納め
天文二十二年(1553年) 七月下旬 京 河鰭邸 松永久秀
夜に、参った。供は、一人。この形も、久しい。昼に来られる年もあった。去年は、そうであった。今年は、また夜である。
久秀は、この一月、それを見ている。
厄介じゃ。
兵を動かすのは、八月と決まっている。主が、そう決められた。その京が、踊っておる。
久秀は、二十年、帳を見てきた。踊っている町は、まとまっている。まとまっている町は、動かせる。
二十年で分かったことが、一つある。人の集まる形ができると、必ず、それを誰が握るかという話になる。祭でも、講でも、座でも同じである。
いまの京には、町ごとに頭がおり、揃いの装束があり、鉦がある。組は四十を超えるという。
ならば、誰かが、動かす。上様か、細川右京大夫か、あるいは坊主か。
そして、兵を入れるときに、町が動いていると厄介である。久秀は、それを主に申し上げた。主は、こう言われた。
「止めよ」
「はっ」
「ただし」
主は、久秀を見られた。
「焼くな。斬るな。捕らえるな」
久秀は、頭を下げた。下げながら、思った。
では、どうやって止める。
三日、考えた。
銭を撒いて、組を割る。割れば止まる。だが撒いた銭はどこかの懐に残り、来年また踊る。
頭を呼んで、言い含める。呼べば、呼ばれた者が町で偉くなる。こちらが頭を作ることになる。
禁令を出す。出して聞かれなければ、聞かれなかったことが残る。
三つとも、後に残るものが悪い。久秀は、河鰭邸へ行くことにした。
「侍従さま」
「松永どの」
河鰭は、十八になった。正五位下。まだ、侍従である。位が、また上がった。官は、動かぬ。久秀は、そこを毎年見てきた。
「町が、踊っておりまする」
「さようにございますな」
「手前どもは、これを止めるべきにございましょうか」
河鰭は、すぐには答えなかった。考えておる。久秀は、待った。この人は、待てば必ず答える。
「松永どの。止められませぬ」
久秀は、顔を上げた。
「……なにゆえにございまする」
「止める理由が、ございませぬ」
河鰭は、そう言った。
「踊ることは、罪ではございませぬ」
「罪でないものを止めれば、それは力にございます」
「力で止めれば、町は覚えまする」
「そして、次に兵が入るときに、思い出しまする」
久秀は、気づいた。主と、同じことを言うておる。
「焼くな、斬るな、捕らえるな」
理由が、これじゃ。
「ですが、」
河鰭が、続けた。
「終わらせることは、できまする」
久秀は、身を乗り出しかけて、やめた。この人の前では、乗り出さないほうがいい。
「……と、申されますると」
「風流は、祭礼に准じておりまする」
河鰭は、そう言った。
「私が、そう書きました」
久秀は、少し、驚いた。この人が、書いたのか。町に回っている「河鰭の色目」の書付。あれが、この人のものだとは、知らなかった。
「祭礼には、」
河鰭は、続けた。
「終わりの日がございます」
「七月晦日をもって、風流納め、と」
「御家より、触れを出されませ」
久秀は、指を折り始めた。禁じるのではない。「踊るな」ではない。「今日で終い」と決めるだけである。
「侍従さま。触れを出しても、聞きませぬぞ」
「聞きまする」
久秀が聞いた。
「なにゆえ」
「終わりの日が決まれば、皆、最後の日に出まする」
久秀は、すぐには分からなかった。終わらせるために最後の日へ集めるというのは、逆に見える。
だが、置いてみると筋が通る。終わりのないものは、いつまでも続く。終わりが決まれば、人はそこへ向かって出る。
「最後に、踊り尽くす」
「さようにございます」
「翌日からは、続ける者になる」
「町の目には、そのように見えましょう」
止める者がいなくても、続ける側が自分で浮く。ならば、こちらが敵にならずに済む。
久秀は、ようやく息を吐いた。
「松永どの。納めの日に、御主人が見物なされませ」
久秀は、手を止めた。
「……見物、にございまするか」
「はい」
「京を治める御方が、町の踊りを御覧になる」
「それだけにございます」
河鰭は言った。
「銭も、兵も、要りませぬ」
久秀は、しばらく黙って、その筋を追った。効く。
主が見物される。町は、それを見る。焼かなかった家である。その家の主が、踊りを見に来る。それだけで、町の頭は「三好は敵ではない」と受け取る。
そこで、久秀は一つ引っかかった。
「侍従さま。主が見物なされば、三好が風流を仕切ったと見られませぬか」
「見られる者も、おりましょう」
「それでは」
「ゆえに」
河鰭は顔を上げた。
「上様も、お誘いなされませ」
部屋が、静かになった。久秀は、動けなかった。
いま、何と申された。
上様は、三月に和約を破棄された。東山に城を築かれ、細川右京大夫と結んでおられる。来月、そこへ兵を入れる。
「侍従さま。上様は、御来駕なされませぬ」
「存じております」
「では、なにゆえ」
河鰭は、頭を下げた。そして、こう言った。
「誘ったことが、残りまする」
久秀は、背中が冷えた。また、それか。
六年前、堺で会ったときも、この人はそう言った。「書かれた物は、忘れませぬ」と。
「松永どの。先だって、申し上げました」
河鰭が、続けた。
「御主人は、上様を軽んじておられぬ、と」
「伝える作法がない、と」
「これが、作法にございます」
「共に、踊りを見ましょう」
河鰭は、そう言った。
「それだけにございます」
「断られても、誘った事実は残りまする。そして、八月に兵を動かされるとき、」
「『誘ったが、来られなかった』と、『何も言わずに攻めた』では、」
「後の世の帳が、違いまする」
「……忝く存じまする」
頭を下げながら、久秀は相手の筋を追った。この人はいま、うちの主のために言うておるのではない。上様のためでもない。
まだ生まれていない者が読む、後の世の帳のためである。
久秀は、門で一度、振り返った。
「侍従さま。八月にございまする」
河鰭は、答えなかった。
久秀も、それ以上言わなかった。言えば、報せたことになる。報せれば、この人は動く。動けば、上様の側に立ったことになる。
久秀は、頭を下げて、出た。
触れが出た。風流納め。町は、聞いた。最後の日に、四十を超える組が出た。史上、いちばん多い。
三好長慶が、四条の辻で見物した。主は、馬から降りられた。降りると、供の者が床几を出そうとした。主は、それを断られた。
立って、半刻、見ておられた。
久秀は、少し後ろにいた。前を見ている主の背中と、その向こうで踊っている町を、同時に見ていた。
誰も、逃げなかった。
四年前、この人は京へ入って六日で出た。あのとき町衆は道の脇に出て、次に誰が来るかを見定めていた。
いまは、踊っている。
上様は、来られなかった。誘いの文は、霊山城へ届いた。返事は、なかった。
その夜、久秀は帳に書いた。
七月晦日 風流納め。
主、四条にて見物。半刻。
上様へ、御来駕を請ふ。御返事なし。
書いてから、久秀はしばらく、その三行目を見ていた。書かねば、無かったことになる。
誘ったことは、誰も見ていない。文は、返事が来なかった。書いておかねば、誘っていないのと同じである。
久秀は、筆を置いた。そして、こう思った。あの人は、これを書かせるために、言うたな。
主のためでも、上様のためでもない。三行目を、この帳に書かせるために。
久秀は、少し笑った。笑って、それから、笑うのをやめた。
夜が明ければ、八月一日である。




