第十四話:灯り‐Lights
「パパ」と娘は言った。「一体、何があったっていうの」
エドワードは何も言わなかった。
「彼は」とエレノアは言った。声が震えている。「ルカは。ルカはどうしたの」
エドワードは娘を見た。見て、それだけだった。
◇ ◇ ◇
家に明かりが点いていた。
坂を上りきったとき、玄関の明かりが点いているのが見えた。出るときに消し忘れたのだ。ルカを追って、考える前に家を飛び出した、あの夜に。
エドワードはその明かりをしばらく外から見ていた。空はもう白みかけている。雪は雨に変わり、コートの肩が重かった。誰かの帰りを待っているような明かりだった。だが、待つべき相手はもういない。
扉を開けると、廊下にエレノアが立っていた。
◇ ◇ ◇
彼は娘の脇を通り抜けた。階段を上る。自室の扉を閉め、鍵をかけた。
すぐに扉が叩かれた。
「パパ。開けて。ねえ、答えて。ルカはどうしたの。パパ!」
エドワードは扉に背を預けたまま床に座り込んでいた。娘の拳がすぐ後ろで木を叩いている。その振動が背中に伝わってきた。
答えられなかった。
あの男が誰なのか。自分とあの男が何だったのか。そして、あの男がいまどこにいるのか。どれ一つ、この娘に向かって言葉にできない。言えばすべてを言うことになる。三か月を。殴ったことを。追い出したことを。愛していたことを。
だから彼は黙っていた。背中で扉を押さえたまま。
拳の音が止んだ。それから、また始まった。さっきより強かった。
「答えてよ。ねえ、何か言ってよ」
打つ音が拳から掌に変わっている。
「ルカはどうしたの? 何かあったの? 事故とか。きっとそうなんでしょう。あなた朝まで帰ってこなかったじゃない。そのコート、濡れてる。私、下で見たんだから」
エドワードは動かなかった。
「私のせいなの? だったらそう言ってよ。私を責めてよ。何でもいいから、何か言って」
扉が鳴る。木の板一枚が背中で震えている。
「昔からそう。ママのときも、そうだった。何も言わないで、黙って、それで全部なかったことにする。私がどれだけ待ったか知ってる? 書斎の前で。呼ばれるのを」
エドワードは口を開いた。
「ごめん」
自分の声とは思えないほど小さかった。
扉の向こうで音が止んだ。
「……それだけ?」
答えなかった。
「ごめんって、何が? 何がごめんなの」
答えられなかった。答えれば、その先を全部言うことになる。
やがて、扉の向こうで何かが崩れる音がした。娘もそこに座り込んだらしかった。木の一枚を隔てて、二人は背中合わせに座っていた。
娘が笑うような音を立てた。
「そう」とエレノアは言った。「分かった。もういい」
足音が遠ざかり、別の扉が閉まる音がして、家は静かになった。玄関の明かりは、点いたまま。
◇ ◇ ◇
それから長い数日が始まった。
事故からの数日。後にエドワードは、その日々のことをほとんど思い出せなくなる。記憶が靄に包まれている。何をして過ごしたのか。何を食べたのか。眠ったのか。よく覚えていない。ただ、時間だけが奇妙に引き伸ばされて過ぎていった。
家のなかは静かだった。
娘がいるのに静かだった。エレノアは自分の部屋から出てこない。父と娘は同じ屋根の下で、互いを避けるようにして、別々の部屋で息をひそめていた。
長く一人で暮らしてきた家だ。静かなことには慣れている。だが、その静けさはこれまでの静けさとは違っていた。これまでの静けさはただの不在。誰もいない、という空白。だが、今の静けさはもっと重い。それは、いなくなった、という静けさだった。かつてここにいたものが、もういないという――同じ無音でも、その質がまるで違った。
エドワードは家のなかを歩き回った。
