六針目『五時十二分の外』
黒い染みは、空に浮かんでいた。
教室中が静まり返る。
誰も言葉を発さない。
夕焼けの真ん中。
墨を垂らしたみたいな黒が、空をゆっくり侵食している。
「なに、あれ……」
誰かが震えた声で呟く。
その瞬間。
カチ。
時計が鳴った。
午後五時十二分。
秒針のない時計。
カチ。
カチ。
音だけが、やけに大きい。
空木は嫌な汗をかいていた。
頭の奥が熱い。
視線を空から外せない。
すると。
──ピシッ。
窓ガラスに、ヒビが入った。
教室の空気が凍る。
誰かが悲鳴を上げた。
ピシッ。
ピシピシッ。
黒い染みが広がるたび、窓に亀裂が増えていく。
「先生……」
女子生徒の声。
だが教師は動かなかった。
窓の外を見たまま、固まっている。
「先生?」
返事がない。
空木は違和感を覚える。
教卓に立つ教師の横顔。
瞬きをしていない。
呼吸も。
まるで。
止まっている。
「……また」
彼女が小さく呟く。
その瞬間だった。
バキンッ!!!
窓ガラスが砕け散った。
教室中に悲鳴が響く。
だが。
風は入ってこなかった。
窓の外にあったのは、空じゃない。
真っ黒な“何か”だった。
液体みたいに揺れている。
暗闇。
底の見えない穴。
空木は息を呑む。
その黒の奥で。
何かが動いた。
人影だった。
いや。
“人だったもの”。
黒く焼け焦げたみたいな影が、窓の外に立っている。
ひとつじゃない。
何人も。
何十人も。
教室の外に。
並んでいた。
「……っ」
誰かが泣き出す。
その時。
一人の男子生徒が叫んだ。
「外、出ればいいだろ!」
そのまま教室の扉へ走る。
「待って!」
彼女が叫ぶ。
でも遅かった。
男子生徒が扉を開ける。
次の瞬間。
廊下の向こうが見えた。
そこに学校はなかった。
赤い空。
崩れた建物。
煙。
そして。
大量の死体。
男子生徒が凍りつく。
「……え」
その瞬間。
廊下の奥にいた“何か”が動いた。
黒い影。
人の形。
でも顔がない。
ソレが。
異様な速さで、こちらへ走ってくる。
「閉めろ!!」
空木が叫ぶ。
男子生徒が慌てて扉を閉める。
ドンッ!!!
直後。
扉の向こうから、激しい衝撃音。
ドン!!
ドン!!
ドン!!
教室中が悲鳴に包まれる。
扉が揺れる。
まるで何人もの人間が、外から叩いているみたいに。
その時。
空木は気づく。
教室後ろ。
窓際の空席。
そこに。
また、あの男子生徒が座っていた。
静かに。
頬杖をつきながら。
最初からそこにいたみたいに。
彼は揺れる扉を見つめたまま、ぽつりと言う。
「始まったな」
空木の喉が凍る。
男子生徒は、ゆっくりこちらを見る。
そして。
「今回、六針目にしては早いな」
そう言って、笑った。




