提案
コンコンコン
事務所に扉のノック音が響いた。
「お邪魔します…。」
「いらっしゃい。ご足労ありがとうございます。松山さん。」
松山は少し戸惑いながら事務所の席に座った。
「私は名刺渡したけど一応自己紹介を。私が天羽で、あっちの子が助手の又賀ちゃん。」
又賀はどうもと言いながら松山にお茶を出した。
「で、僕に何のようなんですか?何かあったのですか?」
「聞きたいことがありまして…。いきなりですが…この写真、撮られた覚えはありますか?」
天羽は末岡にもらった10枚ほどの写真を見せた。
その写真には色々な角度から撮られた松山の顔が写っていた。
「これ…何ですか?あなたが…?」
「守秘義務がありまして…依頼人の名前は伏せてご説明させていただきます。」
天羽は末岡の名前は出さず、自称付き合っている女性がいること、その人がこの写真を撮っていたこと、その人が松山を探して欲しいと依頼してきたことを全て話した。
「え…?」
「驚く気持ちもわかります。」
「ちょっと状況が飲み込めなくて…。なぜ僕にこの話を?天羽さんは依頼を受けたんじゃないんですか?」
松山は驚きから興奮して前のめりになっていた。
天羽はコーヒーを含んで口を開いた。
「松山さんの事情次第で依頼は断ります。これが殺人事件とかになったら責任を負いかねますので。」
「殺人…事件…。なぜ僕が…。けどただのストーカーなんですよね?殺人なんて物騒な…。」
天羽は松山の手に指差した。
「指輪。婚約されているのですね。」
「は、はい。高卒で収入の安定してない僕に付いてきてくれる優しい人で…。」
松山は胸の前に結婚指輪を持ってきた。
天羽は、松山が名刺を受け取る時に指輪に気づいていた。
少し安っぽいが、ちゃんと愛情が込められたであろう婚約指輪。
「その指輪、ストーカーが見たらどう思いますかね?」
「え?」
「松山さん、引っ越しされたそうですね。それはいつ頃ですか?」
「え?えっと…彼女と婚約して…だから3ヶ月前ほどです…。」
天羽は一息置いた。
「では、ストーカーは3ヶ月以上前からあなたのことを想い続けています。」
「え!?」
松山は次々と提示される事象に驚いて、ついに席を立った。
「3ヶ月以上…いえ、高校生の時からでしょうか。長く好意を持っていた男が他の女性と結婚して、家も引っ越して逃げられたら…ストーカーはどう思うでしょうか?」
「え…あ、あぁ…。」
自分が好きになった女性と結婚しただけで殺されてしまうのではないかと、松山は恐怖で震えた。
「私は、罪人には相応の報いがあるべきだと思っています。一つ、提案なのですが…。」
「え…?あ…はい…。」
天羽はある提案を松山に話した。
「そんなことをして本当に大丈夫なのですか?」
「私は、この事務所を犯罪に利用しようとした依頼人に腹が立っているので。」
天羽の眉間には少し皺ができていた。
松山は暗い顔をしながら悩み込んで答えを出した。
「わかりました…。その案でお願いします…。」
「承知いたしました。では詳細は後に送ります。」
松山はありがとうございましたと言いながら、事務所を出た。
「本当にいいんですか?一応依頼主ですが。」
「いいのいいの。」
天羽はガラケーを持って事務所を出て、ある人に電話をかけた。
「もしもし。天羽探偵事務所の天羽です。」
「あ、天羽さん…!松山は見つかりましたか!?」
電話の相手はストーカーの容疑がある末岡綾だった。
「今、松山さんと接触しました。来週末、事務所にお呼びしたのでお越しいただけたら。」
「…松山は何と言っていましたか?」
末岡は自分のしていることが松山にバレることを心配している様子だった。
「末岡さんのことをそのまま話したら松山さんは事務所に来ていただけないだろうと思いまして…。少々小芝居を。」
「…天羽さんは気づいたのですか?私のしていることが…。」
「はい。しかし、ご安心ください。私は依頼を優先します。」
末岡は声を高くして感謝の意を示した。
「では、また来週末…。楽しみにしております。」
「はい!ありがとうございました!」
天羽はため息をつき、電話を切ってガラケーを閉じた。
天羽が戻った時、事務所の扉の前には又賀が立ち尽くしていた。
電話の内容を聞いていたのだろう。
「松山さんのこと…騙したんですか…!?」
「フッ…。」
天羽は悪どい笑みを浮かべた。
「何で…!?天羽さん!!」
「…。」
又賀は怒りから声を荒げた。
「柊華ちゃん。この事務所もカツカツでね…。仕方ないんだよ。」
「…!」
又賀は天羽にわざとぶつかって事務所から出た。