目的はない。ただ、じっとしていられなかった。居間から台所へ。台所から書斎へ。書斎から寝室へ。そして、また居間へ。その当てのない徘徊のなかで、彼は家じゅうにルカの痕跡を見つけた。
台所の棚の奥に砂糖の袋があった。ルカがコーヒーに入れすぎる、あの砂糖。エドワードは砂糖などほとんど使わない。この袋はルカのために買ったものだった。半分以上残っている。彼はそれを長いこと見ていた。捨てることも、しまうこともできずに。
居間の本棚に、ルカに貸そうと思って抜いておいた本があった。まだ渡していない。次に来たときに、と思っていた。その「次」は、もう来ない。本は抜かれたまま、棚のその場所だけが歯の抜けたように空いていた。
寝室のサイドテーブルに、火のついていない煙草が一本転がっていた。いつルカが置いていったものか。エドワードはそれを拾い上げた。指でつまんで。ルカの唇が触れたかもしれない、その先を。そして、またそっと元の場所に戻した。
◇ ◇ ◇
ふと、エドワードは思い出した。
ある夜のことを。停電の夜とは別の、なんでもない夜。二人で夕食を終えて、居間でそれぞれ本を読んでいた。ルカがエドワードの貸した本を。エドワードは自分の論文の資料を。
何時間か、二人とも一言も喋らなかった。ただ同じ部屋で別々の本を読んでいる。暖炉の火が爆ぜる音。ページを繰る音。ルカが時々、難しい言葉にぶつかって小さく唸る声。それだけが部屋に満ちていた。
エドワードは本から顔を上げてルカを見た。ルカは読書に没頭している。眉を少し寄せて。指を一度舌で湿らせて、ページを繰る。その無防備な横顔を、エドワードはしばらく見ていた。
幸福だ、とそのとき思ったわけではない。その時は、ただ、悪くないと思った。この静かな夜が、この若い男が隣にいる時間が、永遠に続けばいい、と。
そういう夜が確かにあった。
◇ ◇ ◇
その記憶から現在へ引き戻されると、家はまた静かだった。
暖炉の火は消えている。隣にルカはいなかった。あの夜のページを繰る音も、小さな唸り声も、もうどこにもない。あるのはただ、いなくなった、という重い静けさだけだった。
夜になると、エドワードは家じゅうの明かりを点けた。
なぜそうしたのか、自分でも分からない。一人なのだから、一つか二つ点いていれば足りる。だが彼はすべての部屋の明かりを点けた。居間も、台所も、書斎も、寝室も、廊下も。誰もいない部屋まで煌々と明るくした。
暗いのが耐えられなかった。
暗闇のなかに一人でいると、あの雪の斜面が戻ってくる。横転した車。片方だけのヘッドライト。雪のなかに横たわったルカ。その上に降り積もる雪。だから彼は明かりを点けた。家じゅうを明るくして、その光であの夜の闇を追い払おうとした。
だが、明かりは別のこともした。
煌々と明るい家は、まるで誰かを迎える準備ができているように見える。今にもインターホンが鳴って、ルカが入ってくるかのように。明るくすればするほど、その来ない人の不在が際立った。明かりは闇を追い払いはしたが、喪失は追い払えない。むしろ明るさのなかで、喪失はいっそうくっきりと見えた。
眠れなかった。
ベッドに横になっても目が冴えている。隣の空いた場所が冷たかった。かつてそこにルカがいた。静かに息をして。寝返りを打って。眠るとき、わずかに眉を寄せて。その空いた場所に、エドワードは手を伸ばした。何もなかった。シーツの冷たさだけが手のひらに触れた。
枕にまだ匂いが残っているような気がした。
気のせいだと分かっている。シーツはとうに洗濯してしまった。ルカが最後にここで眠ってから、もうずいぶん経つ。匂いなど残っているはずがない。だがエドワードは、その枕に顔を埋めた。何もしなかった頃の——まだルカが生きていて、いつでもまた会えた頃の——その匂いを探して。
