第1章 第2節
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私は両親にシステムから通知がきたこと、そして、冒険者を選んだことを伝えた。
パパは、私が危険な職業クラスを選んだことに難色を示したが、それでも「辛くなったらいつでもここに帰って来なさい」と言ってくれた。
ママは私の選択を全面的に応援してくれるらしく、夕飯はお赤飯にしてくれた。
冒険者は一人では活動せず、通常は複数人でパーティを組む。
加えて、冒険者として活動するためには、冒険者ギルドに登録しなくてはならない。
初期設定の際にシステムが教えてくれた。
冒険者ギルドでは、パーティのランクに応じて仕事を斡旋してくれる。
ただ、残念ながらこの村には冒険者ギルドはなく、ここから一週間ほど離れたセントオルドタウンに行かなくてはならない。そこは領主オルドリッチ子爵が住んでいる主都で、旧大陸との海路をつなぐ港町だ。
一週間ほど掛けて旅立ちの準備をしながら、システムからのチュートリアルを受ける。
その間、何度か冒険者を諦めて両親と暮らそうと意思が挫きかけたが、どうにか堪えて旅立った。
両親や近所の人に見送られ、村を出て半日ほど経過した。
村人や行商人の通った踏み分け道に沿って山を下りると、見晴らしのよい野原に出る。
穏やかな日差しが野原一面を照らし、色とりどりの蝶々が可憐な花の間で飛び交う。
そして、そこには一本の木が立っていた。背は私の倍ぐらいで、長い枝がおじぎでもするようにたわんでいる。そして、その枝にはたくさんの黄色い花が咲き、パッと見、黄金の滝のように見えた。
長閑な景色はまるで私のことを迎え入れてくれるかのようだ。
「せっかくなので、ここで休憩しよう」
誰がいるわけでもないに、早速人寂しくなったのか、声にしていた。
背中からリュックを下ろすと、肩のあたりがジンジンする。
今日は朝からずっと荷を背負っていたので、肩紐が食い込んでいたようだ。
パパはママと結婚するまで冒険者をしていたらしく、最低限の道具は家にあった。
このリュックもそのひとつ。年季が入り、見た目にはだいぶボロいが、いぶし銀とでもいうのか、それだからこそ頼り甲斐のようなものを感じる。私も長く使いたいものだ。
リュックの留め金を外し、中からナプキンに包まれたお弁当を取り出した。
ママの手料理はこれを最後に当面食べられない。だからゆっくり味わおう。
草の上に腰を下ろし、包みの結び目に手を掛けた。
「さぁ~て、今日のご――ッ!」
――ガサッ……ガサガサッ……
草むらが揺れ、思わず身をすくませた。
包みをそっと脇に置き、音のした方に目を向けながら静かに立ち上がる。
草むらは膝丈程度の高さで、それが微風に揺れていた。
眉間に皺を寄せ、眼鏡の向こうの景色に焦点を合わせようとする。
(まさか魔獣? ……いや、そんな大きなものなら隠れられない。兎か、あるいはトカゲか……最悪は蛇!)
ここ新大陸では毒蛇やコブラといった凶悪な蛇も多いので、油断はできない。
パパに作ってもらった棍棒と木の盾を握り、気配を探る。
――ガサ……ガサッ……
五メートル程度離れた草むらが揺れた。あそこに何かいそうだ。
揺れた範囲は狭い。相手は大型ではなく、機敏でもなさそうだ。
盾をしっかり構え、静かに足を運ぶ。一歩また一歩、相手に気取られぬように近寄る。
棍棒の先で草をゆっくりずらすと、相手が見えた。
犬程度の大きさで、饅頭に似た形をしている。毒々しいまでに青い身体がプルプルと震え、よくよく見るとゼリー状の粘体である。そして、その饅頭型の身体は顔になっていて、口はだらしなく開き、大きな目玉が付いている。愛嬌のあるようにも、人を小馬鹿にするようにも見えた。
(ブル―スライムだ!)
スライムは魔物の一種で、世界の淀みから生まれると言われている。
目の前のブル―スライムはスライムの中でも最も数が多く、最も弱い。
低レベル冒険者にとってスライムとゴブリンはほぼ必ず遭遇する敵だと、システムがチュートリアルのときに教えてくれた。
想定外の魔物との遭遇に、盾をしっかり握り占める。
(どうしよう……私一人だと攻撃力ないし……)
近接戦闘を得意とするウォーリアなら勝機はあるだろう。彼らは武器の扱いに長けている上、戦闘スキルを持ち、大きなダメージを出せるのが特徴だ。
しかし、自分はアコライト。加えて、肉体系の能力値は高くない。
(よし……逃げよう!)
悪い判断ではないと思う。
――でも、それでいいの?
自身がそう問い掛けてくる。
私は冒険者として生きていく決意をした。
幾度も危険な目に合うだろうし、最終的には魔王とも戦うかもしれない。
それなのに、逃げてよいのだろうか。しかも、相手はブル―スライム。
ここは勇気を出して戦うべきではないだろうか。
眼鏡のブリッジに指を当て、少し押し上げた。
(よぉ~し! やってやろうじゃない! スライムの一体ぐらいどうにかできないと! あんなのザコよ、ザコ!)
自身の気持ちを高め、ブル―スライムに棍棒を振りかぶった。
だが、ブル―スライムを雑魚と決めつけた判断は完全に誤りだった。
初めて敵と出会い、冷静さを失っていたのだ。
残念ながら、自分の弱さに気付いていなかった。
もたもたして倒せずにいると、ブル―スライムは仲間を呼んだ。
自分が即座に倒せなかったせいだろう。
幸いにして相手も弱く、私の視界上に見えるHPバーが短くなると、《治癒》の呪文でHPを回復した。だが、自分を回復するのに手番を使えば、当然、敵を殴る回数が減る。敵の個体が増えれば直接私に攻撃できないようなヤツも出てくるわけで、そういった手番が余っているヤツラは仲間を呼び、気付けば、ブル―スライムは二十匹ほどの群れになっていた。
(どうして……どうしてこんなことになったの~ッ!)
ブル―スライムが弱いことは知っていたが、まさか倒すのにこれほど手間が掛かるとは思いもしなかった。
一言で言うなら、敵を舐めていたのだ。初心者なのに慢心していた。
自分の力量と相手の力量を評価し損ねていた。ザコなのは、自分の方だ。
ブル―スライムの一体が突進してくる。
「きゃっ!」
盾で受け止めたものの、受け方が不十分で倒された。
またしてもHPが削れ、残り僅か。もう一撃を受ければ、気絶するだろう。
そう気付いた瞬間、私は諦めた。
(もう駄目……パパ、ママ……ごめんなさい!)
ブル―スライムの一体がこちらに向かって飛び跳ねながら突進してくる。
せめてもの抵抗で、盾を前に突き出し、衝撃に備えて瞼を閉じて力を込めた。




