不記
天文十五年(1546年) 正月十四日〜十九日 京 河鰭邸 河鰭清六
紙がないことは、清六がいちばんよく知っている。
白い紙は十二枚。姫さまが御所へ出す文に四枚。月末の勘定に二枚。奥の大殿に何かあったときのため、二枚。
使ってよいのは、四枚である。
若さまは、それを聞いて、四箱の記録を見た。
「三枚、ください」
「四枚ではなく」
「一枚は、残します」
何のために残すのか、清六には分からなかった。尋ねても、若さまは答えなかった。
享禄四年の箱を、朝から読んだ。細川高国が敗れて死んだ年である。
だが、若さまが抜き出した紙に、合戦のことは一行しかなかった。代わりに、参内した公家の名が並んだ。
「戦ではなく、戦のあとに残った者を書いておられます」
若さまはそう言った。
季富さまが何を考えていたかなど、清六には分からない。ただ、主が死んだあとに残った者なら知っている。
奥へ入った老公。御所へ出た姫さま。乳飲み子と、女房三人と、自分。
数えても、増えはしない。
夕方、清六は奥の棟へ膳と灯を運んだ。戸の前に置く。声はかけない。夜半に戻ると、膳は空になり、灯は内側へ消えていた。
若さまは、そのあいだも一灯で読んでいた。奥の灯を寄越せとは、二度と言わなかった。
天文元年。
山科本願寺が焼けた年である。焼けたことは三行。そこから二月、山科郷に関わる者の名が続く。
若さまは、その箇所に細い紙片を挟んだ。
「山科さまは、御自分の土地が動いた年を読みに来られたのです」
結論だけを言った。どうしてそうなったのかは、言わなかった。清六にも聞かなかった。
昼を過ぎて、若さまが白い紙を広げた。
一枚目へ、銭の日付と額。二枚目へ、寄合の日付と座次。
三枚目は、まだ白い。
「四箱を三枚にするおつもりですか」
「いいえ」
「では」
「四箱から、三枚ぶんだけ選びます」
清六は、ようやく分かった。
紙がないから写せないのではない。紙がないことで、若さまは選ばされている。
指が動かなくなった。若さまは右手を左の袖へ入れ、温めてから、また筆を取った。
灯を近づけすぎた。紙の端が茶色くなったところで、清六が灯を引いた。
「読めませぬ」
「焼けば、なお読めませぬ」
「返してください」
「返しませぬ」
前夜に続いて清六が拒むと、若さまは顔を上げた。
清六は続けた。
「若さまは、原本を山科さまへお渡しになるのでしょう」
「はい」
「ならば、焼け焦げをつけて渡すわけにはまいりませぬ」
しばらくして、若さまが手を出した。清六は灯を半尺遠くへ置いて返した。
それで終わった。怒鳴られなかったことが、清六にはかえって重かった。
天文五年に入った。
二月二十六日、主上の御即位。季富さまは、装束の故実で召されている。若さまは、その条を三度読んだ。
次に、式の前の寄合を開いた。
一度目。十一名。二度目。九名。三度目は、日付と「寄合」の二字だけ。四度目には、また座次がある。
若さまは二枚目の写しへ、一度目と二度目を書いた。三度目のところで、筆が止まった。
「書かぬのですか」
「書きます」
「何を」
「書かれていないことを」
若さまは、三度目の日付を書き、その下を一行空けた。空けたまま、四度目へ進んだ。
その翌々日の条に、二字あった。
不記。
若さまの筆が止まった。
清六には、何も記すことがなかった、という意味にしか見えなかった。
「若さま。何か」
「書かなかったことが、書いてあります」
清六は、原本を見た。やはり、二字しかない。
だが若さまは、三枚目の白い紙を取り、まずその二字を書いた。
写したものは、三つになった。銭。四度の座次。空白を含む、「不記」の前後十日。
銭の紙には、個々の額が並んでいる。清六は、末尾に総額を書くための空きを見つけた。
「ここは」
「空けます」
「足しておられぬのですか」
「足しました」
「ならば」
「足した数は、原本にだけ置きます」
また、結論だけだった。
山科へ何を渡し、何を手元へ残すつもりなのか。清六には分からない。
分かったのは、若さまが写しを作っているのではなく、渡す形を作っているということだけである。
右の人差し指と中指が、曲がったまま戻らなくなった。
姫さまが夜に来た。油を見た。紙を見た。何も咎めず、湯を置いた。
若さまは礼を言わずに両手を浸した。姫さまも、礼を求めなかった。
湯気が消えるころ、指が少し開いた。若さまは、また筆を取った。
夜明け前、三枚の写しができ、白い紙は一枚だけ残っていた。
「これを何にお使いになります」
