第5章 第3節 その1
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「ほーら、やっぱりな」
そう言って、グースは忙しなく視線を走らせた。
軍隊相手であれば難所になるはずの城壁にも大した敵は配置されていなかった。
城の中に入り、正面の大扉を開けた瞬間、待ち構えていた敵が動き出す。
部屋は大広間で、二階まで吹き抜けになっていた。奥に上り階段があり、踊り場には絵が飾られていた。ただ、何が描かれているのか今となっては分からず、大きく高価そうな額縁だけが当時の価値を想像させた。二階へ続く階段は左右に分かれ、この部屋を囲むように廊下になっている。
階段の踊り場には人間の三倍はあろうかという大きさの鎧兵がいた。フルフェイスヘルメットのため見た目には分からないが、その鎧から禍々しい邪悪なオーラが放たれている。さらには背中からは黒い翼が生え、威嚇するかのように大きく広げた。明らかに他のアンデッドとは別格の存在であり、これが魔男爵なのだと直感で分かる。
「ニ……ンゲ……ンドモノ、バ……ンラン……ヲジズ……メヨ……」
ヘルメットの奥から怨嗟にも似た低い声が漏れた。
そして、部屋にはこれ以上ないほどに敵が詰まっていた。
全身鎧に大楯を構えた骸骨、不気味な馬に乗った首のない騎士、それに骸骨兵がフロアを埋め尽くす。
二階のバルコニー部分に整然と並んだスケルトン弓兵が、一斉に矢を放つ。
「ほら、そこどきなさい!」
数十本の弓矢を射られ、風切り音が迫る。セレスがグースを押し退け、前に飛び出た。
「クッ……カリーナ! あとで傷一つ残さないように治すのよ。美の損失は大罪なのですから」
矢が鎧の隙間に数本刺さり、さすがのセレスも無傷ではなかった。
それと同時に、大広間手前のあちこちから足音がする。
「背後からも敵が来ます!」
このままでは挟み撃ちになる。ましてや、後衛は戦闘力のない私だ。
ガストの言葉に迷いはなかった。
「突撃だ!」
「任せてください! 道を作ります!」
セレスは迫りくる敵を相手にする前に剣を天に向ける。
「天上の迅雷よ! 我が手に集い、憤怒に満ちたその力を貸せ! 空を割き、敵を穿て! 《電撃》!」
剣を振り下ろすと同時に、雷鳴が轟き、剣先から青白い稲光が放たれた。
真正面にいたアンデッドどもが雷光に貫かれる。
(えっ……ちょ、ちょっとおかしくない?)
《電撃》は《火炎爆裂》とともにメイジの代表格の呪文だが、どちらも強いがゆえにダメージ量に上限がある。セレスが使う呪文は、話に聞く数倍はダメージを与えているように見える。ひょっとしたら第一世代の呪文だからかもしれない。
ガストの前にいた敵は軒並み膝から崩れ、一直線に道が切り開かれた。
当の魔男爵はやや高い位置にいたため《電撃》の範囲外らしく、無傷で待ち構える。
ガストはブーツの踵で軽く床を蹴った。
ブーツに魔力が満ち、アンデッドどもの狭間を爆発的な移動速度で駆け抜ける。
以前の冒険の収入で購入した魔法のブーツだ。とても高価なもので、短い間だが《加速》と同じ効果を得られるらしい。移動距離が倍になり、攻撃回数も増える。
魔男爵の間合いに入ったため、向こうからの攻撃を受けた。人間が使う何倍もの巨大な剣が、彼の肩をかすめる。
肩から血を流しながらも、ガストも踊り場に乗って戦鎚を振り下ろす。
「糞がッ! 喰らえッ!」
魔男爵の両手剣がそれをしっかり受け止め、踊り場に金属音が轟いた。
小さな衝撃波が部屋に広がったのを感じる。
グースが叫ぶ。
「カリーナ、見惚れるな! 動け!」
予想外の出来事の連続で、自らの役割を忘れていた。レベルが上がってきてもまだまだ甘ちゃんだ。
広間に入り、手早く両扉を閉める。
腰から下げている短刀を両扉の取っ手に通して即席の閂にする。
FPバーに視線を走らせると、三割ほど疲労点が溜まっていた。
(まだ行動できる。ここは出し惜しみするところじゃない!)
