罪人に報いを
ズズズズとコーヒーを啜る音が静かな事務所に響いた。
事務所の中には天羽だけがソファに座っていた。
いつもならいるはずの又賀の姿はなかった。
コン、コン、コン
事務所に末岡が入ってきた。
「いらっしゃい。」
「こ、こんにちは、天羽さん…!」
「まあまあ座って座って。後もうちょっとで松山さんがお越しすると思います。」
末岡は席に座った。
「末岡さん。松山さんに好意を持っているのですか?」
「も、もちろん。付き合っているので。」
「いいんですいいんです。そんな建前。私は事情を理解しております。」
末岡は安堵の顔を浮かべて口を開いた。
「もちろん大好きです。けど、卒業して、それから引っ越すなんて…。」
「松山さんが近原の会社員という情報が非常に役に立ちました。この情報はどこから?」
「知人から聞きました。噂程度だったのですが…。」
天羽は又賀がいないので自分でお茶を注いで差し出した。
末岡は完全に安心しきった顔だった。
「あ、あの顔写真。あれはどこから?」
「彼がまだ高校にいた時に盗撮しました。」
「なるほど。よく撮れていました。」
「ありがとうございます。」
末岡は綺麗な所作でお茶を飲んだ。
天羽が以前書いたメモの通り、高級な服を着飾っていて、今日は香水もつけていた。
「松山さんと会ったらどうするんですか?」
「どうしましょうか…会うことしか考えてなかったです…。」
「まぁ、何があっても私は依頼を優先しますから。」
「ふふ…この事務所に頼んで良かったです…!」
コンコンコン
ある人物が扉に手をかけた。
扉が開くと、そこには松山の姿があった。
松山を見た瞬間、末岡は立ち上がって扉に向かった。
「松山さん…!!私ずっと…え?」
松山の横にはある女性が立っていた。
お揃いの結婚指輪を指に付けて。
「え?どういうこと?え?なんで?誰なの?」
「僕に付き纏っていたのはあなただったんですか…末岡綾…!!」
「待ってよ…その女誰?ねぇ…松山さん…!!」
松山は手につけた指輪を見せつけた。
「僕はもうこの人と婚約している。僕に付き纏わないでくれ。これ以上何かするのならこちらもそれなりの対応をする。」
末岡はその場に蹲り、何かを呟き始めた。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんで…!!」
末岡は咄嗟に立ち上がってカバンから包丁を取り出した。
「えっ!?」
「うわぁぁぁあああああ!!!!」
末岡は叫びながら松山に斬り掛かった。
「柊華ちゃん!」
「ん!!」
事務所のロッカーから又賀が出てきて末岡の包丁を蹴り飛ばした。
「なんでなんでなんで!!!」
「ちょっと!!天羽さん!?凶器なんて聞いてないんですけど!?」
「まあまあ、取り押さえれたんだし。ナイスタイミング。」
華奢な体格の末岡は又賀の素人の護身術でも簡単に制圧できた。
「末岡綾さん。ストーカー規制違反容疑、殺人未遂で警察に通報します。柊華ちゃん、そのまま押さえといて。」
「なんで!?松山さん!?私の方があなたを幸せにできる!!そんなちんけな指輪なんかより私の方が高級なのを買える!!なんでそんな女なの!?」
松山の婚約者は末岡にとても怖がって震えていた。
松山はそんな婚約者の手を握り、彼女を安心させた。
「大丈夫だよ。」
松山の優しい声に、婚約者は少し落ち着きを取り戻した。
そして松山は末岡に向き直った。
「あなたの財力ではそれは容易いことでしょう。しかし、僕はどんなに金を積まれようとも、この先の苦難が強いられることになっても、"この指輪"を手放すことはないでしょう。この意味、お分かりですか?」
松山の声には少し怒りを感じた。
末岡は這いつくばりながら歯を噛み締め、松山を睨んだ。
まるで飢えた獣のような目で松山を睨んだ。
「天羽…!!私を…!!騙したんですね…!!」
「先に騙そうとしたのは誰ですか?」
末岡は返す言葉がない中、何か言い返そうと必死に口を開いていた。
まるで水から上げられた金魚のように、口をパクパクさせていた。
「私は依頼人だ!!なんで!?私はこんな奴らより事務所に利益を出せる!!」
天羽はしゃがんだまま無言で、末岡が持っていた包丁を拾い上げた。
そして、ゆっくりと末岡の目の前に突き出した。
刃先が末岡の顔のすぐ近くで止まる。
「ヒェッ…。」
「天羽さん!」
末岡から喉を絞った音が鳴った。
又賀は包丁を突き立てている天羽を呼び止めた。
天羽の目は冷たく、感情が読めなかった。
「私は利益とか、周りの信用度とか特に気にしない。ただ、罪人には相応の報いを受けてもらいたい。その一心です。」
天羽の声は静かだったが、その静けさがかえって恐ろしかった。
「あぅ…あぁう…。」