若さまは、答えなかった。四箱を見た。
「日記のほかにも、父上は書いておられます」
そう言って、残した一枚を懐へ入れた。
使い道は、まだ決まっていないらしい。決まっていないもののために一枚残せるようになった。
清六は、それを見て、若さまが九日前とは少し違うと思った。口には出さなかった。
天文十五年(1546年) 正月二十日 京 河鰭邸 河鰭千菊丸
残り二日。
千菊丸は写しを脇へ置き、天文五年の箱を頭から読み直した。今度は銭だけを追う。
父が立て替えた記述は五つあった。
一、二月九日。装束の直し。額あり。
二、二月十七日。下行、諸方への礼。額あり。
三、二月二十四日。式当日の不足分。額あり。
四、四月二日。後片づけの費え。額あり。
五、九月十一日。
千菊丸は、五つ目で指を止めた。
摘要がない。日付と額だけで、何のために出したかが書かれていない。
しかも一から四を全部足しても、五に届かない。
算木がないので、紙の端で足した。三度、足し直した。三度とも、同じだった。
九月十一日の一度が、他の四度の合計より大きい。
二月から四月までは、式に関わる費えである。式は、二月二十六日に終わっている。九月は、半年あいている。
別件だ。
千菊丸は、九月の前後を読んだ。九月十日の条。
大殿より、御使。
「大殿」。
この呼び方は、日記に何度か出てくる。千菊丸は、それが誰かを、まだ確かめていない。明日でよい。いまは、続きを読む。
九月十一日。額だけ。
九月十二日から、筆が乱れる。
父の字は、十一箱を通してほとんど変わらない。癖のない、事務の字である。その字が、荒くなる。字が大きくなり、行が斜めになり、書き損じが増える。
三日ぶん、続いた。そして、また元に戻った。
十月。十一月。平常の記述に戻っている。
そして、十一月の末に、一行。
内蔵寮へ、なほ申すべし。
千菊丸は、手を止めた。
次の行が、白い。書きかけて、やめたのではない。行を空けて、次の日付が来ている。一行、空けてある。
千菊丸は、その白い行を見ていた。
「内蔵寮へ、なほ申すべし」
なほ。「まだ」である。
まだ、言わねばならぬ。つまり、それまでに何度か言った。言って、通らなかった。
そして、この行の続きを、書かなかった。
十二月。条が、三日ぶんしかない。最後の日付は、十二月九日。そのあとは、白紙である。
父は、この月に死んだ。
噛み合わない。
九月の立替だけは、内蔵寮に対して行われていない。二月から四月の四度は式の費えで、内蔵寮が扱う。
九月は、違う。「大殿より、御使」の翌日である。
大殿に、渡している。なのに父は、「内蔵寮へ、なほ申すべし」と書いた。
内蔵寮に出していない銭を、内蔵寮に請求しようとしていた。
千菊丸は、灯の芯を切った。
分からない。分からないが、形は見えた。九月の一度だけ、性質が違う。そして、それがいちばん大きい。
最後に、いちばん古い箱を開けた。言継が指定した範囲の、いちばん手前である。
父が中将に任じられたころの条。その手前に、もっと古いものが混じっていた。
父自身の、元服の記。
永正十年の冬。父が十二の年。書いたのは、父ではない。祖父・実治の手だった。
日付。場所。装束。そして、加冠役の名。
千菊丸は、その名を読んだ。読んで、灯を落としそうになった。
三条実香。当時、内大臣。左近衛大将。
だが、近衛大将だから羽林家の童に冠を置く、という決まりはない。家格だけなら、他にも頼める者はいた。
記録が示すのは、ただ一つである。三条実香が、河鰭季富の冠を置くほどの縁があった。
その縁が何であったかは、書いていない。
千菊丸は、その名を三度、口の中で繰り返した。
あの人は、生きている。太政大臣まで昇って、天文六年に出家した。もう九年、誰にも会っていないという。
父の葬に、来ていない。
それは、日記ではなく、姉から聞いたことだった。いつだったか、何かの折に。
父の加冠を務めたほどの人である。葬に来ぬなら、その縁は、すでに働いていない。
そして。
千菊丸は、昨日のことを思い出した。姉が、こう言った。
加冠は、私が一人、心当たりがあります。
名は、聞かなかった。聞かないほうがいいと思った。
同じ人だ。
千菊丸は、確信ではなく、勘定としてそう置いた。この家に、加冠役の心当たりが二つも三つもあるはずがない。あるとすれば、一つである。そして一つなら、それはこの名だ。
千菊丸は、灯を消さずに、しばらく座っていた。
姉は、なぜ知っている。
