札
天文十六年(1547年) 正月 京 縫物師の仕事場 縫物師・弥三郎
紙が一枚、届いた。
差し出したのは、昨年の冬に元服した河鰭家の若当主である。
弥三郎は、仕事の手を止めて読んだ。
先の袍、寸法よろしく候。図のとほりに候。
たった一行。末に、河鰭の判がある。
「何じゃ、これは」
届けた清六という老人は、答えなかった。
「直せというのか」
「そのままでございます」
「代を払うという話か」
「その儀ではございませぬ」
「ならば、何に使えと」
「若さまは、お渡しせよとだけ」
老人は、それきり帰った。
弥三郎は、紙を屑籠へ入れかけた。
褒めてもいない。次の注文もない。未払いの代金についても書いていない。ただ、図のとおりだった、とある。
そんなことは、縫った自分が知っている。
それでも判のある紙を捨てるのは気が咎めた。弥三郎は柱の釘へ挟み、仕事へ戻った。
三日後、堺から来た呉服商が、柱の紙を見つけた。
「河鰭殿の判か」
「そう書いてある」
「何を頼まれた」
「昨年、御元服の袍を縫うた」
商人の目が、縫いかけの直衣へ移った。
「これも、河鰭の図か」
「違う。持ち込まれた寸法じゃ」
「ならば、あの紙はつかぬのか」
「つかぬ」
商人は直衣を裏返し、衽を見て、袖付けを見た。
「河鰭の目を通せば、いくら上がる」
「知らぬ」
「では、通してみよ」
弥三郎は腹を立てた。
自分の縫い目を見ず、紙を見て買う。河鰭は貧乏公家だ。昨年まで元服もできなかった家である。
その一判で、三十年縫ってきた自分の腕が急に正しくなるはずがない。
「買わぬなら、帰れ」
「買わぬとは言うておらぬ」
商人は、紙をもう一度見た。
「同じ寸法で一領。河鰭の目を通せたら、もう一領頼む」
そう言って、手付を置いた。
話は、その日のうちに隣へ漏れた。翌朝、同業の宗七が来た。
「河鰭から札を貰うたそうじゃな」
「札ではない」
「同じことじゃ」
「何が同じじゃ」
「その紙を見せて、うちより上だと申すのであろう」
弥三郎は紙を柱から外した。
「どこに上と書いてある」
「判が、そう言うておる」
「図のとおり、としか書いてない」
「図を持つ家が、売ってよいと認めたのではないか」
「違う」
「では、確かめてこい」
宗七は言った。
「河鰭が職人を抱えるというなら、こちらにも座への筋がある」
弥三郎は、その日の午後、紙を返しに行った。面倒の種になるくらいなら、ないほうがいい。
河鰭邸は、元服を済ませても貧しいままだった。門の片側が少し傾いている。
十二の当主は、書庫にいた。棚が大きく空いている。
弥三郎は紙を置いた。
「これは、頂けませぬ」
「なぜです」
「座へ入っている者に、売る許しを出したと取られます」
「出しておりませぬ」
「ですが、判がございます」
少年は、紙を見た。
「そこに、売ってよいと書いてございますか」
「ございませぬ」
「弥三郎どのを、当家の職人にすると」
「ございませぬ」
「では、何が書いてあります」
「図のとおりであった、と」
「それだけにございます」
腹が立つ言い方だった。だが、嘘ではない。
「では、次の品も見ていただけますか」
「拝見せねば、書けませぬ」
「礼は」
「決めておりませぬ」
「決めぬまま、仕事をなさるか」
「これは当家だけではできませぬゆえ」
少年は、弥三郎の前に紙を戻した。
「物が正しくなければ、当家の判には何の値もございませぬ」
「当家が読まなければ、正しく作った物も、知らぬ者には見分けられませぬ」
「互いに要るのであれば、値は後から決まります」
弥三郎は、紙を持って帰った。
河鰭の当主は、掛けろとも、客に見せろとも言わなかった。捨ててもよい。しまってもよい。
柱へ戻すかどうかを決めるのは、自分である。
仕事場へ戻ると、堺の商人が待っていた。
「どうであった」
「売る許しではない」
「ならば、何じゃ」
「仕立てが、古い図に違わぬというだけじゃ」
「それでよい」
商人は言った。
「わしには、そこが見えぬ」
弥三郎は、紙を柱へ戻した。今度は釘へ挟まず、細い板に貼った。
札にしたのは、河鰭ではない。弥三郎である。
五日後、宗七が仕立てた袍を持ってきた。風呂敷を解かず、こう言った。
「これも、見てもらえるか」
