第3章 第2節
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「アンタ、それでも盗賊なの? チンタラしないでさっさと行きなさいよ!」
四人で調査を開始して一週間が経過した。すでにグールとの遭遇地点を過ぎ、いつヤツらと出くわしても不思議ではないところまで来たが、今のところまだ遭遇していない。危険な兎や熊を退治して夕食にしたぐらいだ。
セレスがパーティに加わって変化したことが幾つかある。
例えば、会話が増えたこと。セレスからの命令が多い気もするが、声を掛け合うこと自体は悪いことではないと思う。
そして、他には、先頭の索敵役をグースが変わってもらえなくなったこと。セレス曰く、「パーティの先頭を歩いてこその盗賊です。その盗賊が先頭を歩かないことは、職務怠慢の四文字しか思い浮かびません」だそうだ。手厳しい。
セレスのような絵本から出てきたような美女にそんなキツイことを言われたら、私ならきっとショックで立ち直れない。幸いにして、彼女の毒舌はほぼグース専用だった。
それ言われるグースは、二の腕をパンパンにしながら十フィート棒で先を払う。
「クソ! レベルは俺の半分、歳は十倍だろ! その上、エルフは猿のくせに!」
「何か言ったかしら?」
私の少し前を歩くセレスの背中から強烈な殺気が放たれた。
その殺気は、さらに前を行くグースに向けられる。
「ちょっと待て! 後ろから刺すのはなしで頼む! 《バックスタブ》だったらダメージ倍だぞ。絶対にやめてくれ!」
「それでしたら、つべこべ言わず前を歩くことね!」
グースとセレスは暇さえあれば言い合いばかりしていたので、かなり賑やかになった。
被害者であるグースには悪いが、どうせ、彼女は一時的な同行者だ。
そのセレスは、敵との遭遇を考慮してフル装備だった。
すなわち、鉄製盾の大きな盾を持ち、全身用のプレートメールを着込んでいる。セレスに「エルフって金属鎧とか着ないんだと思ってました」と伝えたところ、「私はプレート服だと思っているわ。このまま何時間でも着ていられるの。寝るのはちょっと無理だけど」と噛み合ったような噛み合ってないような返事があった。
エルフの優雅さの欠片もなく、歩くたびにガシャガシャとやかましい。
以前、グースが言っていた通り、これでは斥候役だけが隠れ身をしても意味がない。
ところで、ふと気になって、隣のガストに尋ねる。
「セレスさんってウォーリアなんですか?」
「戦士という意味か? 違う。エルフはエルフだ」
「……」
これまた会話が嚙み合わない気がして黙った。
異種族固有のルールだろうか。
ガストが前を行くセレスに声を掛ける。
「そう言えばセレス、エンカは大丈夫か? 昔はプレートを着なかった気がするが」
また聞いたことのない単語が出てきた。これが冒険者業界というものだろうか。
「そうね。昔はエンカが高くて移動速度が遅くなるのが嫌でしたけども、わたくし、マジックアイテムで【筋力】を上げておりますの。以前は能力値を上げるアイテムはなかったことを思えば、最近は便利になったものです」
彼女は後ろに振り返りながら、腰のあたりを軽く叩いた。
実際にはプレートメールの腰当だが、おそらくその下にマジックアイテムを付けているのだろう。きっとベルトだ。能力値補正のアイテムとなれば、最低能力でも市場価格で金貨四千枚程度になると聞いたことがある。少なくとも初心者レベルでは持てない。
「そう言えば、ガスト。あなた、鎧はどうしたの? 武器や鎧に制限がないことこそが戦士の特権でしょ。いろいろコレクションしていたじゃない。冒険に出ているのにほぼ丸裸の戦士なんて聞いたことないわよ。それにその格好、ほとんど山賊ではありませんか」
確かに、ガストは大きな鎚こそ持っているが、盾はおろか鎧もない。汚れたシャツにボロボロのズボン。回避ペナルティこそないものの、間違いなく防御点はゼロだ。厳つい顔付きの髭面なので、山賊という表現は的を得ている。
「冒険者を止めたとき、ほとんどの物をあげた」
思わずカリーナも会話に加わる。
「え! 勿体ない! 鎧だって結構な値段がするのに!」
「一応、貸し扱いになっているはずだが、向こうはきっと覚えてないし、俺も取り立てなかったから時効だな。売り払ったにせよ、役に立ってくれればいい」
「ったく、あなたという人は……」
セレスは視線を少し下げて、そう漏らした。
ヘルメットで顔が影になり、その表情までは分からない。
「……でも、その鎚は残したのね」
セレスの言葉を聞き、ガストは右手に持つ鎚を掲げた。長さ一.五メートル程度の柄の先に人間の頭部ほどの横に長い鉄塊が付いている。鉄塊の一方は平になり、殴打あるいは衝撃のダメージを与える。鉄塊の逆面は嘴のように尖り、刺突あるいは貫通のダメージを与える。スライム戦では、私もガストの鎚に助けられた。
「これは俺にとっては冒険者をやっていた記念品みたいなものだ。魔法も掛かっているしな。もっとも、まさか再開するとも思ってなかったが」
「それ、ウォーハンマーですよね」と私。
「いや。ワォーハンマーだ」とガスト。
微妙に期待と異なる答えが返ってきたので、眉間に皺を寄せていた。
戦闘に用いる鎚なので、私が知る名称は戦鎚すなわちウォーハンマーだ。ワォーなんてお笑い芸人のギャグみたいな名称ではないはずだが、ガストの表情は至って真面目だ。
「販売目録に『ワォーハンマー』と書いてあったから間違いない。ただ、武器や呪文の名称が変わるのはよくあるから、俺が買ったときだけかもしれない」
何か腑に落ちない感じがしつつも、もうひとつ腑に落ちていなかったことを尋ねる。
「そう言えば、エンカって何ですか」
「えっ……ちょっと、あなた、リーダーのクセにエンカも知りませんの?」
ガストの代わりにセレスが答えてきた。彼女は、前を行くグースを監視してきりきりと働かせると同時に、後ろを歩くガストと私の会話に割り込むということを繰り返していた。その彼女が後ろを向いて前に歩きながら流暢に語り始める。
「エンカはエンカンブランスのことよ。荷物のひとつひとつにその重量があるのと同様にひとつひとつにエンカが決まっているのよ。ポンドのような実際の重量でなく、移動に影響を与える負担を示す概念ね。【筋力】を元にしてベースとなる値が決まり、所持している荷物のエンカの合算で移動速度が決まるわ。あなた、そんなことも知らずによくパーティのリーダーなんてやっていられるわね。無知にもほどがあるわ。ねぇ、しょうがないから私がリーダーを代わってあげましょうか。そうしたら、あなたを私の側仕えとして雇ってあげても構いませんよ。そもそも――」
エンカなんて単語は、システムからのチュートリアルでは出てこなかったので、ひとまず気にしないことにした。不具合を感じたときにギルドで確認しよう。
たぶんセレスと上手く付き合うコツは、彼女の言うことをいちいち真に受けないことだ。そう悟った私は、彼女の見目麗しさだけを堪能し、饒舌な語りを聞き流した。
すると、先頭を歩くグースが「シッ! 静かに!」と短く叫んだ。
「何か見えてきたぜ……壁だな」
その言葉に、後ろの三人にも緊張が走った。




