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#05 止まった時計

ガチで赤羽業くんカッコ良すぎでしょーーー!!

今回で第5話になります

ではどうぞ!

あの気味の悪い赤い空と、無機質な機械音声のような声。

あれから一夜明けても、俺の頭の中には強烈な違和感がこびりついて離れなかった。


『バイタル低下。心拍数低下。エラーコード排出』


あれは絶対に、ただの幻聴じゃない。この世界は、まるで出来の悪いゲームか何かのシミュレーションのように、時折致命的な『バグ』を吐き出す。

俺からシロを奪い去った鈴木くんと斎藤さんも、今朝から様子がおかしかった。二人はまるで三日三晩徹夜をしたかのように目の下にどす黒いクマを作り、俺と目が合うたびに怯えたように視線を逸らした。保健所に連れて行ったはずの彼らの方が、まるで大切な家族を亡くしたかのような喪失感を漂わせているのだ。


そんな異様な空気の中、ホームルームで担任の早乙女先生が淡々と告げた。

「来月の文化祭だが、うちのクラスは正門前の巨大アーチの制作に決まった。……で、実行委員だが」

早乙女先生が言い淀むと、クラス中からクスクスという陰湿な笑い声が漏れた。


「先生、瀬戸くんがやりたいって言ってます!」

誰かが声を上げると、「おー、偉いぞ瀬戸!」「一人で全部やってくれるんだろ?」と嘲笑の波が広がる。

早乙女先生は一瞬だけ、本当に辛そうな顔で目を伏せ、ため息まじりに言った。

「……わかった。瀬戸、放課後残って作業を進めておけ。以上だ」



夜の7時。すっかり暗くなった教室には、シンナーのような塗料の匂いが充満していた。

俺は床に新聞紙を敷き詰め、一人で巨大なベニヤ板に夜空のペイントを施していた。作業自体は苦じゃない。むしろ、一人で静かに手を動かしている時間は、あの奇妙な『バグ』や、クラスメイトたちの悲痛な顔を忘れさせてくれるから好きだった。


「……こんな時間まで、バカじゃないの」

ふいに、静寂を破って冷たい声が響いた。

振り返ると、教室の入り口に如月さんが立っていた。制服のカーディガンを羽織った彼女は、腕を組みながら冷ややかな目で俺の作業を見下ろしている。


「如月さん。忘れ物?」

「あんたが目障りだから、さっさと帰らせようと思って来たのよ。……何これ、きったない絵」

如月さんはツカツカと歩み寄ってくると、俺が数時間かけて丁寧に塗り上げた星空のパネルを、躊躇いもなく革靴で蹴り飛ばした。


バキッ!!

