな」
「でも、ステータスを見る限り、何も変わっていないみたいでしたよ」
「そりゃそうだ。今はまだレベルアップの権利を得ただけの状態で、実際は冒険者ギルドでレベルアップ処理を行うからな。能力値が上がったり、新しく呪文を覚える場合、秩序神への報告が必要なるらしい」
「なるほど。そうなんですね」
早速、教えてもらい助かった。一人きりなら気付かなかったかもしれない。
それに、これでますます冒険者ギルドに行く目的が強まった。
すると、ガストが立ち上がる。
「さて、それではお祝いさせてもらおう。二度レベルアップしたということなので、二番まで歌おう」
「ちょ、ちょま……ちょっと待ってください。歌? 歌って何ですか?」
「レベルアップしたということはそれだけの苦労を重ねたということだ。中にはそれを待てずに死んじまった者もいる。冒険者たちはそれをみんなで歌うことで祝うんだ」
「……」
(え? 何それ? 冒険者ってそんな罰ゲームを受けないといけないの? でも、ガストさんが言うなら、きっと冗談ってわけでもなさそうだし……誕生日のお祝いみたいなものかしら?)
どう答えるかを迷っている間にも、彼はバリトンのきいた歌声を披露する。
♪レベルアップ、おめでとう~
カリーナちゃん、おめでとう~
――――
(誰か……この小恥ずかしさを止めてくれ……胸が……胸が苦しくなる……)
二番まで歌い終えたとき、ガストは頬を紅潮させて満足そうだったが、私自身は小恥ずかしさで悶絶しそうだった。ここが街中ではなく、心底良かったと思う。
あるいは、これに耐えられる心臓がないと冒険者は務まらないのかもしれない。
――――というわけで、
ブル―スライムに囲まれたときはもう駄目かと思ったけど、
どうにか乗り切ることができ、
それどころかレベルアップまでしてしまいました! しかも二レベルも!
当面はガストさんと一緒に冒険するころになりそうです。
彼はパパよりも年上で、私よりも経験を積んでいるようなので、
先輩に冒険者の流儀をしっかり教わり、一人前になれるように頑張ります。
それではお元気で。
かしこ




