長うござった
弘治三年(1557年) 五月 京 三条邸 三条実香(諦空)
暗誦してみよ、と実香は言った。
九冊を渡してから、八か月である。河鰭は月に一度来る。来て、読んだところを言い、帰る。実香は聞くだけである。
八十九になると、口を出すのも億劫であった。
「八の巻を」
「はい」
河鰭は、姿勢を直した。それから、始めた。
順である。何を先にして、何を後にするか。践祚の当日から数えて、どの沙汰をどの順で出すか。物の手配と、人の手配と、日取りの奏請が、どこで交差するか。
実香は目を閉じた。
四半刻、河鰭は喋り続けた。途中で止まらなかった。数字を一つも外さなかった。紙は、膝の前に置いたまま開いていない。
言い終わったとき、部屋は暗くなりかけていた。
実香は、目を開けなかった。
十九年前、あれを書いたのは自分である。書いたときは、こうも思った。誰かがこれを声に出して読む日が来るなら、そのときわしは死んでおる。
死んでいなかった。
「大殿」
河鰭が呼んだ。実香は目を開けた。
「よう覚えた」
「はい」
「じゃが、一つ抜けておる」
河鰭の顔が、変わった。
実香はそれを見た。この男が慌てるのを見るのは、二度目である。一度目は十一のときで、渡り廊下の外に二刻立たせたときであった。
「……八の巻に、抜けがございましたか」
「巻に抜けはない。わしが、書かなんだのじゃ」
実香は、膝を組み直した。八十九の膝である。
「践祚の日にな、真っ先にせねばならぬことがある」
「はい」
「新帝に、お会いすることじゃ」
河鰭は、動かなかった。
「順の話ではない。物の話でもない。会うのじゃ。顔を見て、声を聞いて、それから式の話をする。それを最初にせねばならぬ」
「……大殿。それは、八の巻に」
「書いておらぬ」
「なぜにございます」
実香は、しばらく黙っていた。
言うつもりはなかった。九冊を渡したときも言わなかった。八か月、言わずにきた。
今日言うのは、次に会えるかどうか分からぬからである。
「わしはな、天文五年の御即位を、十年支度した」
「はい」
「その十年、主上に一度もお目にかかっておらぬ」
河鰭が、顔を上げた。
「奥から出なんだのではない。当時のわしは大臣で、毎日御所へ出ておった。出ておって、会わなんだ」
「なぜ」
「要らぬと思うたのじゃ」
実香は、そう言った。
「帳が合うておれば、儀は挙がる。挙がれば、主上は御即位なされる。会うて何を申す。銭が足りませぬと申すか。あと三年お待ちくださいと申すか」
「申せば、待たせておることを認めることになる。認めるくらいなら、黙って支度をするほうが早い」
「……はい」
「十年、そう思うておった」
実香は、そこで少し息を継いだ。
「式の日にな、主上が仰せられた」
河鰭は、待っていた。
「長うござった、と」
部屋が、静かになった。
「それだけじゃ。お叱りではない。お怒りでもない。長うござった、とだけ仰せられた。わしは、御前で答えられなんだ」
実香は、目をこすった。老人の癖である。
「帳は、一つも間違うておらなんだ。省いた儀も、代えた物も、全部わしが決めた。決めて、挙げた。挙がった御即位を、誰も不備とは申さなんだ」
「大殿」
「河鰭。十年、あの方は待っておられたのじゃ。待っておる者と、待たせておる者は、同じ十年を過ごしておらぬ」
河鰭は、頭を下げた。長く下げていた。
下げながら、実初は一つ数えた。
自分も、主上に会ったことがない。十一年、禁裏の帳を動かしてきて、一度もない。
会う筋がないからである。筋がないのは本当で、それを理由にしてきたのも本当だった。
実香は、それを見ながら、これで終わりだと思った。渡すものは渡した。書けなかった一つも、渡した。
「顔を上げよ」
河鰭が、顔を上げた。
「そなた、いつ会う」
「践祚の日に」
即答であった。実香は、それを聞いて、少し笑った。
「まだ崩御もしておらぬぞ。不敬じゃ」
「大殿がお聞きになりました」
「聞いたな」
実香はうなずいた。
「聞いたから、わしが不敬じゃ。九十の不敬は、罰しようがない」
河鰭が帰るとき、実香は呼び止めた。
「九の巻は、どうした」
「姉に、預けております」
「見せたか」
「見せておりませぬ」
「なぜじゃ」
河鰭は、少し考えた。
「私が持てば、使いたくなりまする」
実香は、それだけで分かった。
あの巻には、使える名がある。誰が出したか。誰が受けたか。誰が帳に載せなかったか。
使えば、人を動かせる。動かせるから、手元に置かない。
「そうか」
実香は、それ以上聞かなかった。
戸が閉まってから、実香は膳を下げさせ、灯も下げさせた。暗いほうが、よく思い出せる。
天文五年二月、紫宸殿。あの日、主上は四十一であられた。長うござった、と仰せられたときの声は、思ったより高かった。
実香は、その声を十九年、覚えている。覚えていて、九冊のどこにも書かなかった。
書けば、自分が会わなかったことを書くことになる。
弘治三年(1557年) 六月〜八月 京 三条西邸 ほか 河鰭実初
安芸からの三通目は、六月に着いた。
大内家の勤め、よく相分り候。
