三本
天文二十三年(1554年) 冬 京 河鰭邸 河鰭実初
甲斐から使者が来た。七日後には小田原、その月の末には駿河からも文が届いた。
三家が同じ日に神前へ並び、一つの盟約を結ぶのではない。甲斐と駿河、駿河と相模、甲斐と相模。三年かけて婚姻を結んだ二家ごとに、三つの問いが来たのである。
実初は七年前の書付を開いた。
武田が今川と北条の間に立つ、と書いた読みは外れていない。
だが、形が違う。
三家が一枚の大きな約束を結ぶと読んでいたなら、外れである。実際にできたのは、三本の小さな約定が互いを動けなくする形だった。
当たったのは、誰と誰が結ぶかである。外れたのは、どう結ぶかである。
人は読める。形は、読めなかった。
甲斐の使者は、駿河との起請を前に言った。
「姻戚の儀を先に置くか、年来の誓約を先に置くか。順によっては、こちらが後から縁を願うたように見えまする」
実初は、二つを一文に重ねた。年来の誓約に基づき、今の縁を守る。先と後を分けず、古い約束と新しい婚姻を、原因と結果に置いた。
案は三日で戻った。使者は「基づき」の二字を指した。
「これでは古い誓約のほうが上にございます。縁組によって誓約が固まった、とも読めるように」
実初は、書き直した。
年来の約と、今度の縁とを、相互に違へざること。
どちらを土台にも、飾りにも置かない。二つを並べ、動詞を一つにした。
今度は戻らなかった。
小田原から来た文は、甲斐との約定についてだった。問題は、一行である。
一方の敵を、他方は助けぬこと。
この文なら、二家だけでは通る。だが甲斐の敵が駿河なら、相模は駿河を助けられない。相模の敵が駿河なら、甲斐も駿河を助けられない。
一本を強くすれば、残る二本が切れる。
「河鰭さま」
小田原の使者が言った。
「敵と書かずに、同じことを書けまするか」
「同じことには、なりませぬ」
「では」
「弱くします」
使者の顔が曇った。
「弱くしては、起請になりませぬ」
「二家だけを見れば、さようにございます」
実初は、甲斐と駿河の文を横へ置いた。
「ですが、この一行を強くすれば、三家の縁は一度の争いで二本切れます」
実初は、「敵」を消した。
代わりに、争いが起きたとき、まず使者を交わし、相手の言い分を聞かずに兵を出さない、とした。援兵の約ではない。兵を出す前に一度止まる約である。
小田原の使者は、すぐには受け取らなかった。
「これでは、甲斐を助けるとは書いてございませぬ」
「相模を助けるとも、書いてございませぬ。互いに同じだけ足りませぬ」
使者は、その文を持ち帰った。十日後、一字だけ直されて戻った。
「聞く」を「糺す」とする。
実初は、その修正を受けた。
聞くは、相手の言い分を受けるだけである。糺すは、正すところまで含む。一字で、約が重くなった。
小田原は、字を知っている。
駿河は、日付を尋ねてきた。甲斐との起請と、相模との起請を、同じ日にするべきか。
同じ日にすれば、二つの縁を同じ重さに見せられる。だが、どちらか一方が遅れれば、もう一方まで効かなくなる。
「同じ日にする必要はございませぬ。起請は、二家ごとに効くものにございます」
「では、三家の結びつきは、どこに書かれます」
「どこにも書きませぬ」
駿河の使者は、しばらく実初を見た。
「書かぬのですか」
「三家の結びつきは、三本が残った結果にございます。一つの文に書けば、その一つが破れた日に全部が破れます」
駿河は、二つの日を別にした。甲斐と駿河。駿河と相模。それぞれの起請に、それぞれ二家の名だけが入った。
三家を横一列に置く紙は、一枚も作らなかった。
ある午後、甲斐と相模の使者が、河鰭邸の門で行き合った。先に来ていた駿河の馬も、厩につないである。
三人は互いの顔を知っていた。知らぬふりをして、別々の間へ入った。
河鰭邸に間は三つしかない。実初は、その日、三つとも使った。
行き合わせぬようにはしなかった。隠せば、隠したことが伝わる。三家は、互いが京の同じ家へ来ていることを、もともと知っている。
見せてよいのは、そこまでである。文の中身は、見せない。
清六が三つの文箱を一つの部屋へ運ぼうとしたので、実初は止めた。
「別々に」
「若君。いずれも同じ御用では」
「違う御用にございます」
清六は、それ以上聞かなかった。
甲斐の使者が、部屋の端に置かれた文箱を見て聞いた。
「他の二家の文も、こちらに」
「ございます」
