侍従
天文十六年(1547年) 十二月 京 河鰭邸 河鰭実初
小田原へ文を出したのは、二月である。十月に、返事が来た。八月かかった。
実初は、その八月のあいだ、一度も催促をしなかった。催促できる立場ではない。
北条氏康。三十三。去年の四月、河越で夜討ちをかけて、扇谷上杉を滅ぼした。関東で、いちばん重い。
だが、実初が目を向けたのはそこではない。
北条は、もとは伊勢である。伊勢新九郎盛時。幕府政所執事の伊勢氏の一族と言われている。その子・氏綱が、鎌倉北条の名を名乗った。
勝手に名乗ったのではない。朝廷に願い出て、通した、と聞いている。
そして、その後に左京大夫を得た。鎌倉の執権が名乗った官である。古例に倣って、同じ官を取った。
この家は、先例を調べて、先例に合わせて、朝廷に通した。
それは、有職の仕事である。河鰭家の商品そのものである。
文は、短くした。
鶴岡八幡宮の御造営、畿内にも聞こえ候。
当家、有職の儀、旧に復し候。
御造営に関はる京の記、当家の記にも残るところ、御入用あらば写し進らすべく候。
売り込まない。
「習いませんか」とは、絶対に書かない。格の高い相手にそれを書けば、無礼になる。
「持っている」とだけ書く。
鶴岡八幡宮の造営は、氏綱が八年かけて成したものである。あれを、京の側がどう見たか。
北条は、それを絶対に持っていない。そして、成り上がった家がいちばん知りたいのは、そこである。
八月遅れて来た返書は、短かった。
御芳志、忝く存じ候。
御記の写し、賜はりたく候。
なほ、当家の家中、朝廷の儀に暗く候。
実初は、その最後の一行を、三度読んだ。
「暗く候」。
北条氏康が、京の羽林家に向かって、自分から「知らない」と書いてきた。
調べていた。
「河鰭とは、何者か」を。
八月である。それだけ、慎重ということだ。成り上がった家ほど、身元を調べる。偽物を掴めば、そこで格が落ちる。
では、どこに聞いたか。
実初は、少し、腹の底が冷えた。
いちばん格の高いところに聞くはずだ。北条氏綱の継室は、近衛家の娘である。摂関家と、縁組している家だ。
近衛に聞けば、答えは一つしかない。
「聞かぬ家にござる」。
当然である。天文十五年の河鰭家は、表の座が十年空いて、去年新しい当主が立ったばかりの羽林家だった。摂関家から見れば、存在していないに等しい。
実初は、手を止めた。
では、なぜ返事が来た。
八月かかった。それでも来て、「暗く候」と書いてきた。
格の話ではない。近衛に聞いて「聞かぬ家だ」と言われたなら、そこで終わる。
終わらなかったということは。
実初は、思い当たった。
北条は、もとは伊勢である。幕府政所執事の伊勢氏。武家の礼法を伝える家である。
武家が京の家格を調べるなら、公家より先にそこへ聞く。
実初は、その筋を帳の端へ書き留めた。
伊勢
まだ、会ったことがない。政所執事。幕府の帳と判を握っている家である。
いずれ、要る。
「御記の写しを賜りたく候」と書いてきた。送る。だが、何を送るかが問題だった。
実初は、三つに分けた。
まず、鶴岡八幡宮造営が、京でどう記録されたか。誇張しない。実際には、たいした記述ではない。「関東にて、社殿成る」程度である。
だが、それを正直に写す。誇張すれば、いつか露見する。
また、左京大夫の任官例。鎌倉の執権以来、誰がいつ名乗ったか。これが、本体である。
北条は、この官を古例に倣って取った。古例の一覧を、京の側から確認してやる。これは、北条家が金を払っても買えない。
最後に一行だけ足した。
当家、東国の儀に暗く候。御教示賜はりたく候。
こちらからも「知らない」と書く。
北条は「暗く候」と書いてきた。同じ言葉を返せば、対等になる。一方通行の教授は、下請けである。交換にすれば、往復が始まる。
文を封じていると、清六が来た。
「若さま。馬にございますが」
「うむ」
「乗られませぬのか」
実初は、手を止めた。
乗っていない。来たのは、先月である。厩は直った。藁も入れた。だが、一度も乗っていない。
「乗り方を知らぬ」
「……存じております」
清六は、そう言って、少し困った顔をした。
「習われませぬか」
実初は、しばらく考えた。
要るか。京の内を歩くなら、要らない。だが、堺へ行くには、遠い。朽木へ行くとなれば、もっと遠い。
いつか、要る。
「清六」
「へえ」
「そなた、乗れるか」
「……三十年、乗っておりませぬ」
「では、二人で覚えよう」
清六が、目を丸くした。
その月、実初は侍従の任を願い出た。言継が、動いた。
砂金は、全部消えた。言継の見立てどおりである。口宣案の礼、蔵人所への礼、諸方の心付け。
実初は、消えていく額を、一つずつ数えた。
数えながら、一度も「高い」とは思わなかった。思わないように、していた。
天文十七年(1548年) 正月 京 山科邸 山科言継
除目が済んだ。言継は、控えを広げている。
書き写しておかねば、消える。除目の控えは、公にはならない。誰がどう決めたかは、その場にいた者しか知らない。
言継は、それを二十年、写している。誰に頼まれたわけでもない。
今年の除目に、一つある。
