配らぬだけ
天文十八年(1549年) 八月 京 河鰭邸 河鰭実初
夜に、来た。供は、一人。
「侍従さま。手前は、今宵、参っておりませぬ」
そういう来方である。
実初は、清六を下がらせた。二年ぶりである。あのときは、堺の薬種問屋の奥座敷で、下座に座った男だった。いまは、京を治める家の右筆である。
それでも、下座に座った。
この人は、勝った側になっても座り方を変えない。
「江口の儀、御手柄にございましたな」
「恐れ入りまする」
「御主人は、京に留まられませんでした」
「六日にございました」
久秀の目が、わずかに動いた。数えられている、と気づいた顔である。
「松永どの。御主人は、上様を京へお戻しになりたいのではございませぬか」
久秀が、顔を上げた。
「……なにゆえ、さように」
「六日で出られましたゆえ。居座るおつもりなら、居座られまする」
実初は言った。
「居座られぬのは、将軍のおらぬ京を治めきれぬと、御存じだからにございましょう」
久秀は、しばらく答えなかった。そして、姿勢を変えずに、こう言った。
「……侍従さま。手前は、右筆にございます」
「主人の腹を、勝手に申す立場にはございませぬ」
「ですが」
少し、間を置いた。
「間違うてはおられませぬ」
実初は、出した。
「松永どの。禁裏の御料所を、お戻しいただきとうございます」
久秀の眉が、動いた。
「……御料所、にございますか」
「畿内に、幾つも押さえられたままにございます」
実初は、続けた。
「幕府は、取り返せませぬ。兵もなく、押さえておるのが自らの被官ゆえに」
「六角さまにも、届きませぬ」
「畿内の御料所を戻せるのは、」
実初は、まっすぐ言った。
「当代、三好家より他にございませぬ」
久秀は、すぐには答えなかった。湯呑みを持ち上げて、置いた。
置いた。この人は、答える前に手を動かす癖がある。考えているときに、動かす。
「侍従さま。手前は、右筆にございます」
「はい」
「帳を、見る役にございまする」
「存じております」
「では、申し上げまする」
久秀が、顔を上げた。
「畿内の御料所を押さえておりまするのは、ただいま、当家に従うたばかりの者どもにございまする」
実初は動かなかった。三度目だ。
河鰭家の乙訓三か村を押さえるのは、晴元の被官。
幕府の御料所を押さえるのは、幕府の被官。
そして三好が戻すべき御料所を押さえるのは、三好に従ったばかりの者だった。
取り上げれば離れ、獲ったばかりの畿内が緩む。幕府が動けなかったのと寸分違わぬ理由で、三好も動けない。
久秀が、静かに続けた。
「主人は、京を焼きませなんだ」
「はい」
「焼かねば、そこに住まう者を敵に回せませぬ」
「同じにございまする」
実初は、一拍置いた。そして、これだけを言った。
「松永どの。それゆえ、今にございます」
久秀が、動きを止めた。
「……と、申されますると」
「御家は、江口の後、所領を配り直しておられましょう」
「……さようにございまする」
「誰が何を持つか、まだ定まっておりませぬ。定まる前ならば、」
実初は言った。
「取り上げるのではございませぬ」
「配らぬだけにございます」
長い沈黙が落ちた。実初は、その間、自分の膝を見ていた。
これが、この家の商品である。銭も兵もない。だが、時が読める。
移行の最中は、あらゆる保有が未確定である。三年経てば、それは「先代からの知行」になる。先代からの知行を取り上げれば、恨まれる。
いまなら、単に「配られなかった」で済む。
幕府にできなかったのは、幕府が三十年前から動いていなかったからだ。三好には、今年しかない窓がある。
久秀は膝の上で指を折り、提示された筋を一つずつ検めた。しばらくして顔を上げた。
「……侍従さま」
「はい」
「手前は、二十年、帳を見ておりまする」
「その形を申されたのは、貴殿が初めてにございまする」
実初は、頭を下げた。褒められた。
褒められたことを、頭の隅に置いた。褒める者は、次に何かを頼む。
「侍従さま。一つ、伺いとうございまする」
「うかがいます」
「武家の任官は、幕府の御執奏を経るのが本則と承っておりまする」
「さようにございます。上様は、坂本にあらせられまする」
実初は、背中が冷えた。そこか。
将軍が京にいないのに、武家の官位は幕府を通さねば出ない。三好が官位を欲しがるなら、坂本に頭を下げるか、幕府を飛ばすか。その二つしか道はない。
そして今、三好が坂本に頭を下げれば、江口が無意味になる。
「松永どの。幕府を経ぬ先例が、ないわけではございませぬ」
久秀の目が、光った。
「まことにございまするか」
「古うございます」
実初は言った。
「探せば、出まする。そして当家は、探す家にございます」
久秀は、門まで送りに出た実初に、三つ言った。
「御料所の儀、主人に申し上げまする」
「配り直しの帳と、突き合わせまする」
「返事は、冬までに」
「それと、侍従さま」
「はい」
「主は、近く名を改めまする」
「……ほう」
「長慶、と」
久秀は、頭を下げた。
「手前ごとにございますが」
「はい」
「いずれ、位を望みまするやも知れませぬ」
「その節は、」
「御家を、頼み奉りまする」
久秀が去ったあと、実初は書庫に入った。灯を一つ点けて、紙を出した。先例を、探さねばならぬ。
「探せば出る」と言った。
まだ、探していない。十一箱は、山科邸にある。手元にあるのは、口宣案の文箱だけである。それは、公家の任官記録だ。武家のものは、入っていない。
実初は、灯を見た。どこにある。
