九針目『靴だけが残る街』
赤い空だった。
空気が熱い。
焼けた鉄みたいな臭いが、肺にまとわりつく。
空木は崩れた道路へ手をつき、荒く息を吐いた。
「……っ、は……」
頭が痛い。
視界が揺れる。
さっきまで教室にいたはずだった。
なのに。
目の前には、崩れた街が広がっている。
ビルの骨組み。
燃えた車。
割れた信号。
そして。
大量の靴。
道路一面に、人の靴だけが散らばっていた。
スニーカー。
革靴。
上履き。
子供用の小さな靴まである。
なのに。
人だけが、どこにもいない。
「なんだよ……ここ」
誰かが震えた声を漏らす。
空木が振り返る。
教室にいた数人の生徒たちも、一緒に落ちてきていた。
だが。
人数が少ない。
「……先生は?」
誰かが言った。
教師はいなかった。
さっきまで泣いていた女子生徒もいない。
空木は息を呑む。
まただ。
誰かが減っている。
なのに。
誰がいなくなったのか、思い出せない。
「考えるな」
男子生徒が言う。
瓦礫の上に立ちながら、赤い空を見上げている。
「思い出そうとすると壊れる」
「……お前、何なんだよ」
空木が睨む。
男子生徒は少し黙ったあと、小さく笑った。
「毎回その顔するな、お前」
また。
その言葉。
空木は苛立ちを隠せなかった。
「だから何が“毎回”なんだよ!」
その瞬間。
──パンッ。
遠くで、乾いた音が鳴った。
銃声だった。
全員の身体が強張る。
静まり返った街に、音だけが響く。
そして。
少し遅れて。
誰かの悲鳴が聞こえた。
「……っ」
空木の背筋が凍る。
悲鳴は、近い。
すると男子生徒が、ゆっくり路地の奥を見る。
「来るぞ」
「何が──」
その瞬間だった。
瓦礫の向こうから、“人”が飛び出してきた。
軍服だった。
黒く汚れた服。
息を切らしながら走ってくる。
男は空木たちを見るなり、目を見開いた。
「生き残りか!?」
日本語だった。
だが。
次の瞬間。
男の胸が、後ろから貫かれた。
黒い腕だった。
細長く、影みたいな腕。
男の身体が宙に浮く。
口から血が溢れる。
クラスメイトたちが悲鳴を上げた。
影の奥から、“ソレ”が現れる。
人の形をしていた。
だが顔がない。
真っ黒だった。
輪郭だけが、人間に似ている。
ソレは、ゆっくり首を傾げる。
まるで。
空木を見ているみたいに。
男子生徒が、小さく呟く。
「……もう見つかったか」
次の瞬間。
ソレが走った。
人間じゃありえない速度で。
「逃げろ!!」
男子生徒の叫び。
空木たちは反射的に駆け出した。
赤い空の下。
靴だけが残る街を。




