第5章 第2節 その3
作戦は簡単だ。セレスが《飛行》呪文で飛び、外壁の内側に行く。
その際、射程内でもなるべく高い位置をキープする。するとどうなるか。
「ふふふ……所詮は雑魚ね。当たるわけないでしょ」
弓を急角度で上に射ると難易度が急上昇し、命中しにくくなる。重力や風の影響を受け、挙句に飛行状態のセレスは盾を構えた全力防御だ。しかし、スケルトンどもは誰かの命令なのか、射程範囲に入ったセレスを射ることになる。
ニ十本の矢が一斉に飛来するものの、勢いが殺され、当たっても全くの無傷。
そして、スケルトン弓兵がセレスを追って外壁の内側に行ったということは、外壁の下にいる地上組への視線が切れたことを意味する。
「よし、行くぞ」
スケルトン弓兵の姿が消えたのを確認し、グースが駆け出した。ガストと私も続く。
冒険者を始めたばかりのころは、能力値【筋力】や【耐久力】に値を割り振る余裕がなかったが、さすがにレベルが上がってきたので、多少割り振っている。なので、以前より走ることができた。FPゲージもまだ余裕がある。
グースが堀の傾斜を伝って軽やかに下りた。
私の前を行くガストはピョンと飛び下りた。
私にはグースのような真似はできない。選択肢はガストと同じ。
(神様、お願いします!)
覚悟を決めて、ジャンプした。
足場を失い、不思議な浮遊感覚とともに落下する。ドスン! 堀の中に着地。
足が痺れる中、HPバーを確認すると落下ダメージを受けていた。無視できる程度だ。
すぐに走り出した。だが、グースやガストとは一歩も二歩も出遅れる。
ただ走るだけでも彼らとは違う。この違いを諦めるのではなく、少しずつ縮めなくてはならない。私はこのパーティのリーダーであり、いつまでもおんぶに抱っこというわけにはいかないのだから。
水溜まりを飛び、堀の底の反対に着く。
グースとガストが堀の壁面に背中を預け、膝を曲げた。
その膝のあたりで二人は手を重ねている。
「ごめんなさい!」
一言謝ってから助走を付けて、二人の掌の上に飛び乗った。
その瞬間、私の身体がふわりと浮いた。二人掛かりで放り上げられたのだ。
特にガストの強靭な【筋力】に助けられ、私は難なく堀の対岸に辿り着いた。
私は急いで反対を向いてその場に伏せ、堀の下に手を伸ばす。
今度はガストの番だ。下ではグースが壁に手をついて腰を曲げていた。つまりはガストの足場だ。その上に乗ったガストが両手を上に伸ばす。私が右腕を伸ばしていると、手首を掴まれた。その瞬間、右肩から堀に落ちるのではないかと焦るほど、強く引かれる。
だが、その直後にはガストは自分で縁を掴み、壁に足を掛けてよじ上った。
仮に、彼が全身鎧を着ていたら重量は倍ほどになるだろうから、こうはいかなかったかもしれない。山賊みたいと揶揄されたことがあったが、軽装の利点はゼロではない。
残ったグースは、少し助走して堀を上ろうとする。その際、片手を前に突き出した。
すでに上にいるガストと私が彼の腕を掴み、引き上げる。
グースはその力を借り、一気に急勾配を駆け上った。五十代とは思えぬ身の軽さだ。
「ふぅ。イイ感じだったな。ぶっつけ本番だった割に失敗しなくて良かった」
「早くしないとセレスさんに怒られますよ」
「そうだな。では、中に入るとしよう」
ガストは背中に担いでいた戦鎚を振りかぶり、脇の通用口を叩いた。
――ガン! ガンッ! ガキンッ!
嘴状の方で数回叩くと、扉に穴が開き、金属片が吹き飛んだ。
ガストが穴に手を入れ、向こう側で閂を外した。
街門を潜るなり、上空に叫ぶ。
「セレス! オーケーだ!」
当のセレスはフェアリーの如く華麗に滑空し、地上に下りてきた。本人の優美さとは異なり、鎧はプレートメールだ。着地時にその重量で足下に土埃が舞う。
「堀を上るのにもっと時間が掛かるかと思ったけど、上手く行ったみたいね」
「はい! 連携はバッチリでした!」と私。
「ドン臭い短命種同士なのですから、息も合うのでしょう。こちらも一応予定通り弓を射させました。一人十本使用させましたが、こちらはノーダメです」
スケルトン弓兵の攻撃は弓矢であり、通常矢筒には十本矢弾が入っている。それを使い切れば当然矢筒を補充しなくてはならない。その間は、完全に無力だ。
「お互い上手く行って良かった。話は歩きながらだ」
グースを先頭にガスト、私、セレスが続いた。セレスが最後尾なのは、外壁の弓兵たちは放置状態なので、弓で攻撃された場合を懸念したためだった。ただ、矢は飛んで来なかったので、目論見通り矢弾を使わせきったようだ。
おそらくここは街門から続く町のメインストリートだったのだろう。
しかし、多くの建物は倒壊し、石畳は割れ、あちこちから草木が生えている。
ところどころに白骨化した死体が転がっていた。完全に白骨化して肉は残っていないので、かなり古い。
「それで、向こうはどうだった?」
グースが左右に視線を走らせながら、セレスに尋ねた。
私たちはここが魔男爵の居城であること以外の情報を持ち合わせていない。
飛行状態にあったセレスに、遠くの様子を確認してもらっていた。
「町の中心にあるのは城。こちらから見て分かる通り城壁に守られているけど、現状、城壁で待ち構えている様子はなさそうよ。いても少数ね」
「つまり、さっきのヤツらは戦力というよりもただの見張りで、敵は首や手足をひっこめた亀みたいに城の中に籠っているのか……面倒だな」
「グースさん、何で敵は城壁で待ち構えないんでしょうか。城壁の上から攻撃する方が有利だと思うのですが?」
「壁や堀は、相手が軍勢の場合にはかなり面倒だ。軍勢は頭数を揃えて強さが増すから、それを足止めするだけでも意味がある。それに、その間、上から射撃で数を減らせる。だが俺たち冒険者は少数だ。確かに壁や堀は面倒だが、軍勢と違って今回みたいに《飛行》で飛び越えたり、通用口を通ったりもできる。そうしたことから、必ずしも少人数向けの防御手段ではないんだと思う」
この壁が建てられた当時、住民たちがどのような敵を抱えていたのかは分からない。敵国の軍隊かもしれないし、魔物たちの群れかもしれない。いずれにせよ、そういう数の多い敵には壁は有効だが、冒険者相手だと勝手が違うようだ。
「街中にも敵がいないということは……」
「おそらく手持ちの戦力を集中して、城の中で待ち構えているんだろうな。戦力を小出しにしてくれた方が、俺たちにとっては有利なんだけど、そうもいかないようだ。魔男爵とやらは戦い慣れしている可能性がある」




