風を読む 那須与一宗隆 手塩の弓 第九章
第九章:壇ノ浦の血、一族の再編
一、壇ノ浦の地獄と「再会」
元暦二年三月二十四日。海面は平家の赤旗と血で塗り潰され、栄華の終焉を告げる悲鳴が渦巻いている。
勝利が確定し、源氏の武者たちが「平家の首」を求めて狂奔する中、与一は返り血を浴びた顔で、一艘の捕縛船を見つめていた。
そこには、やつれ果て、縄を打たれた九人の兄たちがいた。
かつて自分を追い出し、今は敗軍の将として震える兄たち。だが、与一の瞳に映ったのは「敵」ではなく、那須の山で同じ獲物を追い、同じ器の飯を奪い合った、かけがえのない血族の姿であった。
二、安達盛長の「鑑定」と、資隆の影
「与一、この者たちは平家に与した賊。法に従えば、斬る以外の道はない」
背後から現れた安達盛長の言葉は、鎌倉の冷徹な「理」そのものであった。
ここで与一は、父・資隆がかつて宇都宮朝綱を通じて安達盛長へ送った「密約」の重みを思い出す。
「安達殿。俺は屋島で扇を射た恩賞も、官位も、領地も要らねぇ。ただ、この兄さんたちを那須の山へ連れて帰る『許し』だけを、俺への褒美にしてくれっぺ」
与一の「無欲」という名の、あまりに大きな要求。盛長は、与一の煤けた顔をじっと見つめた。名誉を捨てて血脈を取る、その泥臭い執念こそが、頼朝公の求める「北関東の不沈の盾」になると確信した瞬間であった。
三、那須家の昇格、左衛門尉への飛躍
「……欲のない男だ。だが、頼朝公は、そのような男こそを重用したがる」
盛長は薄く笑い、その場で文をしたためた。兄たちの助命だけでなく、与一を鎌倉の正式な御家人とし、「左衛門尉」という官職を授けるという、破格の沙汰であった。
さらに、兄たちは本家(与一)を支える分家として再編され、那須全域を分治することが許される。
かつてバラバラだった十人の兄弟が、今、与一という「芯」を得て、最強の軍事連合「那須七騎」の礎として一つに結ばれたのである。
四、涙の飯、「ほら、食え」
戦後、荒れ果てた浜辺。
縄を解かれ、あまりの逆転劇に呆然とする兄たちの前に、与一が腰を下ろした。
戦場の仮面を脱ぎ捨て、かつての「間抜けな方言」で語りかける。
「……ほら、食え。うめぇど。」
差し出したのは、かつて弁慶から受け取ったような、不格好だが温かい肉と飯。
自分から飯を奪った兄も、今や泣きながらその飯を掴み、嗚咽とともに喉に流し込む。
これこそが、父・資隆が命を懸けて描き、与一が風を読み切って勝ち取った、那須の「黄金の食卓」であった。
五、訣別と帰還
「弁慶さん、ごっつぉさん。俺は、こいつらと一緒に生きていくわ」
遠くで義経と弁慶が勝利の喜びに浸る中、与一は背を向ける。
そこには英雄の道はないが、数百年にわたって「那須の人間は、しぶてぇんだっぺ」と笑い続ける、終わりのない一族の時間が流れていた。




