表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

五針目『黒い手形』

「……何見てんの?」


声を掛けられ、空木は肩を震わせた。


気づけば、教室はいつも通りだった。


笑い声。

机を引く音。

窓の外から聞こえる運動部の掛け声。


夕焼けだけが、やけに赤い。


空木は息を整えながら、教室後ろの席を見る。


誰もいない。


窓際の空席。


さっきまで、あそこに誰かがいたはずなのに。


「空木?」


前の席の彼女が、不安そうにこちらを見ていた。


「顔、やばいよ」


「……いや」


空木は誤魔化すように視線を逸らす。


夢じゃない。


そう思った。


時間が止まったことも。

男子生徒の言葉も。

“また”という言葉も。


全部。


空木は無意識に、窓際の机へ近づく。


その時だった。


──ジジッ。


頭の奥でノイズが鳴る。


机の上に、黒いものが見えた。


手形だった。


乾いた泥みたいな色。


誰かが強く掴んだみたいに、指の跡まで残っている。


空木は立ち止まる。


喉が乾く。


なのに、目を逸らせなかった。


「……どうしたの?」


彼女の声。


空木は振り返らない。


ただ黒い手形を見つめる。


その瞬間。


頭の奥で、誰かの声がした。


“触るな”


低い声だった。


知らないはずなのに。


どこか聞き覚えがある。


空木は反射的に手を止める。


だが。


気づけば指先は、黒い手形へ伸びていた。


触れた瞬間。


冷たい。


異様なくらい。


──ジジジジッ。


世界が歪む。


教室の音が遠ざかる。


笑い声がノイズ混じりに引き伸ばされる。


赤い空。


黒煙。


崩れた建物。


そして。


地面から伸びる、無数の黒い手。


助けを求めるみたいに。


空木の足を掴もうとしていた。


「っ……!」


空木は反射的に後退る。


景色が戻る。


教室。


夕焼け。


クラスメイトたち。


呼吸が荒い。


周囲の生徒が、不思議そうにこちらを見ていた。


「大丈夫か?」


男子の一人が笑う。


「顔色終わってるぞ」


空木は返事ができない。


彼女だけが、青ざめた顔で空木を見ていた。


「……触れたの?」


小さな声だった。


空木は目を見開く。


「なんで分かるんだよ」


彼女は少しだけ視線を落とす。


「……見れば分かる」


意味が分からない。


だが。


彼女は黒い手形を見ていなかった。


正確には。


“見ないようにしている”ように見えた。


その時だった。


ガタッ。


教室前方の椅子が倒れた。


全員の視線がそちらへ向く。


一人の女子生徒が立ち尽くしていた。


顔色が真っ青だった。


彼女は震える指で、窓の外を指している。


「……あれ、なに?」


教室が静まり返る。


空木も窓を見る。


夕焼け空。


その真ん中に。


黒い染みが浮かんでいた。


空に。


巨大な染みが、ゆっくり広がっていた。


そして。


カチ。


教室の時計が鳴る。


午後五時十二分。


秒針のない時計だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