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書かねば、残らぬ  作者: とんこつしょうゆ
第二部『帳』

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坂本西村

天文十九年(1550年) 七月  京  伊勢邸  伊勢貞孝


 河鰭が、三通の返状を持ってきた。


 乙訓郡、上久世村・西土川村・西坂本村。河鰭家の旧領を押さえていた三人が、それぞれ返すと書いている。


「政所の帳へ、お戻しいただきとうございます」


 貞孝は、すぐには答えなかった。返状を横へ置き、古い帳を出させた。


 最後の記載は、天文五年だった。


  乙訓郡 上久世村・西土川村・西坂本村 河鰭家領


 そこから先が、白い。十四年である。


「侍従殿。この三通は、いま押さえておる者が手を退くという文じゃ」


「さようにございます」


「十四年のあいだ、誰から誰へ動いたかは書いておらぬ」


「はい」


「これだけでは、帳の空きを埋められぬ」


 河鰭は頭を下げた。


「では、何が要りまする」


 貞孝は、少し腹を立てた。断られた顔ではない。足りないものの名を聞く顔である。


「当家の旧記。三人の返状。それに、返す地が古い帳の三か村と同じである証し」


「それが揃えば」


「書ける」


「明日、持って参ります」


「明日?」


「用意してございます」


 貞孝は、また腹を立てた。ならば初めから出せばよい。


 だが河鰭は、政所が何を証しとするかを、先に言わせたかったのだろう。こちらの仕事を奪わず、こちらに仕事をさせる。


 十五の顔で、そういう持って来方をする。


 河鰭は、本当に来た。


 旧い知行の証文。三か村から河鰭へ納めた最後の年貢の受取。返状の名主と土地を照らす書付。さらに、内蔵寮から出す返上奏文の下書き。


 貞孝は家司に、一つずつ突き合わせさせた。


 上久世村。合う。西土川村。合う。西坂本村。


「お待ちを」


 家司の指が止まった。


「返状には坂本西村とあります。旧帳は、西坂本村にございます」


 河鰭が返状を寄せた。


「同じ地である証しがなければ、別の村を河鰭領へ入れることになります」


 貞孝は言った。


「名が似ているだけでは、書けぬ」


 三通揃っても、地名の二字が逆である。ここで同じ地だと決めつければ、帳が別の土地を作る。


 河鰭は、しばらく返状を見た。


「受取の裏を御覧ください」


 河鰭が言った。


 古い受取の表には西坂本村、裏の名主の署名には坂本西村とある。同じ年、同じ作人の名が並んでいる。


 貞孝は家司に、もう一度、名を一つずつ照らさせた。


 全部、合った。


 家司が、新しい墨を磨った。十四年ぶりの記載である。


  天文十九年七月、上久世村・西土川村、ならびに西坂本村、河鰭家へ返付。返状三通、旧記と勘合す。


 貞孝が判を据えた。河鰭は、その一行が乾くまで待った。


「写しを、いただけますか」


「誰に見せる」


「返した三人に」


「三好ではなく」


「三好が返したことには、いたしませぬ」


 貞孝は、写しを作らせた。


 そこまでが、政所の仕事だった。


 用が済むころ、河鰭が別の文を出した。新しく受領名を得た武家からの問いだった。


 任官の礼に参内する。その前後に、公方へ礼を述べる。装束、進物、書状、座の位置をどう重ねるか。


 公家の故実だけでは、武家の主従の順が分からない。武家の礼だけでは、参内の装束と昇殿の順が決められない。


「両方を、一つの返事にしてほしいとのことにございます」


「どちらから来た」


「堺の商人を通じて」


「値は」


「まだ」


 貞孝は、文をもう一度読んだ。伊勢家の書札礼の図を出した。河鰭は、公家装束と参内の座の図を出した。