五日前、この男は座への筋を持ち出した。今日は、風呂敷を解かずに来ている。
弥三郎は、柱の一枚を見た。
一枚目が効いたかどうかは、まだ分からない。だが、二枚目を欲しがる者が来た。
弥三郎は初めて、その紙を札と呼んだ。
天文十六年(1547年) 正月 京 河鰭邸 河鰭実初
年賀の文を、書いている。
諸家へ出す。当主が立った家として、初めて出す年賀である。
これが、いちばん安い。紙と墨と、飛脚代だけで済む。
実初は、二十通ほど書いた。そして、二十一通目で、手が止まった。
近江高島郡。朽木谷。朽木稙綱。
将軍の近臣である。御供衆に列している。
河鰭家とは、縁がない。実初は、十一箱を全部読んだ。朽木の名は、一度も出てこなかった。
理由は、三つある。
一つ。京から東へ出る道は、ふつう坂本を抜ける。坂本は六角の道だが、朽木谷を通ればその頭越しに若狭へ出られる。六角の外へ抜ける、唯一の陸路である。
二つ。将軍が逃げ込む谷である。義晴公が、京を追われるたびに頼られた。この暮れに元服なさった上様は、十二。いま、坂本におられる。坂本が危うくなれば、次は朽木である。地の形が、そうなっている。
三つ。朽木谷は、日本海の荷が上がる若狭の小浜に近い。塩、鯖、昆布。北国と、大陸の物。その先に、越前朝倉がいる。
確かではない。だが、確かでないことに紙を一枚出すのは安い。
実初は、筆を持ったまま、動かなかった。
縁が、ない。縁のない家に、当主になったばかりの十二歳が年賀を出す。不自然である。不自然な文は、読まれずに捨てられる。
考えた末、実初は答えを得た。
出せばいい。縁がないなら、あることにすればいい。
父季富が代よりの御縁、あらためて御礼申し上げ候。
書いてから、実初は筆を置いた。そして、その一行を、しばらく見ていた。
嘘である。
縁は、ない。日記十一箱に、朽木の名は一度も出てこない。自分は、それを知っている。
京で、それを確かめられる者はいない。十一箱は、いま内蔵頭の家にある。
朽木の側は「そんな縁はない」と書き返せない。そうすれば、将軍近臣が羽林家の当主に恥をかかせたことになる。十二歳の当主が父の交際をすべては知らない、という形なら誰もが呑む。
縁があると書かれた側は、それを否定しないかぎり、縁があることになる。
通ることは、分かった。
実初は、そのまま封をしなかった。
書かねば、残らぬ。自分は、そう思ってきた。父の十一箱を読んで、そう覚えた。
では、これは。
これは、残ってしまう。嘘のまま、残る。
誰かが後で読めば、そこに「父の代よりの御縁」と書いてある。書いてあれば、そうだったことになる。
実初は、初めて、自分がしていることを言葉にした。
帳を、汚した。
一行だけ。誰にも見つからない一行を。
書き直そうか、と思った。
「旧縁を頼み」なら、少し弱い。それなら嘘とまでは言えない。
弱ければ、届かぬ。届かなければ、書かないのと同じである。
実初は、しばらく座っていた。そして、封をした。
最後に、もう一行だけ足した。
当家、有職の儀、旧に復し候。
これは、本当である。
売り込みではない。頼んでもいない。「家業を再開した」と、報せただけだ。
将軍が逃げ込む谷に、「儀の作法を知っている家が、また立った」という報せを置いておく。
いつか要る日が来るかもしれない。来なければ、それまでだ。
封を、清六に渡した。
清六が、宛名を見た。
「……朽木、でございますか」
「はい」
「御縁が、ございましたか」
実初は、答えなかった。
清六も、それ以上は聞かなかった。
飛脚に渡した。朽木谷まで、三日である。
実初は、それを見送って書庫に戻った。
返事は来るまい。来なくても失うのは紙と墨と飛脚代だけだと見切り、次の文に取りかかった。
だが、その夜、寝ようとして目が冴えた。
あの一行が、残る。誰にも見つからない一行が、朽木の家のどこかに残る。自分が死んでも、残る。
実初は、初めて、書くことの別の面を見た。
書けば、残る。間違ったことも、残る。
そして、残ったものは、後から数えられる。自分が、父の十一箱をそうしたように。
実初は、寝返りを打った。外で、風が鳴っていた。
返事は、来まい。
もう一度、そう思った。
実際、返事は来なかった。
四年、来なかった。




