サイモンの奴ーーー
翌日、精霊カフェに行ったら、まだ今は、会いたくないなーと思っていたトラングラー魔法学園のクリスタ先生が、サラとアクアと、ヒイラギを連れてカフェで待っていた。ヒイラギは、昨日出来たばかりの妖精の絹糸を学園長に見せていた。まだ、開店1時間前なのに、なんだか嫌な予感。東京のお店から、精霊界側に出ると、カウンターの奥の部屋に出ることになる。私の部屋がある方の反対側の扉だ。そこから、カウンターに出た。
「あっ、千里ー」
サラが、手を振っている。カウンターの中にいたウィンディが、「わるい話じゃなさそうよ」と、耳打ちしてくれた。
ヒイラギは、妖精の絹糸を学園長に見せて、神妙な顔をしている。サラとアクアが、私を呼びに来た。
「おはよう、サラ、アクア」
「おはよう」
「ごきげんよう。クリスタ先生がお呼びですのよ。ガラスのハンカチ制作の期日を伸ばしてくれるそうです」
「本当!」
「2日だけだよ。それも、その2日間は、公務だって。そのうえ、絶対ガラスのハンカチを作るのよって、脅された」
「睨まれただけでしょう。とにかくいらして」
やっぱりなんだか緊張して、かしこまってしまった。
「クリスタ先生。おはようございます」
「ごきげんよう千里さん。妖精の絹糸を見せてもらったわ。すばらしい出来ね。この調子で、頑張るのですよ」
そう言われて、ホッとした。
「ありがとうございます」
「昨日、あなたのマスターと龍王がご一緒にいらしてね。サラとアクアを貸してくれというのです。ええ、それは、反対しましたよ。しかし、平和のためだと言われて、承知することにしました。あなたとサラとアクアには、3人で、火龍王と水竜王に謁見してもらいます。この行程は2日かかりますから、ガラスのハンカチの提出する期日を2日延ばすこととします。龍王は、あなたたち三人が共同作業をすれば、ガラスのハンカチが作れると、二人の王に進言するそうです。絶対ガラスのハンカチを作るのですよ」
サイモンの馬鹿ー。昨日言ってたことをもう実行したんだ。
「えっと、私は、水の中で、息ができません」
「それは、私も同行するから、大丈夫」
「ウィンディ!」
ウィンディが、いつの間にか私の横にいた。
「ウィンディ頼みましたよ」
「私も行きたい」
「ヒイラギさんは、ハンカチを完成させてください。わかりましたね」
「はい・・」
「それでは、行きましょうか」
「ええっ、今ですか!」
「善は急げと申しますでしょう。平和を紡ぐのです。早いに越したことはありません」
私は、慌てて、東京側から、トートバックを持ってきた。これにティッシュとかちょっとしたものが入っているからだ。そう言えば、私は、妖精カフェから外に出たことがない。玄関は、洞の穴なので、三角形をしているけど、とても広い。明るくは見えるのだが、なんでか外が見えないなーと思っていた。
マスターがやって来た。
「ごめんな千里君。サイモンがどうしてもというんだ。アンナが強く反対したんだが押し切られちゃってね」
なんとなくわかる。サイモン、必死だったもん。
「大丈夫です。でも、謁見するのに、普段着でいいんですか」
「問題ない。妖精たちは、そうはいかないけどね。連れて行ってくれるシップウには、よく言っといたから。さあ、アンナが外で待ってる。行きなさい」
「シップウって、風竜の中で、一番早いのよ」
妖精カフェの玄関は、私の部屋に続く世界樹の幹と同じように深かったが、やはり亜空間になっていて明るかった。そこを過ぎると、楠が幾重にも茂っている。どうやらテラス側が、天然の出入り口みたいだ。そう言えば、妖精たちは、テラス側から出入りしている。
カフェを出ると、小高い丘の広場になっていて、またもや、とんでもない人集りになっていた。その中央に、胴体だけで8メートルはありそうな、首と尻尾を入れると14メートル以上かな。頭の尖った翼竜が、肩をこきこき鳴らして準備運動していた。一目で、あれがシップウだと思った。振り向くと森のような巨木。この巨木の周りには、聖戦士族や竜人が住んでいる巨木も点在しているのだろう。
「ごめんね、千里。サイモンを止められなかったわ」
アンナと、ターシャが駆け寄ってきた。
「大丈夫です。こんなに早いとは思わなかったけど、いつかは、やりそうな気がしてました」
「うちの旦那がごめんね。こんど、私が、何か穴埋めしてあげる。帰ったらご馳走を用意して待ってるわ」
「わぁ、楽しみです。それで、サイモンさんは?」
「火龍王の所よ。千里とサラとアクアが、ものすごいの作るって、吹聴するんですって」
サイモンの奴ーーー
「あれっ、もしかして、京爺も一緒に行ったんですか」
「博史さんもついて行きたいって言ったのよ。さすがに切れそうになったわ」
もしかして、マスターも飲み友達?
「京爺は、この戦争に、ちょっと気になることがあるみたい。昨日カフェから戻っても、うちで彼と、まだ話し合っていたから」
「戦争が始まる前の今しかないのはわかるけど、千里は、まだ、この世界の事を知らないのに、ごめんね。私も何か考える」
アンナに何度も謝られて恐縮した。私は、いろいろなことが体験できそうで、ちょっと楽しみかもしれない。
見回すと、この間みたいに、また、4大精霊の妖精が、たくさんいた。サラやアクアのご両親もそうだが、火と水の妖精は、警備兵だけでなく、兵隊さんたちも控えていて。整然と並んでいる。彼らにとって、これは、外交公務以上のものだと認識しているらしい。それなのに、実際は、非公式なことで、サラとアクアには、メイドが3人ずつ付いて行くだけ。親たち外交官は、ついて行かない。
サラと、アクアの両親は、各々、二人に駆け寄って、何か言っている。二人とも。多分、これが、外交初デビューになる。メイドたちの、でっかいボストンバックを見て、私は、トートバックだけで、本当によかったのかなと思ってしまった。
「千里、シップウよ」
ウィンディは、供を付けずに一人で行く気らしい。バックも旅行カバン程度で、軽装だ。
「よう、ウィンディ」
ウィンディが来たのを見てシップがこちらを向いた。
「このお嬢ちゃんか。可愛いじゃないか。最初は、公務以外で乗せたかったな」
「宵野千里です。お世話になります」
「シップウだ。ウィンディとは、マブダチだ」
「やあね。幼馴染よ」
マブダチって、暴走族?
シップウは、首が細長くて、首を曲げただけで、私の鼻先に顔を向けた。背中には、でっかいリュックサックの様な客室をしょっている。
「ウィンディは一人なの?メイドさんは、連れて行かないの?」
「メインじゃないしね。シップウがいるから、親は、何にも言わないのよ」
「あたりまえだ。おれが、ウィンディを守る」
「みんなもね」
「みんなもだ」
なんだかいいコンビみたい。私たちは、大勢の妖精に見送られながら、妖精カフェを出立した。