八針目『教室の外側』
バキッ!!
扉の亀裂が、さらに広がる。
黒い指が、ゆっくり教室の中へ入り込んできた。
細長い。
人間の指じゃない。
まるで影そのものが、形を持っているみたいだった。
「いや……」
女子生徒の一人が泣き出す。
教室中が混乱していた。
誰かが机を倒し、誰かが叫ぶ。
だが。
教師だけは動かない。
窓の外を見つめたまま、静止している。
男子生徒は、その光景を冷めた目で見ていた。
「もう限界か」
「限界って何だよ!」
空木が叫ぶ。
男子生徒は答えない。
代わりに。
教室後ろの壁を見る。
黒い染み。
最初は小さかったそれが、少しずつ広がっていた。
呼吸みたいに脈打っている。
ドクン。
ドクン。
空木は嫌な汗をかく。
壁を見ているだけなのに。
頭の奥が痛い。
視界が、揺れる。
「……また視てる」
彼女の小さな声。
空木は壁から目を逸らせない。
黒い染みの奥に。
何かがいた。
誰かが。
こちらを見ている。
──ジジッ。
ノイズ。
赤い空。
焼けた街。
誰かが泣いている。
誰かが叫んでいる。
その中で。
ひとつだけ、はっきり見えるものがあった。
教室。
今いる場所と同じ教室。
でも。
机は血まみれだった。
「っ……!」
空木は息を呑む。
その瞬間。
黒い染みが、大きく脈打った。
ドクン。
次の瞬間。
床が消えた。
「え──」
浮遊感。
クラスメイトたちの悲鳴。
景色が崩れる。
教室が、落ちていく。
ガラス。
机。
夕焼け。
全部がバラバラに砕けていく。
空木は反射的に前の席の彼女の腕を掴んだ。
その瞬間。
彼女が初めて、はっきり空木を見る。
驚いたみたいに。
悲しそうに。
そして。
少しだけ、安心したように。
「……まだ、覚えてるんだ」
意味が分からない。
だが次の瞬間。
空木たちは、“外”へ落ちた。
赤い空。
崩れた建物。
煙。
焼けた臭い。
遠くで鳴り続ける銃声。
そして。
地面には。
大量の靴が落ちていた。
人だけが、いない。
空木は息を呑む。
教室が消えていた。
「……ここ」
空木が呟く。
男子生徒が、ゆっくり前へ出る。
赤い空を見上げながら。
「再演の外側だ」
そう言った。