河鰭実初 侍従
十三である。
言継は、筆を止めた。
さて。ここが、難しい。
除目は、そのつど新しく決めるのではない。勘例を出す。「先例では、こうであった」という書き付けである。どの例を引くかで、話が変わる。
河鰭実初について、引ける例は二つある。
新たに家督を継いだ者の、初任。どこの家にもある。ありふれている。この例を引けば、この子は新参として並ぶ。
中絶した家が、旧に復した例。こちらは、少ない。少ないが、ある。言継は、二十年ぶんの控えを繰って、三つ見つけた。
二つ目を引けば、河鰭家は「もともとあった家が、戻ってきた」ことになる。
嘘ではない。表の座が十年空いて、新しい当主が立った。中絶して、復した。事実である。
だが。引く例を選ぶのは、こちらじゃ。
言継は、少し、自分を疑った。
わしは、この子に肩入れしておるか。
考えた。しておる。
認めて、二つ目を引くことにした。
まず、天文五年の帳外である。河鰭季富は、二家のうちの一家だった。返らないまま、死んだ。それを知っている生き証人は、わし一人である。
また、あの子は、写しの総額を書かなかった。あれを見て、決めたのじゃ。
言継は、筆を置いた。
三つ目は、うまく言葉にならない。
わしは、四十二である。
言継は、控えの、自分の欄を見た。
山科言継 権中納言
幼くして元服し、のちに内蔵頭を継いだ。天文六年、従三位。遅くはなかった。むしろ、家格から見れば速いほうであった。
そして、四年前に権中納言になった。
言継は、その三文字を指でなぞった。
父も、権中納言であった。祖父の言国も、権中納言。その前の顕言も、権中納言。教興も、教言も。
山科家は、代々そこで止まっている。
言継は、二十年、諸家の官歴を写してきた。だから、はっきり分かる。
この先の例が、ない。
山科の者で、権大納言に昇った者は、一人もいない。権中納言の次に、引ける家例がない。
言継は、筆を持ち直した。そして、しばらく持ったままでいた。
わしは、諸家の次を書ける。どの家の誰が、次に何になるか。勘例を繰れば、たいてい当たる。二十年、そうしてきた。
自分の次だけ、書けない。
自家の例が、ないからである。
他家の例なら、引ける。権大納言に昇った家は、いくらもある。だが、それを引くには、「山科にも当てはめよ」と言う者が要る。
言う者が、おらぬ。
進めぬのではない。進めと言う者が、いないだけである。
言継は、筆を置いた。
このことを、誰にも言ったことがない。言えば、愚痴になる。愚痴は、帳に載らない。
天文十七年正月。
河鰭実初、侍従。十年ぶりに、河鰭家の名が除目に載った。
実初が、礼に来た。言継は、薬の部屋に通した。
「侍従どの」
実初が、顔を上げた。
「……は」
「呼びにくいか」
「いえ」
言継は、少し笑った。
「わしは、二十年これをやっておるがな」
「呼び名が変わると、話が変わる」
実際、変わった。
四半刻ほど話して、言継は自分でそれに気づいた。
去年までは、こちらが試しておった。総額を当ててみせた。条件を三つ出した。「小山には行かぬ」と言った。
今年は、違う。
普通に、仕事の話をしている。甲斐がどう、小田原がどう、堺の唐薬がどう。同業の話じゃ。
実初が、一つ聞いた。
「山科さま。位と官は、どちらが取りやすうございますか」
そこを聞くか。
言継は、薬研を止めた。
「侍従どの。位はな、」
「はい」
「一人上げても、誰の席も減らぬ」
「官は、違う」
言継は、続けた。
「近衛府の少将は、左右で四人ずつじゃ。中将も、そうじゃ」
「員数がある」
「権官を立てれば、多少は融通が利く。じゃが、無限ではない」
実初が、うなずいた。うなずいて、こう聞いた。
「では、員数の内で、誰が先かは、どうやって決まりまする」
言継は、少し、間を置いた。
この子は、いつもここへ来る。「どこに書いてあるか」を聞く。
「勘例じゃ」
「勘例は、どこに」
「わしのような者が、控えを繰って出す」
「では、山科さまがお決めになるのですか」
「決めぬ」
言継は、はっきり言った。
「わしは、例を並べるだけじゃ」
「選ぶのは」
「摂関家じゃ」
実初が、黙った。
言継は、それ以上言わなかった。
いまは、これでよい。この子は十三である。次は従五位上、そのあと正五位下、それから少将。まだ、五年か六年ある。
その間に、自分で気づくじゃろう。
実初が帰ったあと、言継は控えを閉じた。閉じて、もう一度開いた。
自分の欄を、また見た。
山科言継 権中納言
わしの次は、誰が書く。
考えたことがなかった。いや、考えないようにしていた。
書ける者が、いないからである。自家の例がない。他家の例を引くには、引けと言う者が要る。わしのために、それを言う者が、おらぬ。
言われねば載らず、載らねば無かったことになる。
言継は控えを閉じた。庭で鳥が鳴いた。
十三の童が、いま「どこに書いてあるか」と聞きおった。そこで、自分の家のことが浮かんだ。
あの子なら、言う者になるかもしれぬ。
思って、すぐに打ち消した。
十三である。言う者になるには、まだ、何もかもが足りぬ。