末岡は完全に気力を失い、ただ震えていた。
その後、末岡は恐怖からか、抵抗もせず警察に連行されて行った。
「天羽さん、本当にありがとうございました。」
松山と婚約者は天羽に頭を下げてお礼をした。
「いいんです、いいんです。お二人の夫婦円満を祈っております。」
天羽と又賀も頭を下げて、松山は事務所を出た。
「ふぅ…。一仕事終わったね。銭湯でも行く?」
「まだ私、謝ってもらってないんですけど。」
天羽は少し困ったような顔をした。
ーーこれは先週末の話。つまり、松山が最初に事務所に来た日のことだ。
「私は、罪人には相応の報いがあるべきだと思っています。一つ、提案なのですが…。」
「え…?あ…はい…。」
天羽はある提案を松山に話した。
「私は依頼主のストーカーの証拠を掴みたいと思っています。
私は依頼主に約束の時間より早い時間を提示します。
私がその間に証拠になる発言を吐き出させてみせます。
その後、松山さんが事務所に入っていただけたらさらにボロが出ると思います。
その間を録音し、警察に通報。
もし、危害を加えられそうになったらあちらのロッカーに隠れている助手に制圧させます。
これが私の提案です。」
松山はあからさまに悩んでいた。
「そんなことをして本当に大丈夫なのですか?」
「私は、この事務所を犯罪に利用しようとした依頼人に腹が立っているので。」
松山は黙っていた口を開いた。
「わかりました…。その案でお願いします…。」
「承知いたしました。」
そして天羽は事務所を出て末岡に電話をかけた。
その後、又賀は電話の内容が気になり、事務所の外に出て盗み聞きした。
「末岡さんのことをそのまま話したら松山さんは事務所に来ていただけないだろうと思いまして…。少々小芝居を…。
…はい。しかし、ご安心ください。私は依頼を優先します…。
…では、また来週末…。楽しみにしております。」
天羽はため息をつき、電話を切ってガラケーを閉じた。
又賀は顔に怒りを浮かべた。
又賀は戻ってきた天羽と目があった瞬間口を開いた。
「松山さんのこと…騙したんですか…!?」
「フッ…。」
天羽は悪どい笑みを浮かべていた。
「何で…!?天羽さん!!」
「…。」
又賀は怒りから声を荒げた。
「柊華ちゃん。この事務所もカツカツでね…。仕方ないんだよ。」
「…!」
又賀は天羽にわざとぶつかって事務所から出た。
又賀は早歩きで事務所から逃げた。
「本当にありえない!あんな無慈悲な人間だなんて!」
タッタッタッタッ
背後から何者かが走ってこっちに向かってくる音が聞こえた。
「しゅーうーかーちゃーん!!」
天羽が走って又賀を追いかけた。
「来ないでください!この犯罪者!」
又賀も走り出して天羽から逃げた。
「待って!一回待って!」
「喋りかけないでください!」
天羽の走り方はどんどん崩れていく一方だった。
「待って…!ほんとに待って…!これ以上は明日に響くから…!!」
「追ってこないで!!」
「待って…!ほんとに…!冗談…冗談だから…!私が利益を気にする人間に見える…?」
天羽は息を切らしていた。
張り込む時の忍耐力は長けているが、持久力はお粗末だった。
「…どういうことですか?」
又賀は立ち止まり、天羽は膝に手を置いて酸素を吸っていた。
「いや…本当にごめんって…。柊華ちゃんの勘違いなんだよ…。」
「じゃあ!さっきの松山さんを騙した云々はなんですか!?」
「あれは…末岡さんを油断させるために言ったんだ。でも、柊華ちゃんがそれを聞いて勘違いしちゃったぽくて…面白いからちょっと非情な探偵を演じたんだよ…。」
天羽の息はずっと荒いままだった。
「けど…さっきの電話の内容は?」
「あれは…末岡さんを事務所に誘き出す兼…私が末岡さんに協力するつもりって騙すための電話…。それを柊華ちゃんが…勘違いしちゃって…。」
又賀の声から怒りの棘は消えたが、顔はまだ怒ったままだった。
「…。」
又賀は事務所に向かって全力で走り出した。
「あ…待って…。きつい…。」
天羽はよろよろになりながら又賀について行った。
「本当にごめんね…。悪ふざけが過ぎちゃった。」
「…今日はコーヒー牛乳奢ってもらいますからね。」
2人は事務所の横にある安粋銭湯に向かった。
第一章を完読していただき、誠にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
私自身、まだ小説の執筆には慣れておらず、拙い文章や誤字脱字などがあったかもしれません。
それでも最後まで読んでくださった皆様に、心より感謝申し上げます。
第二章の投稿は、一週間ほどお時間をいただいてからを予定しております。
これからも『夜逃げ道』をよろしくお願いいたします。
嬉しい