何もなかった。ただ洗剤の無機質な匂いだけがした。
彼はしばらくそうしていた。誰もいないベッドで、誰もいない枕に顔を埋めて。馬鹿げている、と頭の隅で思った。五十二の男が、死んだ若者の匂いを枕に探している。誰かに見られたら、どう思われるだろう。だが扉は閉めてある。この家で、この閉めた扉の内側だけが、彼に許された場所だった。だから彼は誰にも見られずにそれをした。恥も外聞もない場所で。喪に服すことを許されない男が、ただ一人許される、その場所で。
彼はウイスキーを飲んだ。
以前から、眠れない夜にはウイスキーを舐めていた。だが今はその量が違う。眠るためではなく、考えないために飲んだ。飲んでも考えることは止まらない。むしろ酔うほどに、あの夜の光景が鮮明になった。殴った手の感触。ルカの口の端の血。「あんたが先に捨てたんだろう」という声。「少し遅れる」というメッセージ。そして、雪の斜面の深緑の車。
なぜ追いつけなかったのか。
もう少し早く家を出ていたら。もう少し早くメッセージの意味に気づいていたら。海沿いではなく、最初から山道を選んでいたら。あの二つ目のカーブを、もう数分早く曲がっていたら。——間に合ったかもしれない。ルカは死なずに済んだかもしれない。
その「たら」が無数にエドワードを刺した。
どれもありえた、別の結末だった。少しの違いでルカは生きていたかもしれない。その少しの違いを作れなかったのは自分だ。自分の臆病さがルカを突き放した。自分の遅さが追いつくのを阻んだ。すべて自分のせいだった。
いや、とエドワードは思い直す。
道が凍っていた。あれは誰のせいでもない。ただの事故だった。冬の、よくあるスリップ。誰も悪くない。
だが、その「誰も悪くない」が、かえってエドワードを苦しめた。憎むべき相手がいれば、まだ楽だった。あの運転手が、とか、あの会社が、とか。だが憎むべき相手はどこにもいない。あるのはただ、凍った道と、不運と、そして自分の無数の「たら」だけだった。憎しみの行き場がなかった。だから、それはすべて自分へと向かった。
数日がそうして過ぎた。
エドワードはルカの部屋の片付けに行った。母と会った。倉庫の鉄扉の前に立った。葬儀の手配が進む。そのあいだじゅう、彼は奇妙なほど冷静に見えた。涙も流さない。取り乱しもしない。事務的に必要なことをこなした。
まわりの人間は、たぶんこう思っただろう。飲み友達を亡くした男にしては、ずいぶん気丈だ、と。あるいは、薄情だ、とすら。
誰も知らなかった。その冷静さの下で、エドワードが毎晩家じゅうの明かりを点け、眠れずにウイスキーを舐め、無数の「たら」に刺されつづけていることを。喪に服すことすら許されない男が、一人、誰にも見えない場所で壊れていることを。
ある夜、エドワードはふと気づいた。
いつのまにか、自分が玄関の明かりだけを消さずにいることに。家じゅうのほかの明かりは点けたり消したりする。だが玄関の明かりだけは夜通し点けたままにしている。事故の夜、消し忘れていたあの明かりを、彼はいつからかわざと点けたままにしていた。
誰かの帰りを待つ、明かり。
ありえないと分かっている。ルカはもう帰ってこない。あの明かりを頼りに坂を上ってくることはない。それでもエドワードは、その明かりを消せなかった。消してしまえば、本当に、もう待つことをやめることになる気がして。
彼はその晩も玄関の明かりを点けたままにした。
そして、あの男の帰ってこない家で、煌々とした明かりに囲まれて、一人、夜を明かした。窓の外では雪がいつのまにか雨に変わり、また雪に戻り、冬はまだ終わらなかった。
ルカの葬儀は、再来週の日曜日に決まった。