私は回復役のため、仲間の状態異常やHP低下に対応する。言わば後手だ。その際、素早い対応が求められるため、FPに余裕を残さなくてはならない。セレスが一度私たちを矢から守ったのでダメージを受けているが、まだ倒れるほどではないはずだ。
それよりは物量で不利な状況を変えなくては、一方的にダメージを受け続けてしまう。
「風の神よ。その気まぐれな揺らぎを束ね、壁となれ! 《風壁》!」
この《風壁》は、その名の通り風の壁を作り出す呪文で、その壁は人が通過する分には全く支障がない。視線も呪文も素通りする。弱いと言えば弱い。だが、一般的な遠隔武器の方向を強風で捻じ曲げる効果がある。そして、壁の面積は術者のレベルに応じて決まり、その面積内なら自由に形に変えられる。ヴァンパイアのいた砦のあとで取得した呪文だ。もちろん、狙いは二階。大広間を見下ろせるバルコニーの前に壁を生み出す。ただ、面積の都合で封じられたのは右側だけだ。
右側の弓兵が攻撃するには《風壁》のない大広間に下りてくるか、何からの手段で解呪しなくてはならない。一時的にだが、右側の弓兵どもを無力化したに等しい。
セレスは首無し騎士の攻撃を受け止めながら、こちらに声を掛ける。
「良い呪文じゃない。そんな呪文、私のときには無かったわ!」
「ナイスだ、お嬢ちゃん。それに敵は戦力を集中した分、糞詰まっているみたいだな」
フロアにいる敵の大半は、近接攻撃タイプだ。私たちと隣接しなければ攻撃できないが、全員が隣接できるわけではないので、事実上、戦力が遊んでいる。数は多くとも烏合の衆では意味がない――と半ば強がりで思うことにする。分かっていても数が多いことはそれ自体が脅威だ。
「ちょっと、短命種! そんな汚い言葉二度と使わないで」
「お前だって糞ぐらいするだろ。それはともかく、左側は任せてもらおう!」
グースはそう言うと、腰から小瓶を取り出した。何も入っていない小瓶だ。
コルク栓を噛んで抜き取ると、瓶の中から小さな竜巻が起こり、空中で実体のない人型の形を取る。
「お呼びでしょうか、御客人。我が主、風の精霊女王アウエラの命により、御客人の指示に従いましょう」
風の精霊女王は、この魔男爵領に来る途中で偶然助けた風の精霊の上役に当たる。彼女はそのお礼として部下を貸し出してくれた。風の精霊ジンだ。
瓶を開けたグースが指示をする。
「カリーナの左側を守りながら手近なヤツらを倒してくれ」
「分かりました。何とも不浄に満ちた気持ち悪い奴等ですね。彼らを倒すことはやぶさかではありません」
一陣の風となり、手近なスケルトン兵二体を殴り倒した。
しかも、彼は風の精霊で、実体はなく、空気が渦巻いた存在だ。《風壁》同様に通過しようとした矢はあらぬ方向に逸らされる。これで左側の弓兵も脅威が減った。
「さあ! 私たちもガストに続くわよ! 短命種たち、付いてきなさい!」
「おう!」
「はい!」
弓兵たちをほぼ無効化し、糞詰まっ――いや、こちらに攻撃できないにしても、フロアにはまだ大量の敵が残っている。
しかも、ガストは一人最前線で孤立していた。
本来はパーティを分断するべきではない。だが、敵の頭を叩けば最大戦力を削ると同時に指揮系統を壊すことになる。だからガストは自分の命を賭けて敵の頭を潰しに向かった。しかし、相手は階級持ちの魔族。勇者とはいえ、ガスト一人では負担が大きいことが予想された。
踊り場のガストはブーツの助けで四回連続攻撃を繰り出すものの、相手の防御が硬いためかダメージの通りが悪いようで苦戦している。しかも、彼の背後からは男爵の仲間たちが近寄り、取り囲もうとする。
重装鎧のセレスが軽やかに移動し、腕を上に伸ばす。
「出し惜しみしたら負けるわ! 少しでも数を減らすわよ! 大気に眠る熱き息吹よ、その苛烈な姿を我が前で示せ。《火炎爆裂》!」
