第3章 第1節 その3
「まったくもって申し訳ありませんでした」
エルフの里の長が深々と頭を下げた。
私たちはエルフの里に向かっていたわけだが、その道中、里の警備隊に見つかって、一斉攻撃を受けた。都合六本の矢が放たれた。先に気付いたグースが私を庇ってくれたので私は無傷だったが、ガストに一本命中していた。ただ、HPの高い彼にとっては無傷に等しい。二人は反撃しようとした矢先、私が大声で相手に事情を説明したところ、攻撃が止んだ。そして、里まで連れてきてもらった次第だ。
彼らはエルフの中でも若い衆で、訓練を兼ねてリスクの低いエリアを巡回していたために、オルドタウン方面から移動していた私たちと遭遇し、モンスターと誤解した。
「ごめんなさい……」
我々に誤射したメンバーの代表が謝った。
実年齢はともかく、見た感じには私と同じ十代半ば。ただ、私が今まで見た同世代では、ぶっちぎりのイケメンだ。黄金色の髪は光の屑を零し、やや切れ長の目、まっずぐに通った鼻筋、それにやや尖った耳と、普通の人間とはやや違うアクセントがあり、思わずキュンキュンしてしまう。
その彼が続ける。
「だって、まさか人間がこんなに醜いなんて知らなくて。ほとんどグールじゃないか」
美しい顔から出る台詞は最悪だった。悪意がないだけに始末に負えない。
里長の屋敷に案内される際に、何人かエルフを目撃したが、皆美しかった。
しかも、大抵のエルフは人間よりも器用で、俊敏で、力も強く、さらに長生きしているだけあって知性も高いという。
そんなエルフたちが森の奥でひっそり暮らせば、我々一般ピープルはグールと同じカテゴリーになるらしい。
何とも言えぬ理不尽さを味わっていると、里長が慌てて割り込む。
「お前たちは下がってなさい。私たちはこれから大事な打合せがある」
(あぁ……勿体ない。どうせなら黙って壁に立たせておいてくれたらイイのに……)
おそらく里長は歳を重ねているだけあって、人間側の心情を理解している。
話を複雑にするのを避けるべく、若者たちを下げた。
ちなみに、里長はややくすんだ黄金色の髪を腰ぐらいまで伸ばし、それを後ろで束ねていた。頬や目尻にうっすら皺があり、先ほどの若者に比べれば歳を重ねているのが分かるものの、それでも十二分に若くイケメンだった。丸いフレームの眼鏡を鼻先に掛けていることに加え、そもそも里の人を束ねるだけあって温和な印象もある。落ち着いた大人向きの魅力があり、きっとママならイチコロだ。
(確かにエルフの男性を見ちゃうと、ガストやグースなんてグールみたいなものね……)
私は私で極悪なことを思っていると、里長が話を進める。
「そもそも、この森に住む私たちは、旧大陸からの移民者です」
里長が説明によると、今から半世紀ほど前、旧大陸では人間の森林開発が進み、その余波で被害に合うエルフが現れた。そんな折、新大陸でオルドリッチが魔族の支配下にあった子爵領を解放し、旧大陸からの移民を受け入れ始めた。彼らはその政策に便乗し、この森に移住してきた。ただ、住み慣れた場所を捨て、新天地に期待する決断が必要だったため、移住者のほとんどが若者だった。そのおかげで、旧大陸に残った年配は残ることができた。悪い言い方をすれば、食い扶持減らしだ。
そして、約四十年を掛けて少しずつ移民を受け入れながら、安全に生活できるように集落を作り、この地で生きる術を身に付けた。だが、彼らの中には冒険者はいなかった。自分たちの里を守るだけなら、わざわざ冒険者である必要がないらしい。
「ところが近年、魔物――アンデッドどもと遭遇することが増えてきたのです」
そもそもヒトは子孫を増やし、時間とともにその生存圏を拡大する。
やがてその生存圏は魔物たちの生存圏とも重なるようになり、武力衝突が勃発する。
この世界で生きていくには避けられない宿命だ。
今まで文鎮のように黙っていたガストが小さく手を上げる。
「そのアンデッドどもだが、今分かっている限りでは実体のある物か?」
「はい。私どもが遭遇したのはグールが中心で、スケルトンも少々。ゴーストやワイトといった非実体系は目撃されていません」
里長の返事を聞き、ガストは隣のグースに小声で話しかける。
「それなら何とかなりそうだな」
「そうだな。お前が殴って倒せる奴ならどうにかなるだろ」
「ただ、特殊攻撃への備えが要るかもしれん」
「それはお前の運とHPで何とかしてくれ。今回は買い物時間もなかったから備えは昔のバックパックに入りっぱなしのものしかない。そんな場面はこれまでいくらでもあったろ。それより問題なのは……」
グースが何か言い掛けたとき、唐突に扉が開く。
「あなたがたがグールですか!」
叫び声と同時に女性エルフが闖入した。抜刀して、即座に振り被る。
(速い!)