「三組に共通する条だけ、一覧にしていただけませぬか」
「作りませぬ」
「なにゆえ」
「一覧を作れば、それが三家を束ねる文になります」
「控えにございます」
「控えでも、残れば引かれまする」
実初は、甲斐と駿河の箱を一尺離した。
「甲斐の御方には、甲斐が誓う文と相手から受け取る文だけをお渡しします。相模にも駿河にも同じ。互いの文を、京で一つにはいたしませぬ」
使者は、不満そうだった。
「では、三本が食い違うたときは」
「食い違うております。初めから別の約定にございます」
「同じに見せれば、違うところが隠れます。違うまま残せば、破れたとき、どの二家の何が破れたか分かりまする」
甲斐の使者は、しばらく黙った。
「河鰭さまは、三家の盟約を作っておられるのではございませぬな」
「作っておりませぬ」
「では、何を」
実初は、すぐには答えなかった。
三家の盟約。そう呼べば分かりやすい。だが、分かりやすい名を置いた途端に、実際にあるものより大きくなる。
「三つの約定を、壊れにくくしております」
それだけ答えた。
甲斐の使者は、自分の箱だけを持って帰った。
三家が帰ったあと、実初は控えを三冊に分けた。表紙の色も変えた。甲斐と駿河。駿河と相模。甲斐と相模。
三冊を一つの紐で綴じなかった。同盟の形を、保管の仕方まで一つにしない。
返した書式は、全部で六通になった。一つの約定につき、双方が神前に誓う二通。それが三組。
名の順は争いにならない。甲斐の文には甲斐の名だけ、駿河の文には駿河の名だけを書く。相手に向けて誓うのではなく、各々が神に誓い、写しを交換する。
同じなのは、その形だけである。文言も、日付も、二家ごとに違う。
実初は、起請文そのものには何も足さなかった。返す書式の包み紙に、一行だけ添えた。
なほ、内侍所の御修理、諸国に募られ候。
甲斐にも。相模にも。駿河にも。同じ、京の近況として。
最初に聞いたのは、小田原の使者だった。
「この一行は、起請の内にございまするか」
「ございませぬ」
「消しても」
「差し支えございませぬ。ただ、京で御修理が始まったことは御伝えください」
「献じよ、とは」
「書いてございませぬ」
使者は一行を消さなかった。頼まれていないからこそ、国元でどう扱うかを自分たちで決められる。
冬のうちに、まず甲斐から返りが来た。修理料が添えられていた。額は、大きくない。
甲斐の使者は、渡す前に一度聞いた。
「駿河と相模は、幾ら出しまする」
「まだ届いておりませぬ」
「届いておれば、教えられまするか」
「教えませぬ。修理料は、起請の条ではございませぬ」
実初は、包みを受け取った。
「ここで額を揃えれば、京が三家へ課したことになりまする」
使者は、それ以上聞かなかった。
五日後、駿河から来た。甲斐より、少し多い。さらに三日後、相模から来た。駿河と同じ額だった。
三家が同じ日に、同じ額を決めたのではない。
甲斐が出したことは、駿河へ伝わった。駿河の額は、相模へ伝わった。起請の日は別でも、互いの動きは見ている。
揃ったのではなく、あとから合わせた。
その違いを、実初は帳の脇に書いた。
誰が最初に出したか。次が、どれだけ増やしたか。三番目が、何に合わせたか。
同じ額だけを書けば、三家が示し合わせたように見える。順を書けば、別々に決めたことが残る。
言継は、三つの返りを見て、筆を取った。
武田 献
今川 献
北条 献
「東国が、三家続いたな」
「はい」
「そなた、起請に何ぞ書いたか」
「書いておりませぬ。包みに一行だけ」
「何と」
「『内侍所の御修理、諸国に募られ候』と」
言継は、少し笑った。
「誰が募っておるとは、書かなんだな」
「書きませぬ」
「出せとも」
「書きませぬ」
「侍従どの。あと、幾つ集まる」
「わかりませぬ」
「十九年ぶんには、遠いぞ」
「存じております」
実初は頭を下げた。
「ですが、始まりました」
その夜、実初は修理料の帳を開いた。三好。甲斐。駿河。相模。
十九年ぶんには、遠い。一年ぶんにも届かない。
だが、初めに出した者がいる帳になった。次に来る者は、それを見る。誰も出していない募りではない、と分かる。
実初は帳の末に一行を書いた。
始まった募りには、後から入りやすい。
残るは、西国である。
周防が死んで、三年。誰が西国を取るのか、まだ決まっていない。取った者が、いちばん大きい。
実初は灯を消した。
待つよりない。待つのは、得意ではない。




