張り込み
又賀と天羽はある建物の影に隠れていた。
「天羽さん、ここが本当に松山さんの会社なんですか?」
「聞き込みした感じはそうだけど…。まぁ気長に待とう。」
ーーそれから6時間。
「もうお昼ですよ…。」
「探偵なんてそんなもんだよ。」
天羽は平気そうだったが、又賀からすると6時間立ちっぱなしはとても辛いことだった。
「これから昼ご飯食べに会社を出るかもだし、もうちょっと待っておこう。」
「始業時間に張り込んでいたのに出勤する姿を見なかったので、今日は会社に来ていないと思いますが…」
「夢を壊さないの。うーん。昼にいないなら夜勤とかなのかな…。」
「ここは工場系の会社なのでありえなくないですね。」
『プリミティブファクトリー株式会社』、主に製造、検品、梱包などをしている。
幅広い分野に手を伸ばしていて、近原屈指の大規模工場。
又賀と天羽は14時くらいまで張り込んでいたが、昼休憩の時間にも松山は出てこなかったので流石に事務所に戻った。
「うーん…いなかったね。」
「今日がたまたま休みだったんですかね。」
天羽はハンガーラックに自身のコートをかけた。
「一応、私だけでもっかい夜に行ってみるよ。」
「私は同行しなくても?」
「柊華ちゃんは未成年なんだよ。」
又賀は納得した様子で、また数時間も立ちっぱなしにならずに済むことに安堵した。
「じゃ19時くらいに起こして、朝まで張り込むから。」
「え!?本気ですか!?」
天羽は外に出る時の服のまま、毛布に包まってソファに倒れた。
「ちょっ、流石に着替えたら…ってもう無駄か。」
天羽は寝転がった瞬間に寝息を立てていた。
又賀は天羽が横たわる姿を見るのは初めてだった。
又賀が事務所に来てから、天羽はずっと自分の机でうつ伏せに寝ていた。
「まぁ、仕方ないか。前の依頼の書類、処理しとこ。」
又賀は机に向かった。
又賀には自分の机がないので、事務所真ん中にある背の低い机で作業した。
ブー、ブー、ブー
「ん?」
静寂に包まれた事務所にバイブレーションの音が響いた。
音の先には天羽のガラケーがあった。
「天羽さん、電話ですよ…。」
又賀は天羽の体を揺すろうとした時、電話の相手の名前を見た。
「桃花ちゃん…?」
どこかで聞いたことのある名前だ。
「んあ?あぁ、電話。ありがと、柊華ちゃん。」
「あ…は、はい。」
天羽はガラケーを拾って立ち上がった。
「はい、もしもし。どうしたの?」
天羽は電話をしながら事務所を出た。
「桃花…桃花…。あ、坂下桃花…昨日の封筒の人か。」
昨日投函された封筒の送り主、坂下桃花。
封筒も然り電話も然り、天羽とはどんな関係なのか。
「誰なんだろ。友達なのかな。てか、私天羽さんのこと何も知らないな…。」
天羽がガラケーをパチンと閉じながら事務所に戻ってきた。
「ふぅ…タイミング考えて欲しいよね。せっかく人が気持ちよく寝てたのに。」
「桃花さん…って昨日の封筒の人ですよね?そんな頻繁に連絡を取り合う仲なんですか?」
「昔の友人でね。たまに彼女の仕事の手伝いをしてるんだ。」
天羽は事務所の角にあるコーヒーミルでコーヒー豆を砕いていた。
「コーヒーなんて飲んじゃっていいんですか?まだ17時ですけど…。」
「なんか目が冴えちゃった。」
天羽はコーヒーを飲み干してのんびりした後、出る時間になったのでコートを羽織った。
「じゃ、帰るの遅くなるから。先にご飯食べてて。」
「わかりました。お気を付けて。」
天羽は事務所を出た。
19時、街の中の人間は夜行性の動物のように活発になっていた。
天羽はポッケに手を突っ込んで、鼻歌を口ずさみながら夜道を歩いた。
少し歩いた後、朝に又賀と張り込んだ場所に着いた。
「暗くてよく見えないな...。」
工場の入り口周辺には明かりが灯っていたが周りが暗くて見ずらかった。
天羽はあまりに見えないので入口に少し近づいた。
「こんばんは~。」
天羽は暗闇からいきなり聞こえた男の声にびっくりした。
「こんばんは。」
男は挨拶をし、すれ違ってそのまま工場に向かっていった。
「あの、すいません。」
「はい?」
天羽は男を呼び止めた。
振り向いた男の顔はどこかで見たことある顔だった。
「松山遥さんですか?」
「えっ!?あ、はい...そうですが...。」
天羽のすれ違った男はストーカーの被害者の可能性のある松山本人だった。
末岡からもらった顔写真より少し痩せて疲れた印象だったが、面影は確かに同じ人物だった。
「いきなりすいません。私、こういうもので...。」
天羽は又賀にも渡したことのある名刺を取り出した。
「あ、はい...。」
松山は名刺を受け取った。
礼儀正しい社会人の受け取り方だった。
「天羽...日向さん...。って、探偵ですか!?」
「よく驚かれます。話したいことがあるのですが...少し、お時間ありますでしょうか?」
「え!?僕にですか!?」
松山は目を見開いて夜の街に声を響かせた。
「い、今から出勤なので...今週末などでもいいですか?僕、名刺の住所の近くに住んでいるので...。」
「全然大丈夫ですよ。いきなりすいませんね。都合が合う時にお越しいただけたら。」
「わかりました...。では、これで...。」
天羽は松山と別れて工場を後にした。
「ただいま。」
「えっ!?早くないですか!?」
天羽は疲れ果ててソファに座り込んだ。
「松山さんに会えた。今日はちゃんと寝れるや。」
「そうなんですか?それはよかったです。」
「うん。今週末に事務所に来てくれるって。」
天羽は一息ついた。
「ふぅ...。銭湯行く?」
「また、いきなりですね...。どうしたんですか?」
「気分転換。嫌なら一人で行くけど...。」
「全然行きますけど。」