セレスが腕を振るうと火の玉が放たれ、階段手前の右側で爆発した。耳をつんざくほどの爆音とともにアンデッドどもの密度が高いところを効果的に焼き払う。相変わらずの高火力だ。今戦闘中のガストを避けたため、魔男爵も残念ながら呪文の範囲外になる。
「御客人。そのような下劣な魔法を使うのはいかがなものかと。そもそも、森の妖精を起源とするエルフ族には似合いませぬ」
風の精霊ジンが、火炎系の魔法を使ったセレスに対して小言を漏らした。
風属性と火属性とは対立関係にあるから不快に感じたのだろう。
そう言いながらも私の矢避けとなり、手近な敵を殴り倒す。
軽装のスケルトン兵については簡単に殴り飛ばすことはできるが、首無し騎兵の方は一撃では倒せないようだ。
「そんなこと言っても、この状況で手加減する余裕なんてないわ! ほら、グース! 先ほどからあなたの無能っぷりは言いようがありません。少しは役に立ちなさい!」
「そんなこと言ったって、俺は盗賊だぞ。戦闘で役立つわけがないだろ!」
そう言って、セレスの作った焼け地へ移動した。これで階段右側のアンデッドどもは少なくともグースを倒さない限り、ガストの後ろへ行くことはできない。
だが、これで終わりではなかった。
「とはいえ、出し惜しみしないってのには賛成だ。これでも喰らえ!」
そう言って、首飾りから球を一つ引き抜いた。
その球を無傷の敵が固まっている階段左側に放り投げる。
轟音とともに広範囲での爆発が起こった。《火炎爆裂》と同様の爆発が起こり、アンデッドどもは軒並み倒れる。運悪く倒れていないものもいた。おそらく、セレスのキャストする呪文の効果が異常なのであって、こちらがノーマルな威力に見える。
「カリーナ! 急げ!」
「はい!」
私はポーチからポーションを取り出して、敵の焼き払われた広間を駆け抜けた。
階段の下からポーションを放り投げ、ガストに当てる。同時にその効果が適用される。
グースのストレージに約四十年間残っていたスピードポーションだ。これにより、更に行動速度が増す。移動速度は二倍、攻撃回数も追加、そして回避性能も向上する。
ガストはまさしく人間離れした動きで、攻撃を繰り出した。
だが、それに留まらなかった。
「大きな呪文はこれが最後よ! ガスト、何とかなさい! 時の奔流よ、我が手に集いてかの者を祝福したまえ。刹那の刻を永劫に等しきものにしたらん! 《加速(へ―スト)》!」
ネイティブ感のある発音とともに、剣を握ったセレスの手に魔力が集束した。
彼女はそのまま自らが切り開いた広間中央を駆け抜け、重装鎧ながら軽々と階段に辿り着く。魔男爵の間合いに入ったため、大剣の一撃を受けたものの、踊り場で奮闘していたガストの背に触れる。
「そんな図体がデカいだけのヤツ、あなたならさっさと倒せるでしょ?」
これで、禁断の加速系効果の重ね掛けが完了した。
ガストの攻撃回数を整理する。
彼のベースとなる連続攻撃回数は三回だ。
ブーツの効果は第四世代《加速》同様で攻撃回数を増やす。合計四回。
第一世代のアイテム、スピードポーションも攻撃回数を増やす。これで合計五回。
そして、最後に掛けた第一世代の《加速(へ―スト)》は、第四世代の《加速》の元となった呪文だ。本来同じ呪文のため重ね掛けできず、上書きされるだけだが、効果と発音が異なるため、重ね掛けが成立してしまう。
第一世代の《加速》は、攻撃回数を二倍にする。
つまり、これら三つの効果時間中だけとはいえ、十連続攻撃が成立した。
世代間を利用した禁断の組み合わせとも言えよう。
「――」
ガストが何か言ったが、早口のあまりに聞き取れなかった。
戦鎚が竜巻のごとく唸り、魔男爵の小手を叩く。だが、ダメージが通った様子はない。
それにも構わず都合四回続いた後、戦鎚が綺麗に手首を叩く。
――ゴンッ!
