入らなくなった年
天文十八年(1549年) 二月 山城 葛野郡・乙訓郡 河鰭実初
馬に、乗れるようになった。一年かかった。
清六は、三月で思い出した。三十年乗っていない六十過ぎのほうが、早い。
実初は、そのことを、少し面白いと思った。
出る前に、家領の帳を出させた。
六か村あった。葛野郡の岡村、鳴滝村、松原村。乙訓郡の上久世村、西土川村、西坂本村。
最後の記載は天文五年で、父が死んだ年から先が白い。
「清六。この村々、いま誰が」
「……存じませぬ」
「では、歩く」
清六が、青くなった。
「若さま。西岡は、危のうございます」
「危ないのは、どちらの村じゃ」
そこが、知りたい。
十日、歩いた。
十四の当主が、家司一人を連れて、自分の村を見に行く。誰も、止めなかった。誰も、気にしなかった。
気にされないうちに、見ておく。
御室に近い。村の入口に、寺がある。実初は、そこの下人に聞いた。
「河鰭の年貢は」
「……河鰭さま」
下人は、しばらく考えて、こう言った。
「御代官が、久しく参られませぬので」
実初は、手を止めた。
「奪った」とは、言わなかった。「代官が来ない」と言った。
この村は押領されていない。十年、誰も取りに来なかった年貢を、その場にいる者が食っているだけだ。
置いてある物を十年も放れば、誰かが使う。それは当たり前だった。それを盗みとは言わない。
実初は、自分の怠慢を見た。
去年、これを放っておいた。「戻せる」と見切って、二年目まで来なかった。
周防でも堺でも小田原でもなく、歩いて半日の村である。
自分で組んだ法則に、自分で引っかかっている。
どちらも押さえている者がおらず、誰も「これは俺の田だ」とは言わない。ただ、河鰭という名を誰も覚えていない。
二十年前の証文を見せれば老人は思い出すが、若い者は知らない。
実初は、その差を帳へ書き留めた。
葛野の三か村。押領に非ず。
忘れられただけである。
乙訓郡。桂川の西。西岡である。
入ったところで、清六が馬を止めた。
「若さま。あれを」
畦に、人がいた。
百姓ではない。腰に、差している。
実初は、そのまま進んだ。止まれば、怪しまれる。
村の中を一巡して、寺の前で降りた。寺の者に聞くと、答えは違った。
「河鰭さま……はて」
「このあたりは、いま、どなたが」
「西岡の衆にございます」
「西岡の」
「田を割って、下人を置いて、御自分の名で年貢を取っておられます」
実初は、聞いた。
「どなたの、御被官じゃ」
寺の者が、言い淀んだ。言い淀んで、小声で言った。
「細川右京大夫さまの」
実初は、顔を動かさなかった。
晴元である。管領。畿内の武家の頂に、名目上は立っている人。
そして、いま摂津にいる。三好の城に、転がり込んでいるという噂がある。
実初は、礼を言って、寺を出た。馬に乗って、しばらく黙って進んだ。
清六が、後ろから言った。
「……若さま」
「うむ」
「戻りましょうか」
「戻らぬ」
実初は、そう言った。
「あと二村、見る」
十日で違いがはっきりした。
葛野の三か村を押さえている者はいない。惰性で忘れられているだけだから、由緒を示し、当主が姿を見せれば戻る。
乙訓の三か村には武力を持つ国人がおり、こちらにも武力ある後ろ盾が要る。
実初は、書き分けた二組をしばらく見ていた。
同じことを、どこかで考えた。
去年、山科邸で言ったことである。
「一つは、誰も取りに来ぬから、その場の者が食うておるだけの村」
「もう一つは、現に押さえておる者がおる村」
あのときは、まだ歩いてもいなかった。歩く前に言ったことが合っていた。
だからこそ二年目まで歩かなかったのだと気づき、実初は少し怖くなった。
書き分けた二組を見直すと、別のことも見えた。
これは、当家だけの話ではない。
禁裏の御料所も、同じである。必ず、二種類に分かれる。忘れられた分と、押さえられた分。
前者は、河鰭家一人で戻せる。後者は、畿内を握る者がいなければ、一寸も動かない。
実初は、筆を止めた。
畿内を握る者。
いまは、いない。細川晴元がいて、細川氏綱がいて、六角がいて、三好がいる。誰も、握りきっていない。
だが。いずれ、決まる。
決まったとき。
実初は、紙をもう一枚出した。
忘れられた分。 行けば、戻る。
押さえられた分。握る者が、要る。
六か村で見た違いは、そのまま御料所にも当てはまる。
家に帰って、清六が言った。
「若さま。葛野の三か村、いつ参りますか」
「今年中に」
「西岡は」
実初は、答えなかった。
答えられなかった。
後ろ盾が、要る。いま、この家には、ない。
天文十八年(1549年) 三月〜五月 京 内裏 河鰭清子
弟が、妙なことを聞きに来た。
「姉上。禁裏の御料所のことにございます」
清子は、灯を直しながら答えた。
「……帳では、わかりませぬよ」
「存じております」
存じておる、と言った。
清子は、手を止めた。
御料所の帳は、内蔵寮にある。どこに、いくつ、どれだけ。書いてある。書いてあるが、それが入っているかどうかは、書いていない。
帳に「御料所」と載っている土地から、年貢が来ているとは限らない。来ていなくても、帳は消さない。消せば、権利ごと消えるからである。