考えて、一つ思いついた。思いついて、それが危ないことも分かった。
奥である。
武家に位が出るとき、礼の品が奥に届く。誰が、いつ、何を出したか。女房は、それを物として覚えている。
実初は、筆を置いた。また、姉に頼むのか。
去年、頼まずに動かした。姉は「頼むより、たちが悪い」と言った。
今度は。
頼む。
実初は、そう決めた。決めてから、それが楽な道であることにも気づいた。
天文十八年(1549年) 九月 京 内裏・山科邸 河鰭実初
姉に、頼んだ。頼むと決めて行った。
「姉上。お願いがございます」
姉は、少し目を上げた。「お願い」と言った。
去年は、言わなかった。事実だけ置いた。
姉は、それに気づいた顔をした。気づいて、何も言わなかった。
「武家に位が出るとき、奥は関わりまするか」
「関わります」
「どのように」
「御礼の品が、届きます」
姉は、そう答えた。
「銭ではございませぬ。物にございます」
「絹、香、薬、書物。時には、馬も」
帳より、先に届く。献金は、内蔵寮の帳に載るより前に、奥に物として着く。誰が、いつ、何を出したか。女房は、それを身体で覚えている。
去年、御料所で同じことをした。入らなくなった年を、身体が覚えていた。
今度は、出された物である。
「姉上。この十五年で、いちばん大きな品を出した武家は」
姉は、考えるまでもなかった。
「周防にございます」
周防、長門、その他数か国。大内左京大夫義隆。
日本一、公家に銭を出す男である。山口には、京から下った公卿が幾人もいると聞く。
実初は、山科邸へ行った。言継に、周防のことを聞いた。
言継は、薬研を挽きながら答えた。
「あれは、買うておる」
「買う、と申されますと」
「位じゃ」
言継は、手を止めずに続けた。
「大宰大弐を、欲しがっておられた。朝廷は、なかなか許さなんだ」
そこで、どうしたか。
「御即位の費えを、献じられた」
実初は、筆を止めた。天文五年である。
「……御即位、と申されますと」
「主上の御即位じゃ。天文五年二月二十六日」
言継は、こともなげに言った。
「その三月後じゃ。五月十六日、大宰大弐に補任。同日、昇殿を許された」
実初は、指を折った。二月二十六日から、五月十六日。八十日である。
実初は、もう一つ聞いた。
「山科さま。大内さまは、幕府の御執奏を経ておられますか」
言継が、薬研を止めた。
「そこを聞くか」
「はい」
言継は、しばらく黙った。黙ってから、こう言った。
「翌年じゃ」
「は」
「天文六年に、上様から幕政に加われと言うてこられた」
「大内さまは、断られた」
実初は、背筋を伸ばした。逆である。
天文五年に大宰大弐を得て、その翌年に幕府から声がかかった。官が先、幕府が後で、その後も止まっていない。
天文十年、従三位。
天文十四年、正三位。
上様が、いま従四位下である。
「山科さま。周防は、上様より上に」
「もう、なっておる」
言継は、そう言った。
実初は、言い返せなかった。四年前に正三位である。四年、誰もそう言わなかっただけである。
言継は、それきり何も言わなかった。
実初は、家に帰って、紙に書いた。久秀に渡す先例である。
一、天文五年五月十六日、大内左京大夫義隆、大宰大弐に補任、同日昇殿を許さる。
同年二月の御即位に献ぜられし故なり。
一、翌天文六年、幕府より幕政参与の御要請あり。補任、これに先んず。
書きながら、実初は妙な気持ちになっていた。探すまでもなかった。
「探せば出る」と言った。探すまでもなく、現に生きている。西国で、毎年更新されている。
実初は、筆を止めた。
天文五年二月二十六日。御即位。銭が、足りなかった。
足りない分を、帳に載せぬ形で立てた家が、二つあった。河鰭と、山科である。
実初は、灯を近づけた。そして、紙にもう一行、書いた。
同年 二月 帳外立替 二家。
書いてから、その二行を並べて見た。
天文五年 二月廿六日 御即位
同年 五月十六日 大内義隆 大宰大弐 補任・昇殿
間、八十日。
同年 二月 帳外立替 二家。
実初は、しばらく動けなかった。父の銭で挙がった式が、大内義隆に、大宰大弐を買わせた。
式は、挙がった。大内は、官を買った。禁裏は、銭のかからない支払いをした。全員が、得をした。
一家を、除いて。
なぜか。理由は、一つである。その一家だけが、帳に載らない形で立てたからだ。
帳に載せた者は、位を得る。
帳に載せなかった者は、家が空く。
実初は、灯を見ながら、そのことを考えた。
父は、負けたのではない。取引を、成立させた。式を挙げさせ、大内に官を買わせ、禁裏を助けた。
成立させて、自分だけが載らなかった。
載らなかったのは、そういう約束だったからである。帳に載せぬ形でと頼まれ、応じた。
ならば父は応じなければよかったのか。実初は答えを出せなかった。
応じなければ、式は挙がらなかったかもしれない。挙がらなければ、主上は十年待ったまま、さらに待たれた。
では、どうすればよかったのか。
実初は、筆を取った。そして、紙の隅に、小さく書いた。
次は、帳に載せる。
取次いだことも、額も、日付も、全部。
言継との約定は、そのためにある。
どちらが取ったかを、必ず相手に言う。取った額も、言う。
あれは、友情ではなかった。あの男は、記録を残す仕組みを作っていた。二人で数えれば、片方が黙っても、もう片方に残る。
実初は、灯を消した。消してから、暗闇の中で、もう一つ思った。
父と山科さまは二人で帳を支えていた。父が死に、一人になった帳は九年かけて消えかけていた。




