第3章 第3節 その2
「ほら! 余裕だろ」
壁沿いに立ちながらグースが言った。
壁に近付くまでは矢が幾本も飛んできた。すべて先頭のセレスが狙われたが、フルプレートの彼女はものともせずに走り抜いた。そして、近付いてしまえば矢は飛んで来ない。
――ガン! ガン! ガンッ!
ガストは逞しい両腕で大きな戦鎚を幾度となく振り下ろした。おそらく連続攻撃だ。しかも、先端が嘴状の方で叩いたので、古い木製の門扉はやすやすと穿たれ、扉の向こうの閂も破壊する。
――ガン! ガキンッ!
門の金具を吹き飛ばしたところで、ガストは手を止める。
「こんなもんだろ」
(すごい!)
正直に言えば、私は砦の石壁に威圧されたが、実際には単純な突撃が最適解だった。
弓矢にさらされたセレスもダメージを受けておらず、ここまでは完璧と言える。
「さて、ここからが本番だ」とグース。
「どうしてですか。こんなに狙い通りじゃないですか」
「閂を破壊して、門を押して開けられるところまでは来た。ただ、門の隙間から見ても相手が見えない。つまり、どこか見えにくい場所にいる。だから、門を開けてからが勝負だ。たぶん一斉攻撃を狙っている。それと敵が広範囲にいる場合、どうしても守りきれないから、お嬢ちゃんも自分で戦うんだぞ」
「はい!」
そう言って、自分の棍棒を握りしめた。
ガストは額の汗を拭い、こちらを振り返る。
「門はカリーナが開けてくれ。突撃はさっきと同じで、申し訳ないがセレス、俺、グースの順だ」
「分かったわ。少しは感謝なさいよ」
先頭を行くことになったセレスにグースが声を掛ける。
「グールだったら少し慎重になれよ。アイツらの攻撃は麻痺効果があるからな」
「醜いグールの攻撃なんて当たるわけがありません」
セレスはどこまでも強気だが、その強気が仲間としてはこれ以上なく心強い。
私一人ならきっと恐怖で立ちすくんでしまうことだろう。でも、私たちはパーティだ。
今この場は助け合っていかなくてはならない。
「《麻痺除去》があるので、万一のときは任せてください!」
それを聞き、大きなヘルメットを被ったセレスは薄く笑う。まるで戦の女神だ。
「それくらいやってもらわないと。せいぜい足を引っ張らないようになさい」
「はい!」
セレスの毒舌は健在だが、この言葉は励ましに聞こえた。
冒険者としての自分の血がたぎるのが自分でも分かる。
「それじゃあ、行こう。カリーナ、扉を頼んだ」
私は、パパ特製の棍棒を一度地面に置き、門扉に両手を当てる。重量がかなりあるため、簡単には開かない。両手に体重を乗せ、さらに足首にも力を籠める。
「んん~~~ッ!」
――ギ……ギ……ギィ……
門扉の蝶番が低い悲鳴を上げ、扉がわずかに前に出た。
そして、門扉の隙間は人が通れるぐらいにまで広がる。
「行くわよ!」
全身鎧のセレスがわずかな隙間をスルリと潜り抜け、扉の向こうに姿を消した。
間髪置かずにガスト、グースが続く。私も棍棒を拾い、急いで中に入った。
「攻撃だーッ!」
私たちが入ると同時に叫び声がした。
待ち構えていたスケルトン弓兵たちの弓が一斉放たれる。
狙いは先頭のセレスだ。彼女は両腕を顔の前にかざし防御姿勢を取っていた。
飛来した弓矢は彼女の全身鎧と大楯に弾かれ、ダメージを与えた様子はない。
そして、物陰からグールたちが現れる。灰色の生気のない肌が骨に張り付くほどに痩せ、長い爪と鋭い牙を持つ。
私たちの二十メートルほど先には、一階建てながら大きな木製の建物があった。屋敷というよりは大きな納屋だ。おそらく砦に駐留した軍が休むための施設だろう。古い木造のためか、あちらこちらが崩れ、壁が崩れかけているところもある。その脇に厩舎らしき建物ものもある。
その手前の空いた場所では、石を砕き、木材を切るための作業場があった。石や木が山と積まれている。
門の左側には、見張り用の小屋らしき廃屋があった。
私たちを待ち受けていたのは、やや離れたところに外壁から降りてきたスケルトン弓兵十体、門付近で私たちを囲むようにグールにニ十体近く、そして人間五名だ。
「これは予想外だな……」
ガストが手近なグールを戦鎚で吹き飛ばしながら漏らした。
セレスが防御姿勢を解く。
「どうする? どうせ人間なんてグールみたいなものでしょ。まとめて殺る?」
「駄目です! よく見てください! どこか様子がおかしくありませんか?」
アンデッドに味方している人間たちの顔は青白く、まともに栄養を取っていないのか、痩せ細っている。視線もどこか虚ろで、普通とは言い難い。
「醜いヤツらは、どこまでも手間が掛かりますね」
そう言って片手剣を天に掲げる。
「意識の灯火よ、いざ微睡みの底へ。心象の門扉を閉じ、安寧の眠りに落ちよ! 《眠り(スリープ)》!」
「えっ!」
呪文詠唱を聞き、正直驚いた。
セレスは重装鎧を着ている。普通はウォーリアだ。ウォーリアは戦闘特技を用いて戦い、魔法は使えない。しかし、彼女は平然と魔法を唱えた。考えうるのは……
(魔法戦士!)