それだけであった。額もない。時日もない。
実初は、この一行を三度読んだ。
分かった、と書いてある。分かったなら、次は出すか出さぬかである。書いていない。
毛利は、防長がまだ静まらぬと前の文に書いてきた。静まるまで待て、ということだろう。
待たされている間、こちらは何もできない。何もできないが、向こうは何かが起きたときに、いつでも出せる支度をしている。
二年前、西国が空くのを待った。待つのは得意ではないと、あのとき思った。
いまは、相手が待たせている。
待たせる側に回られると、こちらの読みが一つも使えない。
実初は文を仕舞い、別のことにかかった。
六の巻に、この家でなければならぬ役が十一ある。四つの家が、いま京にいない。それは動かせる話ではない。
動かせないものを数えても仕方がないので、実初は先に、動かせるほうへ行くことにした。
方仁親王である。
大殿は、践祚の日に会えと言った。実初は、それより前に会っておくことにした。
践祚の日に初めて会う者は、その日に測られる。測られてから式の話をするのでは、遅い。
四十一におなりになる。二十四年、宮のままである。立太子の礼が挙がっていない。挙げる銭がないからで、それは主上の御即位が十年遅れたのと同じ理由である。
実初は、この方に一度も会っていない。
会う筋がない。羽林家の少将が、東宮でもない親王に直に伺候する用はない。用のない者が伺候すれば、必ず何かを求めに来たと見られる。
見られてはならない。いま実初が求めているものは、口に出せば不敬になるものである。
だから、和歌の話をしに行くことにした。
三条西邸へ通したのは、七月である。当主の公条は七十一。子の実枝が四十七。三条西家は和歌と古典の家で、方仁親王はこの二人から、長く教えを受けておられる。
「河鰭の少将が、和歌」
実枝は、そう言って笑った。
「装束の家が、なにゆえ」
「装束の家にございますゆえ」
「ほう」
「節会の折の、袍の色目にございます。歌に詠まれたものと、実際に着られたものが、合わぬ年がございます」
これは本当である。実初は、その食い違いを三十九か所まで数えていた。数えたのは去年で、そのときは何に使うつもりもなかった。
実枝は、乗ってきた。
半刻ほど、色目の話をした。実初は聞き役に回った。三条西家は、こういう話を持ち込まれることが少ない。少ないので、持ち込まれると長くなる。
一つの歌にある色が、実際の節会では使われていない。逆に、装束の記録にある色が、歌には一度も出ない。
歌人には歌人の残し方がある。装束の家には、装束の残し方がある。
同じ日を見ても、残るものは違う。
二度目に行ったとき、実枝がこう言った。
「宮が、興味をお持ちじゃ」
実初は、目を上げなかった。
「一度、参るか」
「お差し支えなければ」
八月、実初は仙洞に近い一角へ通された。
方仁親王は、思っていたより背が高かった。四十一というより、もう少し上に見える。二十四年、同じ場所に座っている人の座り方であった。
和歌の話をした。色目の話をした。故実の話は、しなかった。式の話も、しなかった。
半刻して、宮が言われた。
「そなた、河鰭か」
「はい」
「節会の馬の家じゃな」
実初は、そこで初めて顔を上げた。
五年前である。天文二十一年の正月に、節会に馬を出したのは河鰭家であった。あのとき馬を借りたのは実初で、借りるために四か所へ札を出した。
その馬を、この方は覚えておられた。
「よう覚えておいでにございます」
「他に、覚えることがない」
宮は、そう仰せられた。
実初は、返す言葉を持たなかった。
「わしはな」
宮は続けられた。
「二十四年、宮じゃ。宮のうちは、何もせぬ。せぬ者は、見ておるしかない。見ておると、馬が誰の馬かくらいは覚える」
「……はい」
「あの年から、節会が六年、旧儀のままで挙がっておる。あれも、そなたか」
実初は、答えなかった。
答えれば、自分の手柄を申し立てたことになる。申し立てれば、この方は次から実初を「求めに来る者」として見られる。
「答えぬか」
「申し上げるほどのことではございませぬ」
宮は、しばらく実初を見ておられた。
「そなた、うまいな」
実初は、頭を下げた。
「うまい者は、たいてい何か持ってくる」
宮は言われた。
「今日は、持ってこなんだ」
「和歌の話に参りました」
「うむ」
宮は、脇の文台に手を置かれた。
「また来い。次も、和歌の話でよい」
帰り道、実初は同じことを二度考えた。
自分は今日、何も求めなかった。求めなかったから、次が来た。次が来たとき、また求めなければ、その次が来る。
そうやって何度か通ったあとで、いよいよ求めねばならぬ日が来る。
そのとき、この方は必ずこう思われる。——はじめから、これが目当てであったか。
思われるのは構わない。構わないが、そう思われたときに、この方の帳に何が載るかは、実初には測れない。
三条西邸を出るとき、実枝がこう言った。
「少将どの。宮は、御自分が忘れられておると思うておられる」
実初は、その一言を、家まで持って帰った。