父の元服の記は、この箱の底にある。姉が読んだとは思えない。姉は、この書庫に十年入っていない。
別の道で、知っている。
明日、山科へ行く。持っていくのは、写しだけにする。原本は、家に置く。
その前に、姉に聞く。
千菊丸は、そう決めた。決めてから、灯を消した。
天文十五年(1546年) 正月二十日 夜 京 内裏 河鰭清子
九年になる。
月に一度、小山から薬を取り寄せる。麝香、竜脳、蜜。包んで、局の名で使いを立てる。三条邸の門まで。中には入らない。名も告げない。
九年、一度も返事がない。
いや。一度だけ、あった。三年目に。
清子は、その紙を文箱の底に入れている。開いていない。
開けない理由を、清子は自分にこう説明している。忙しい。そのうち。どうせ、大した中身ではない。
どれも嘘である。
開けて「もう送るな」と書いてあったら、九年が消える。開けなければ、消えない。
だから、開けない。
夜だった。千菊丸は、日記を一冊だけ持ってきた。膝の前に置いて、開かなかった。
「姉上のお心当たりは、」
清子は、その先を聞く前に、手が冷たくなった。
「父上の御元服に、冠をお置きになった御方ですね」
清子は、灯を見ていた。弟の顔は、見なかった。見れば、答えてしまう。
どのくらい黙っていただろうか。やがて、自分の声が、口から出た。
「三条、実香さま」
言ってしまった。
言うつもりは、なかった。いや。言うつもりで、待っていたのかもしれない。九年、誰にも言えなかったことの、いちばん外側の一枚だけを。
「当年、七十八におなりです」
清子は、続けた。続けるほうが、楽だった。
「内大臣、右大臣、左大臣。天文四年に、太政大臣」
「そして、天文六年に御出家」
「法名を、諦空さまと」
弟は、聞いていた。何も言わずに、聞いていた。
この子は、聞くのがうまい。相槌を打たない。頷きもしない。ただ、こちらが言い終わるまで待つ。待たれると、人は、余分に喋る。
「姉上。なぜ、御出家を」
「……存じませぬ」
これは、本当だった。
「父上の葬に、お越しになりませんでした」
千菊丸が、言った。
「はい」
「冠を置かれた御方が、葬に来られぬのは」
「縁が切れたということです」
清子は、そう答えた。答えてから、自分の声が硬いことに気づいた。
「では、なぜお頼みになれると」
来た。
清子は、灯の芯を見ていた。
「あの御方は、もう誰にもお会いになりませぬ」
千菊丸が、静かに言った。
「九年、どなたにも」
「……ええ」
「なぜ、姉上はそれを御存じなのです」
清子は、答えなかった。答えられない。
「薬を送っているからです」と言えば、次に「なぜ」と聞かれる。
なぜ送っているのか。それは言えない。言えば、この子は前後をつなぎ、たどり着く。
天文五年の二月に。十九だった自分が、奥で何をしたかに。
清子は、袖の中で手を握った。
この子は、いま、私の沈黙を見ている。言継や滋野井や清六に向けたのと、同じ目で。
姉の沈黙まで材料にしている。
それが清子には少し悲しく、当然だとも思えた。この子には、そうするほか身を守る手がない。
やがて、千菊丸が言った。
「伺いませぬ」
清子は、顔を上げた。
「え」
「いま伺えば、姉上がお答えになりまする」
弟は、日記を膝に載せたまま言った。
「答えられたものは、こちらのものになります。姉上のものでなくなります」
清子は、弟を見た。
十一歳である。まだ髪も切っていない。その子が、こう言った。
「姉上が、御自分でお使いください」
清子は、答えられなかった。答えられずに、うつむいた。
うつむいてから、涙が出そうになって、それを吸い込んだ。
この子は勝てると分かって、手を引いた。
清子は文箱を開けた。七年開けていない紙が、いちばん下にある。角が丸くなっている。
毎日、触っている。触るだけで、開けない。
清子は、それを手に取った。持ち上げて、灯に近づけて――戻した。
まだ、だめだ。
あの子が「伺いませぬ」と言った。言われた日に開けるのは、卑怯である。
自分で決めた日に、開ける。
清子は、そう思った。思って、それが言い訳であることも、分かっていた。
灯を消して、横になった。天井が、暗い。
十年前の二月のことを、久しぶりに思い出した。
あの日、奥の廊下は、いまより寒かった。自分は十九で、走っていた。
走らなければよかった、と思ったことは、一度もない。
ただ、あの日から、父は「よう働いた」としか言わなくなった。その年の冬に、死んだ。
清子は、目を閉じた。
明日、弟は山科へ行く。一人で。