鈍い音がすると同時に、魔男爵は両手で持っていた大剣を落とした。
「久々に見たな! ガストの得意技ディザーム!」
グースがスケルトン兵の攻撃をかわしながら漏らしたので、思わず尋ねる。
「ディザームって何ですか!」
私は風の精霊ジンに守られているものの、彼は実体がないため、首無し騎士が彼をすり抜けて私の前に現れた。そいつにパパ特製棍棒を一発喰らわせる。すり抜ける際にジンが一撃喰らわせたためか、うまい具合に墜とせた。
「俺たち第一世代には第四世代のスキルに相当するものがないが、戦士には攻撃する際の選択肢がある。ディザームはそのひとつで、ダメージを与えない代わりに相手の武器を落とすことができる。ただ、普通にダメージを与えるよりは難易度が高いので使い勝手は悪いが、あの攻撃回数だ。どれかは成功すると期待したんだろう」
すると、そこからガストが怒涛の六連続攻撃を加える。
クリーンヒットは少ない。しかし、そもそもの攻撃の手数が増えているので、先ほどよりは着実にダメージを積み上げる。
そして、ガストはその場で戦鎚をしっかり握り、腰を捻って大きく振りかぶった。
足の爪先に力を籠め、全身に力を漲らせる。
魔男爵が武器を拾い上げる間にガストは、力強い連撃を繰り出す。事前に構えを取っていた分、今までよりも戦鎚のダメージが大きいのは見て分かる。
「おっと、今度はスマッシュか……えげつないな」
「それは何ですか」
「これも戦士のオプションで、強打とでもいえばいいのかな。攻撃前に力を籠めて大きなダメージを与える。構えるために相手に先制を許すことになるのが弱点なんだけど――」
そう言えば、第四世代ではウォーリアのスキルに同じ名前のものがあるはずだ。つまり、その元となった攻撃方法なのだろう。
グースの説明が続く。
「――魔男爵の武器はさっき落とした。だから、相手に先制されても関係ない。この状態で魔男爵にできることは武器を拾うか、新たな武器を抜くだけだ。逃げるにしても階段の踊り場だから、階段で移動速度が阻害される。始まるぞ」
ガストは怒涛の十連続スマッシュを繰り出した。
戦鎚を振るうたびに風が唸る。魔男爵の頭上から一撃を加えたと思いきや、今度は下から顎を叩く。一撃必殺の連撃が休むことなく繰り出され、魔男爵の形勢が明らかに悪くなる。
ガストの戦術は明確だった。ディザームで武器を落とし、スマッシュで攻撃する。しかも、その間、通常であれば相手も二度攻撃できるはずなのに、武器を落とされたために一度は拾う行動が必要になり、攻撃機会が一度になってしまう。単純に言えば、受けるダメージが半分になってる。
それを可能にしたのが、加速効果の重ね掛けだ。禁断と呼ばれるのも納得いく。
「カリーナ! 見惚れる余裕はありませんよ。今のうちに態勢を整えなさい」
「すみません!」
セレスの叱責で我を取り戻した。
ガストは魔男爵相手に有利に戦っているが、呪文の効果はそう長くは続かない。それに、大広間にはまだまだ敵が残っている。《風壁》で封じたスケルトン弓兵たちも移動し、攻撃を再開しようとしていた。
魔男爵を相手にするガストを筆頭に、全員傷付いている。
システムから呪文を選び、その中から呪文を選択する。
「生きとし生ける者を支える命の神よ。その力の一端を敬虔なる信徒に貸し与え給え! 《生命力放出》!」
私を起点に暖かい光が放たれた。その光は命の神から貰った生命力であり、ジンを含めて味方全員のHPを回復した。効果が単体の《治癒》の呪文に比べれば回復量は低いが、光の範囲にいる者全員を癒す。多数が傷を受けている場合には回復効率が良い。
「……オノレニン……ゲンゴド……ギガ……ガミノヂ……ガラヲガリ……ルドバ……」
眩い光にさらされて、魔男爵はくぐもった声で呻いた。
死んだ状態であるアンデッドにとって、生命力は相反する性質のエネルギーだ。
私たちにとっては回復効果があるのに対し、ヤツらにはダメージになる。
生命力エネルギーを浴び、魔男爵は鎧の隙間ら煙が立ち昇った。
「オノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレオノレ……」
壊れたかのように叫ぶと、魔男爵の身体が揺れ、膝から崩れた。
そして、魔男爵の肉体が煙とともに消える。
持ち主を失った大きな剣と禍々しいオーラを放つ鎧が、その場に残った。
九割九分はガストの功績によるものだが、最後の一撃を奪ってしまったようだ。
すぐ横にいたグースが、肘打ちしてくる。言わんとすることは伝わった。
「ま、魔男爵……う、討ち取ったりぃ……」
「「「おう!」」」
みんな一斉に返事をしてくれたが、とても恥ずかしい。
それに、まだ戦いが終わったわけではない。
敵の頭を潰し、趨勢は決まったとはいえ、大量のアンデッドを放置するわけにはいかない。四人+精霊一体で残った敵の殲滅に掛かる。