私が見ている間にも疾風迅雷のごとき剣が振り下ろされる。
細身の剣先は、誰もいない椅子を一刀両断する。
「チッ。本当にグールなのか。素早さは猿並みのようね」
「ま、待て! セレス! 俺だ! グースだ!」
真っ二つに斬られた椅子に座っていたグースは、隣に座るガストに抱き着くようにして、剣を避けていた。
「グールの分際で聞いたような口を叩くのですね。この世から完全に消滅させましょう」
「セレス。剣を振り下ろす前に、せめて眼鏡を掛けてくれ」
ガストは両手の掌を広げ、敵意が無いことを全身で示した。
セレスと呼ばれたエルフの女性は、細い剣を振りかぶったまま、眉間に皺を寄せてガストの方を睨む。
「……その声はガスト? まさかガストですの?」
空いている右手で襟元に刺していた眼鏡を抜き、唇で蔓を開いて掛けた。やや長方形の形をしたちょっとオシャレな眼鏡だ。
そして、声の主の方を見るなり、小さく息を飲む。
「――ッ! やっぱりガストではありませんか! お久しぶりですね。四年ぶりぐらいかしら。……まさか、私に会いに来てくれたのですか?」
ガストより先に、彼に抱き着いたグースが声を上げる。
「四十年ぶりだし、別にお前に会いに来たわけじゃない。それよりまず左手で掲げている物騒な物をしまってくれ」
「うるさいわね、グール。あなたとは話しておりません」
今度はガストが割り込む。
「頼む。俺たちは依頼で来ているんだ。お前が剣を収めてくれないと話が先に進まない」
「ガストがそう言うのでしたら……」
なぜか頬を朱に染め、剣を鞘に納めた。
(あぁ……この人はきっとチョロくも面倒な人だ……)
私の中のエルフ像が、この一時間でガラガラと音を立てて崩れた。
見た目には噂と違わぬ絶世の美男美女揃いだけあって、中身も私たちとは違う。
どうやら良い点ばかりが広く喧伝されているようだ。
セレスと呼ばれたエルフは、私の方にも目を向ける。
「わたくしはセレスティアです。冒険者名はセレスですから、そう呼んでください。ところで、あなたは何者でしょうか。この二人の付き添いか何かかしら?」
「私はカリーナです。私たち三人はパーティです」
そう言うとセレスは驚愕の表情とともに、男性二人の方に目を向ける。
「あなたたち、まさか、こんな年端のいかぬメスのグール相手に夜な夜な不埒なパーティをしているのではないでしょうね」
「ちゃんと話を聞けよ!」とグース。
(うわぁ……やっぱり私もグールなんだ……ちょっとショック……)
「俺たちはギルドからの紹介で来た。そちらの里長殿からの依頼だ。そして、カリーナは俺たちのパーティのリーダーだ。彼女を侮辱することは、俺たちを侮辱することに等しい。少し黙ってくれ」
ガストがそこまで言うと、セレスは見るからに肩を落とした。
やっと里長が話を戻す。
グールであっても普通は住処に相当するものがある。エルフたちが移住して四十年が経過して活動範囲が広がっただけなら、遭遇頻度は増えないはず。なぜなら、事前にある程度の範囲の安全を確認していたからだ。
そのため、遭遇頻度が高まったということは、ヤツらも活動圏を広げた可能性がある。
「でも、アンデッドって移動するんでしたっけ?」
私の疑問にベテランであるグースが答えてくれる。
「普通はしないね。ま、そこら辺を含めて調べるのが俺たちの仕事だよ、お嬢ちゃん。その理由次第では、次の手を考える必要があるかもしれない。もちろん、理由なんてないかもしれない。ただ、最優先事項はグールどもを倒して、この里の安全を確保することだ」
概ね依頼内容は理解できた。あとはこれまでの遭遇場所とかを教えてもらえれば、とりあえず任務には取り掛かれそうだ。
「ところで、セレスはこの依頼に関係があるのか?」
もっともな疑問を、ガストが里長に尋ねた。
言われてみれば、彼女は突如この部屋に入ってグースに斬り掛かっただけで、もともと打合せの出席者ではない。
里長が答える。
「そもそもセレスには旧大陸から移民の案内と護衛を頼んでいました。何かあったとき、彼女ほど頼りになる者はおりませんので」
「私、旧大陸帰りなの。この村に戻るのも三年ぶりね。さっき移民たちをこの里に連れてきたら、グールが里長を連れてこの部屋に入ったって聞いたから飛んで来たのよ」
誰かがそう言ったとは考えにくく、断片的な単語をつなげてそう理解したのだろう。
早とちりにしても、どうしてもう少しマシな結果にはならなかったのか。
私が確認する。
「では、今回の依頼とは無関係なんですね」
「ええ」
里長の返事を聞き、なぜかグースがホッと溜息を吐く。
すると、今度は里長の方から尋ねる。
「ところで、あなた方はセレスとどのような関係なのでしょうか」
「彼女とは長い付き合いですよ」
ガストがそう言うと、なぜかセレスが頬に手を当てて腰をくねらせる。
里長は顎に手を添え、しばし考える。超絶イケメンはこんな仕草も実に絵になる。
「……今回はセレスが不在だったので、冒険者ギルドに依頼をしました。彼女もいっしょに連れて行ってください。この里一番の戦力ですので、頼りになると思います」
里長の話を聞きながら、セレスは腕組みをしてうなずく。
「私がいれば冒険者ギルドからの協力なんて不要ですが、長の命令とあらば仕方ありませんね。よろしく頼みますよ、ガスト、グース、それにカリーナ」
今回の任務は、エルフのセレスが同行することになった。