だが、奥は違う。
入らなければ、その年の御膳が落ちる。衣が回らない。灯が減る。女房は、それを身体で覚えている。
「姉上。いつから入らなくなった所を、覚えておいでですか」
清子は、答えに詰まった。
覚えている。覚えているが、それを「覚えている」と思ったことがない。思い出そうとしたことが、なかった。
「私が奥に上がったのは、十二の年にございます」
「では、二十年」
「ええ」
実初が、続けた。
「それに、古い女房が、まだ幾人か」
清子は、五十八、六十四、七十二になる三人の女房にあたった。最年長の方は母君から聞いた、応仁より前のことまで覚えていた。
清子は、初めて、自分がしていることの大きさに気づいた。
四十年、五十年ぶんの記憶が、この御所にある。誰も書き留めず、身体の中にだけある。
この方々が亡くなれば、それきりである。
弟は、こう頼んだ。
「紙に、書いていただきとうございます」
「……何を」
「入らなくなった所と、入らなくなった年を」
清子は、聞いた。
「実初。それを集めて、どうなさるのです」
弟は、答えた。
「年がわかれば、誰が取ったかがわかります。ある年に、幾つも一度に入らなくなっておれば、」
「その年に、誰かが動いております」
清子は、袖の中で手を握った。
この子は、時で並べる。場所で並べるのではない。いつ消えたかで、並べる。
そして、思い出した。日記のときも、そうであった。
父の記を三年かけて読んで、この子が見つけたのは、書いていない一日だった。書いていないものを、前後の日付から見つけた。
ふた月、かかった。
清子は、三人の女房を訪ね、話を聞き、その場で書き取った。
同じ土地について、年が違うこともあった。清子は、急がなかった。
「そのころ」と言われれば、その年の御代替わりや節会を尋ねた。御膳が何度減ったか。誰が奥にいたか。
覚えているものから、年を置いた。
書き取りながら、何度も手が止まった。
七十二の方が、こう言った。
「……あのあたりは、応仁の前から入っておりませぬ」
「応仁の、前」
「母から、そう聞いております」
八十年である。
清子は、それを書いた。書きながら、こう思った。
八十年、誰も取りに行っていない。行かなかったのではない。行ける者が、いなかったのだ。
六十四の方は、こう言った。
「……大永の頃に、いくつか」
「大永」
「はい。あのころ、御膳が落ちました」
「何があったのでしょう」
「存じませぬ」
その方は、そう言って、こう続けた。
「女房は、理由を知らされませぬ」
清子は、筆を止めた。
そのとおりである。自分も、そうだった。十九のとき、奥へ取り次いだ。何のための銭かは、教えられなかった。
教えられずに、取り次いだ。
五十八の方は、古いことを知らなかった。代わりに、こう言った。
「近ごろのことなら、覚えております」
「近ごろ」
「三年ほど前から、また落ちました」
「三年」
「はい。それまでは、あのあたりからは参っておりました」
清子は、その年を書いた。
三年前。天文十五年である。
五月、清子は書き上げたものを日付順に並べ替え、そこで背筋が寒くなった。
入らなくなった時期が固まっている。
応仁から文明の乱、将軍がすげ替わった明応二年、細川の争いが続いた永正、大物崩れの享禄四年、山科本願寺が焼けた天文元年、法華の乱の天文五年。そして直近の天文十五年から十八年。
戦のたびに、御料所が数か所ずつ消えている。勝った側の兵がその場で食い、戻った記録は残っていなかった。
清子は、並べた紙を前にしばらく動けなかった。
清子は、その紙を三日、手元に置いた。
渡してよいものか。
これは、禁裏の弱みである。どこが空いているか、いつから空いているか。全部、書いてある。外に出れば、危ない。
三日目の夜、清子は決めた。
渡す。この子より、上手に使える者はいない。
そして、こうも思った。
この子が使わなければ、誰も使わない。二十年、誰も数えなかったものである。数えられなかったものは、無いのと同じである。
実初は、それを受け取って、しばらく見ていた。黙って、日付を追っていた。
速い。
清子がふた月かけて集めたものを、四半刻で読み終えた。
そして、顔を上げて、こう言った。
「姉上。直近の四年に、七か所ございます」
「……ええ」
「天文十五年から、当年まで」
実初は、指で追った。
「氏綱方であった者、晴元方であった者」
「そのほとんどが、いま三好に従うております」
清子は、弟の顔を見た。
「……実初」
「はい」
「それは、取り返せるのですか」
弟は、答えなかった。
答えずに、紙を折って、懐に入れた。そして、こう言った。
「最も古いものでも、三年前にございます」
「……はい」
「三年や四年の押領は、まだ『先代よりの知行』ではございませぬ」
清子には、その意味がすぐには分からなかった。
弟はそれ以上説明せず、頭を下げて局を出た。
清子は、その背中を見送った。
十四である。背は伸びたが、まだ細い。
あの子は、いま何を担ごうとしているのか。
清子には、まだ分からなかった。




