抜かした日
永禄元年(1558年) 十二月 京 将軍御所 足利義輝
京は、思ったより変わっていなかった。
五年である。二十三になった。出たときは十八であった。
五年ぶりに入った京は、屋根が減り、辻が広くなり、そのぶん空が大きく見えた。それだけである。
和睦は、六角の口利きで成った。
その前に、戦をした。三月に坂本で兵を挙げ、六月に如意ヶ嶽へ上がり、鹿ヶ谷で三好と当たった。こちらが三千、向こうが一万五千である。
数が違いすぎて、勝ちも負けも決まらぬまま夏が終わった。
挙げたのは、年号のことである。
二月に、朝廷が改元した。義輝には、諮りも報せもなかった。改元は武家が執奏し、費えも武家が出す。それを飛ばされた。
飛ばされて黙っていれば、次からは何もかも飛ばされる。
だから、出た。
出て、決まらず、六角の仲介で戻った。戻る条件は、三好を幕府に入れることであった。
御所へ入って三日目、荷が届いた。
朽木から運ばせた荷である。武具と、書物と、それから冊子の束であった。
義輝は、その束の前に座った。
河鰭が寄越した男が、書いたものである。名を清七という。二年前に来た。十九であった。
字が下手で、口数が少なく、聞いてもいないことを喋らない。
その男が、二年、毎日書いた。
束は、思ったより大きかった。
義輝は、いちばん上を取って開いた。
二月十九日。雪。上様、朝、粥。午の刻より、庭にて木刀。四半刻。
昼、鯉。朽木の使い、二人。話、聞こえず。
夕、書。何を書かれしかは、伺わず。
義輝は、次をめくった。
二月二十日。晴。上様、朝、粥。庭に出られず。
昼、なし。
夕、書。
次も、その次も、同じようなものであった。粥。木刀。使い。書。
義輝は、しばらくめくり続けた。半刻ほど、そうしていた。
やがて、束の下のほうを取った。去年の夏である。
六月四日。如意ヶ嶽。上様、辰の刻に上らる。
麓に敵、見ゆ。数、知れず。
上様、二度、陣を出でらる。二度とも、戻らる。
夜、膳、残さる。
義輝は、そこで手を止めた。
あの日のことは、覚えている。麓に三好の旗が見えた。二度、出ようとして、二度、止められた。数が違いすぎた。
止めたのは晴元で、義輝はそれに従った。従ったことは、覚えている。
二度出ようとしたことは、覚えていない。膳を残したことも、覚えていない。
書いてある。
義輝は、束を横に置いて、しばらく天井を見ていた。
――わしは、思うておったより、いろいろやっておった。
そう思った。
思って、それから、おかしくなった。
谷にいた五年、自分は何もしていないと思っていた。何もせずに、ただ待っていたと思っていた。
冊子には、毎日、何かが書いてある。粥を食い、木刀を振り、使いに会い、書いている。
やっていた。
やっていたのに、覚えていない。
義輝は、束を初めから数え直した。
二年である。
朽木にいたのは、五年である。
三年、書かれていない。
義輝は、そこで笑うのをやめた。
河鰭が男を寄越したのは、二年前である。それより前の三年は、誰も書いていない。義輝自身も書いていない。書こうと思ったことはあった。思って、書かなかった。
書かなかった三年に、何があったか。
義輝は、思い出そうとした。
思い出せるのは、四つか五つである。霊山を落とされた。谷へ入った。晴元が来た。冬が寒かった。あと一つ、二つ。
五年のうちの三年が、それだけになっている。
――消えたな。
義輝は、そう思った。
七年前、あの少将は谷へ来て、こう言った。書かねば、残りませぬ、と。
あのとき義輝は、腹が立った。腹が立ったが、言い返せなかった。言い返す材料がなかったからである。
いまは、材料がある。
河鰭が御所へ来たのは、それから四日後である。
二十三になっていた。少将のままである。年に一度か二度しか会わぬから、会うたびに背が伸びている気がしていたが、もう止まったらしい。
「上様」
「河鰭」
「御帰洛、恐悦に存じ奉ります」
「よい。それより、あれを見た」
河鰭は、束のほうを見た。
「清七は、いかがでございましたか」
「字が下手じゃ」
「下手に書けと申しました」
「うむ。読めた」
義輝は、そこで少し間を置いた。
「河鰭。七年前に、そなた、わしに申したな」
「はい」
「書かねば、残りませぬ、と」
河鰭は、答えなかった。
「あのときは、腹が立った。何も持たぬ者に、紙のことを言われたと思うた」
「……はい」
「いまは、こう思う」
義輝は、束に手を置いた。
「書いておったら、残っておった」
河鰭は、頭を下げた。長く下げていた。
義輝は、それを見ながら、この男に一つだけ言っておこうと思った。
言っておかねば、この男は自分が寄越したから残った、と思うかもしれぬ。
「河鰭」
「はい」
「これはな、そなたの手柄ではない」
河鰭が、顔を上げた。
「清七が書いた。毎日、書いた。雪の日も書いた。わしが不機嫌な日も書いた」
「あれは、そなたが命じたからではない。あの男が、日を抜かさなかったからじゃ」
河鰭は、しばらく黙っていた。
「……父親に、そう言われたそうにございます」
「そうか」
「抜かした日は、無かった日になる、と」
義輝は、うなずいた。
その夜、義輝は自分でも書いてみることにした。硯を出し、紙を出し、筆を持った。
持って、四半刻、何も書けなかった。
書くことがないのではない。今日は帰洛して七日目で、人に会い、沙汰を出し、束を読んだ。書くことは幾らでもある。
どう書けばよいのかが、分からなかった。