 二つを並べると、同じ場所に二人が座る箇所が一つあった。


 伊勢の図では、主従の近さを取る。河鰭の図では、官位の高下を取る。


「このままでは、どちらかが立たされますな」


 貞孝が言うと、河鰭は図を半分ずらした。


「場を分けます」


「どこで」


「公方への礼は武家の座。参内の支度に移ったところで、官位の座へ直します」


「同じ日のうちに、座を替えるか」


「同じ座で二つを通そうとするから、ぶつかります」


 貞孝は、伊勢の図を押さえた。


「ならば、座を替える時の退き方は、当家が書こう」


「参内の装束へ替える順は、当家が」


 初めて、一枚の返事ができた。


「判は、どういたします」


 河鰭が聞いた。


「二つ据える」


「礼は」


「二つに割る」


「半分ずつ」


「いや」


 貞孝は、二枚の図を見た。


「武家の儀が多ければ当家が六。禁裏の儀が多ければ貴家が六。問いごとに決める」


 河鰭は、少し考えた。


「承知いたしました」


 それだけで、組む話は決まった。


 幕府をどう見るかも、朝廷をどう見るかも、聞く必要はなかった。一枚の紙の上で、どちらか一方では返せない問いが、すでに答えを出していた。


 河鰭が帰ったあと、使いが来た。三好方の奉行からである。


「乙訓の返付につき、政所の御帳の写しを拝見したいとの由にございます」


 貞孝は、乾いたばかりの一行を見た。


 三好は表に出ない。それでも、戻した土地がどう書かれたかは確かめに来る。


「写してやれ」


 貞孝は言った。


 家司が新しい紙を出した。十四年空いていた一行が、その日のうちに二度、写された。


天文十九年(1550年) 十月  京  伊勢邸  伊勢貞孝


 稲を刈るか、待つか。訴えは、それだけだった。


 摂津から来た二人が、一枚の田を挟んで座っている。川筋が夏に変わった。古い境を取れば田は東の村、新しい流れを取れば西の村に入る。


 稲は、もう垂れている。


 どちらかが刈れば、刈られた側が盗まれたと言う。裁許を待てば、風と雨が先に刈る。


 貞孝は、古い図と今年の見分を並べた。


「今年の作だけ、両村で分けよ。境の沙汰は、冬にあらためる」


 東の者が口を開いた。


「半分では、種籾が返せませぬ」


「西も同じじゃ」


「ですが」


「今年の川を、どちらが動かした」


 二人とも黙った。


「ならば、今年の損も一方だけのものにはできぬ」


 貞孝は裁許状を書かせた。判を据えようとしたところで、門が騒がしくなった。


 泥のついた使者が入ってきた。東山、中尾城からである。


 上様は、この夏から、銀閣の裏手に城を築いておられる。京へ戻るための城である。


「摂津の境相論につき、双方の訴状を御前へ上げよとの御内書にございます」


 貞孝の手が、判の上で止まった。


「いつ出た」


「九日前に」


 使者は答えた。道が塞がり、三度回ったという。


 九日前。訴人が京へ着いた翌日である。


 上様は、この一件を御存じだった。御自分の前へ上げよと命じておられた。


 命が、刈入れに間に合わなかった。


「いかがなさいます」


 家司が聞いた。


 判を据えず、訴状を中尾城へ送ることはできる。また九日かかるとは限らない。


 だが、戻るまで稲は待たない。


 貞孝は、上様の御内書を裁許状の隣へ置いた。


「今年の作だけ、分けさせる」


「御前の沙汰は」


「冬の境相論を、御前へ上げる」


 そして、判を据えた。


 二人は、裁許状を受け取った。不満は残っている。それでも稲は刈れる。


 二人が帰ると、部屋には中尾城からの御内書だけが残った。


 貞孝は、それを畳めなかった。


 上様の命に背いたわけではない。冬の相論は、御前へ上げる。急ぐところだけを京で処した。そう説明すれば、筋は通る。