乾いた音が響き、ベニヤ板の骨組みが真っ二つに折れる。


「あ……」

「へぇ、脆いのね。あんたのちっぽけなプライドみたい。こんなゴミ作って、クラスの役に立ってるつもり? 気持ち悪い偽善者」


彼女はさらに、床に置いてあった青いペンキのバケツを蹴り倒した。

ドロリとした塗料が床に広がり、俺の靴と制服のズボンを汚していく。それでも飽き足らず、如月さんは折れたベニヤ板を何度も何度も踏みつけ、破壊していった。


「やめろよ、如月さん」

俺が声をかけると、彼女は「反抗する気!?」と鋭く睨みつけてきた。

だが、俺は怒っていたわけじゃない。


「その板、ささくれ立ってるから。そんなに力一杯蹴ったら、靴を突き破って如月さんの足に刺さっちゃうよ。危ないから、もうやめて」


俺の言葉に、如月さんの動きがピタリと止まった。

彼女の肩が、小刻みに震え始める。


「……どうして」

俯いた彼女の口から、掠れた声が漏れた。

「どうして怒らないのよ……ッ! 自分が何時間もかけて作ったものを壊されて、ペンキまみれにされて……なんで私の心配なんかするのよ!!」


顔を上げた如月さんの瞳からは、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちていた。

「怒りなさいよ! 私を殴ってよ! あんたのやってることはただの自己満足よ! そんなに一人で全部背負い込んで、ヒーローになったつもり!? ふざけないでよ!!」


彼女の叫び声は、夜の教室に悲痛な木霊となって響いた。


「一人で背負うって……ただの文化祭の準備だよ? 大したことじゃない」

「違うッ!! そういうことじゃないのよ!!」


如月さんが俺の胸倉を強く掴み、揺さぶった。

「あんたはいつもそう! 自分を犠牲にして、笑って誤魔化して……残された私たちのことなんて、これっぽっちも考えてないじゃない!!」

「残された……?」


俺は眉をひそめた。

「どういう意味? 俺はここにいるよ。どこにも行ってないし、誰も残してなんていな——」


その時、ふと視界の端に違和感を覚えた。

俺の胸倉を掴む如月さんの左腕。そこには、高校生には不釣り合いな、銀色に光る高級な金属製の腕時計が巻かれていた。

だが、その文字盤のガラスにはクモの巣のような深いヒビが入り、秒針はピタリと止まっている。


針が指し示している時間は——『午前8時15分』。


「……如月さん、その時計」

「え……?」

「その時計、止まってるよ。8時15分で。ガラスも割れてるし、落としたの?」


俺がそう指摘した瞬間、如月さんの顔からスッと血のの気が引いた。

彼女は自分の左腕にある時計を信じられないものを見るような目で見つめ、それからハッと息を呑んで腕を隠した。


「……やだ。なんで、持ち込めてるの……? ログの同期が、バグってる……?」

彼女はうわ言のようにブツブツと呟き、後ずさりした。

「持ち込む? ログ?」

俺が聞き返すと、彼女は怯えたように首を横に振った。


「違う、違うの……。これは、あの日……10年前の、あの日の……」


如月さんの口から出た『10年前』という言葉に、俺の脳の奥で、カチリと何かのスイッチが入ったような感覚がした。

耳鳴りがする。

視界が一瞬だけ、あの日の夕焼け空のように赤くノイズ走る。


――キキーッ!! ドンッ!!

――きゃあああああッ!!


突然、頭の中にけたたましいブレーキ音と、誰かの悲鳴、そして鉄がひしゃげるような凄まじい轟音がフラッシュバックした。

「うっ……!」

俺は頭を押さえてその場にうずくまった。強い吐き気と、体が宙に投げ出されるような浮遊感。


「瀬戸!? 大丈夫!? バイタルが……っ、嘘、こんなところでフラッシュバックが起きるなんて……!」

如月さんが慌てて俺の肩を抱きしめる。さっきまで俺を罵倒していた彼女の手は、とても温かく、そして必死だった。


「如月、さん……今、の……音は……?」

息も絶え絶えに尋ねる俺を見て、如月さんは唇を血が滲むほど強く噛み締めた。


「……お願いだから。早く、私たちのことを諦めて」

彼女は俺の耳元で、祈るように囁いた。

「この世界は、あんたの優しさを搾取するだけの地獄よ。だから、憎んで。私たちを心から憎悪して、こんな狂った箱庭から、一人で逃げ出して……!」


「……逃げる?」

「そう! 怒りのエネルギーで、このシステムから拒絶反応リジェクションを起こしてよ! じゃなきゃ、あんたは本当に……本当に……死んじゃうのよ!!」


彼女は俺の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

俺の頭上で、あの無機質な声が微かに響く。


『警告。対象者の深層記憶エリアへの不正アクセスを検知。時計オブジェクト・エラーを速やかに排除してください』


如月さんは俺を突き飛ばすようにして立ち上がると、涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いもせず、教室から走り去っていった。


床に広がる青いペンキ。破壊された星空のアーチ。

俺は荒い息を整えながら、暗い教室で一人立ち尽くした。


8時15分。10年前。残された私たち。死んでしまう。

バラバラのパズルのピースが、俺の頭の中で不気味な形を作り始めている。

彼女たちは、俺を『どこか』へ帰すために、自らの手を血で染めながら、この残酷な演劇を続けているのではないか?


「……俺は、一体『誰』なんだ?」


ペンキまみれの自分の手を見つめる。

この手が、誰の手なのか。この世界が何なのか。

確かなのは、時計の針が止まったままの彼女たちを救わなければ、俺の心は永遠にここから動けないということだけだった。

スクロール、ご視聴ありがとうございました!

次回も投稿します!

お楽しみに!

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