義輝は、筆を置いた。置いて、明日、清七に聞くことにした。
聞くのは、少し恥ずかしい。二十三の将軍が、二十の家司の子に、日記の書き方を聞く。
恥ずかしいが、聞かねば、また三年が消える。
永禄二年(1559年) 正月 京 内裏 河鰭実初
足りない額は、大喪の三倍を超えていた。
実初は、正月の三日前にもう一度組み直した。組み直しても、同じ数が出た。
物は七割ある。場は修理が要る。銭は、届かない。
届かないまま、節会を挙げることにした。
挙げるかどうかを決めたのは、実初ではない。近衛稙家である。
稙家が京に戻って、ひと月になる。除目が京で動き始めた。動き始めたので、正月の儀も京で挙げる形になった。
実初は、そこに物を出しただけである。
出したのは、去年から蔵にあるものである。
屏風は内蔵寮の古いものを裏返して立てた。三条実香の九冊に、天文五年に同じことをした記があった。幔幕は、大喪で使った分の縁を切り直した。舞人の装束が揃わなかったので、舞を一つ省いた。
抜くのも、九冊に書いてあった。
実初は、書いてあるとおりにやった。
やりながら、自分が何一つ考案していないことに気づいていた。二十三年前に一度やられたことを、そのまま繰り返している。
繰り返せるのは、書いてあるからである。
正月一日、節会が挙がった。
実初は、末席にいた。少将である。前のほうには座らない。座らないところから、殿上を見ていた。
物は、揃って見えた。
揃って見えたのは、足りないところに古いものを置いたからである。古いものは、新しいものより格が高く見えることがある。
裏返した屏風の裏は、表より色が落ちていない。二十三年、裏だったからである。
式のあいだ、実初はほとんど何も感じなかった。数える癖が出るかと思ったが、出なかった。
出なかったのは、もう数え終わっていたからである。
終わって、殿上から下がるとき、後ろで誰かが言った。
「先帝の御代より、立派ではないか」
実初は、振り向かなかった。
振り向けば、誰が言ったかが分かる。分かってしまえば、その人の名を覚える。覚えれば、次に使いたくなる。
言われた言葉のほうが、言った人より大きい。
三日後、実初は書庫に籠った。
節会の記を作った。誰が列に立ったか。何の儀が挙がったか。物は何を用いたか。日取りは、旧儀のどおりか。
書いて、写しを作った。十七通である。
宛先は、諸国の大名と、大寺と、大社である。安芸、周防、豊後、越後、甲斐、駿河、越前、近江、和泉、紀伊。名の知れた家に、順に。
文面は、同じにした。
当年正月、節会、旧儀のまま相調ひ候。
御記、写し進上仕り候。
それだけである。
銭がない、とは書かなかった。助けてくれ、とも書かなかった。
書いたのは、挙がった、ということだけである。挙がったものの記録を、そのまま送る。読んだ側が何を思うかは、読んだ側が決める。
姉が、書庫へ来た。
「十七通ですか」
「はい」
「返事は、来ますか」
「来ぬところが、多うございましょう」
「では、なぜ出すのです」
実初は、写しの束を揃えながら答えた。
「出さねば、来ませぬ」
清子は、そこで笑わなかった。
「実初。あなたは、この節会に幾ら遣いましたか」
「ほとんど、遣うておりませぬ」
「では、この記に書いてあることは」
「全部、本当にございます」
「本当ですが」
清子は言った。
「銭がないことを書かねば、読んだ人は、京には銭があると思います」
実初は、手を止めた。
「思わせておいてよろしいのですか」
実初は、しばらく答えなかった。
「……よろしくは、ございませぬ」
「では」
「ですが、銭がないと書けば、次は物乞いの文になります」
「一度きりで済ますなら、物乞いのほうが早うございましょう」
「一度では、足りませぬ」
姉は、そこで束の一通を取り、宛名を見た。
「安芸」
「はい」
「あそこには、もう三度出しています」
「四度目にございます」
清子は、束を戻した。
「実初。あなた、あの家を待っているのですね」
実初は、答えなかった。
待っている。三年、待っている。
毛利は、防長が静まったと言ってきた。静まったと言ってきたきり、何も言ってこない。
こちらから額を言えば、値切られる。言わなければ、向こうが決める。それがいちばん高い、と三年前に言継に言った。
言ったが、三年経っている。
高いままで、まだ来ていない。
「姉上」
「はい」
「三年前、私は山科さまに、額を書かぬほうが高うございますと申しました」
「聞いています」
「あれは、間違いだったかもしれませぬ」
清子は、実初を見た。
「そうかもしれません」
と姉は言った。
「ですが、いま額を書いたら、三年待った意味がなくなります」
「はい」
「それは、意味がなくなるのが嫌なだけです。高いか安いかとは、別の話です」
実初は、そこで初めて顔を上げた。
姉の言うとおりであった。
自分は三年待った。待った分を捨てたくないから、まだ書かないでいる。それは勘定ではない。惜しんでいるだけである。
「……姉上は、こわいことを仰せられます」
「あなたが、そう書けと教えたのです」
清子は立ち上がった。
「評は書くな、あったことだけを書け、と」
十七通は、正月十五日に出た。
実初は、そのうち一通だけ、末尾に一行を足した。安芸行きの分である。
御服の儀、いまだ調ひ申さず候。
これは、額ではない。物である。足りないものを一つだけ書いた。
書いてから、実初は、これが物乞いなのかそうでないのかを、自分で決められなかった。