 筋は通るが、上様のお手元から、今日なさる政を一つ取った。


 午後、河鰭が来た。伊勢と河鰭、二つの判を据える最初の返事を持ってきたのである。


 貞孝は目を通し、直す箇所を二つ示した。それで用は済んだ。


 だが河鰭は、机の端にある御内書を見た。読もうとはしなかった。


「中尾城からにございますか」


「さよう」


「お急ぎの御用で」


「もう済んだ」


 河鰭は、少し間を置いた。


「こちらで」


「こちらでじゃ」


 貞孝は、朝の一件を話した。言い訳をするつもりはなかった。


 話し終えると、河鰭が聞いた。


「訴状を、一方だけでも御前へ上げることはできませなんだか」


「片方だけでは裁けぬ」


「では、今年の作を分けるという仮の沙汰だけ、伺うことは」


「返りを待てば刈入れが過ぎる」


「さようにございますか」


 河鰭は頭を下げた。責める声ではなかった。


 そのため、貞孝は自分から続けた。


「京で済ませるほうが早い」


「訴える者も、それを望んでおる」


「当方が受ければ、飢える者が減る」


「だから、受けた」


「はい」


 河鰭は、もう一度頭を下げた。それから言った。


「一つだけ、分かりませぬ」


「なんじゃ」


「早く正しく済むほど、次の訴えもこちらへ来ます」


「来るであろうな」


「次もこちらで済めば、上様へ上がる御用は、また一つ減ります」


 貞孝は答えなかった。


「伊勢さまは、いつ、上様へお返しになるおつもりですか」


 返す。


 その言葉を、貞孝は考えたことがなかった。


 政所の仕事は預かり物ではない。自分の職である。そう思ってきた。


 だが、その職から出る裁許は、本来、将軍の政の一部である。


「侍従殿。上様は、御年十五じゃ」


「はい」


「貴殿と、同じにござる」


 河鰭が、こちらを見た。


「貴殿は、表の座が十年空いた家を継いだ」


「加冠役を探し、位を取り、失うた土地を戻した」


「上様は、日本国でいちばん高い武家を継がれた」


 貞孝は、御内書を見た。


「継がれたとき、お手元には何もなかった」


 銭は六角から出る。城も六角の助けで築く。訴えは京へ来る。届いた命は、九日遅れて着く。


「伊勢さま。何もなかったのではなく、こちらにあったのではございませぬか」


 貞孝は、顔を上げた。


「貴殿は京に残られ、政を止めなかった」


「止めなかったゆえ、皆、こちらへ来た」


「上様を空にしたのは、伊勢さまかもしれませぬ」


 部屋が静かになった。


 河鰭は頭を下げた。


「失礼を申し上げました」


「よい」


 貞孝は言った。


「今日、すでに一つ取った」


 机の御内書を指で押さえた。


「これを御前へ上げておれば、稲を失うた者が出たかもしれぬ」


「上げなんだから、上様は今日も一つ、御政をなされなんだ」


「どちらが忠か、わしには分からぬ」


 河鰭が帰ったあと、貞孝は返事を二通書いた。


 一通は摂津へ。今年の作を分け、冬に境を定めること。


 一通は中尾城へ。急を要する仮の沙汰を京で下したこと。冬の相論は御前へ上げること。


 二通目は、三度書き直した。


 自分の判断を弁ずれば、上様の命が遅かったと責める文になる。詫びれば、飢えを避けた裁許まで誤りになる。


 どちらにもできなかった。


 貞孝が京に残ったのは、政を止めぬためである。それは嘘ではない。


 京に残れば、政所執事でいられる。坂本へ行けば、大勢の供の一人になる。それも嘘ではない。


 両方あって、どちらが重かったかは、自分でも分からない。


 貞孝は二通目を畳み、中尾城から来た使者へ渡した。


 返事が着くころ、上様はまだ、あの城におられるだろうか。


 それも、分からなかった。


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