上級クラスだ。
だが、彼女が唱えた呪文は、低レベルの《眠り》なのは私にも分かった。
(《眠り》はかなり運要素が強いと聞いたことがある。それに、アンデッドには効果がない。ひょっとして悪手では……)
少しばかり嫌な予感がした。
あたり一帯は魔力のフィールドに覆われ、すぐに霧散した。《眠り》が発動したのだ。
すると、フィールドの範囲内にいたものが、バタバタと倒れる。
(抵抗難易度が高いのかしら……こんなに強い効果はないはずなのに……)
私の知る《眠り》よりも遥かに強烈な結果を残した。だが、この状況は好都合だ。
敵側の人間が五人のうち四人が眠りに落ちた。
「残った一体は《眠り》が効かない! もうアンデッド化しているわ!」
セレスが叫んだ。
つまり、《眠り》によって助けたい人間を無効化できたわけだ。このまま襲われたら、彼らが敵の盾となってしまい、混戦必至だった。
「正面は俺に任せろ」
グースが駆け出した。材木や岩の散らばった作業場を飛び越え、その向こうにいたスケルトン弓兵を一刀で切り伏せた。
「弓兵がウザい! 俺は右に行くぞ!」
ガストは戦鎚を振って手近なグールを仕留めながら、右方向に移動した。
スケルトン弓兵は遠くから一方的に攻撃してくるので、邪魔と判断したのだろう。
ただ、グースとガストが散開した分、残りは自分たちでどうにかしなくてはならない。
「えい!」
手近なグールに向かって棍棒をフルスイングした。
棍棒はヤツの頭部にヒットし、首が不自然に曲がる。そして倒れた。
「やった!」
グールは非力な私でも倒せるようだ。
「よぉ~し! もう一体!」
視界上部に見えるFPゲージは半分以上溜まっていて、攻撃するにはもう少し時間がいる。だから、この場に留まって回復を待った。
――ヌッ……
左の廃屋の影からグールが一体現れた。廃屋が遮蔽となり、私たちの視界の外にいた。
血の気はなく、土に汚れたグールが右腕を振りかぶり、長い爪で私を攻撃する。
「キャッ!」
攻撃直後で盾が間に合わず、爪で腕を掻かれた。HPゲージがわずかに減る。
(マズい!)
問題はダメージではなかった。グールの爪攻撃には麻痺属性が付いている。
ダメージを受けた場所から血の流れに沿って悪寒が広がる。やがて全身がビリビリと痺れ、立ちすくむ。
盾を上げることができず、動きのノロいグールがとどめを刺そうとゆっくり振り被る。
無防備で攻撃を受けると大ダメージになってしまう。
(助けて!)
心では必死に叫ぶが、痺れた身体ではまともな声を出せなかった。
ただ、近くにいた仲間は察してくれる。
「何をやっているのですか! あなた、回復役でしょ!」
セレスが大声を上げて、私とグールの間に割り込み、剣を振り下ろした。
私を攻撃したグールは一刀両断され、動きを止める。
だが、その直前、私を庇おうとしてグールと私の間に割り込んだために、セレスはグールの一撃を受けていた。
「……ブサイクな攻撃のクセに……クッ!」
全身鎧のセレスが仁王立ちした。
如何に魔法戦士といえでも、麻痺状態で攻撃にさらされれば、殺されてしまう。
グールどもが麻痺した二人に集まろうとする中、少し離れたグースが、スケルトン弓兵に攻撃しながら叫ぶ。
「セレス! ふざけるな! お前、エルフだろ? 種族特性を忘れたのか!」
「種族特性? ハッ! 忘れていたわ。エルフにはグールの麻痺が効かないのよ」
(何で覚えていないんですか!)
私は痺れて言えなかったが、私の気持ちを読んだかのようにつぶやく。
「対グールのみの効果なんて、ニッチすぎて忘れておりましたわ。美しい者が勝つのは自然の摂理というものです」
セレスは剣を右へ左へと薙ぎ払い、グールを次々と沈めた。
幸い、スケルトン弓兵の弓攻撃は、セレスに集中したため、麻痺中の私がそれ以上のダメージを受けることはなかった。おそらく動けない私は敵と見做されなかったのだろう。
ちなみに、あとで知ったことだが、相手の攻撃種類にもよるがグールの麻痺は、ダメージを受けた場合に絶対に掛かるわけではなく、実際には【耐久力】をベースにした抵抗チェックが発生する。つまり、今回、私は抵抗に失敗していたようだ。




