過ち
雪の降る夜の街。
クリスマスイブ、世界は活気に溢れていた。
街はイルミネーションで彩られ、カップルたちが幸せそうに歩いている。
子供たちはサンタクロースを待ちわびている。
しかし、天羽の周りには、その活気を壊すサイレンが響いていた。
パトカーのサイレンに、救急車のサイレン。
天羽は、空を見上げた。
雪が、静かに降り注いでいた。
降りてきた雪は天羽の顔に止まり、人肌で溶けて水となった。
ねぇ、鈴。私、どこで間違えたのかな。
「お姉ちゃん!これ見て!」
「ん?何これ作文?」
「そう!将来の夢!私もお姉ちゃんみたいになりたいって書いたの!」
天羽は、作文を読んだ。
『私の将来の夢は、お姉ちゃんみたいな刑事になることです。
お姉ちゃんは、毎日遅くまで働いて、悪い人を捕まえています。
私も、お姉ちゃんみたいに、かっこいい刑事になりたいです。
そして、お姉ちゃんと一緒に事件を解決したいです。』
天羽は、少し複雑な気持ちになった。
「ほんとに?けど、あんまおすすめしないよ。めっちゃ忙しいし、怖いよ?」
「いいの!」
健気な顔で夢を語る天羽鈴からもらった作文用紙、天羽はそれを受け取った。
「私!絶対お姉ちゃんみたいになって、一緒に事件解決するんだ!!」
「…フフッ、楽しみにしてるよ。鈴。」
鈴は嬉しそうに笑った。
天羽はその笑顔を見て、少し安心した。
鈴には刑事なんかにならなくても、幸せになってほしい。
でも、鈴の夢を否定することはできなかった。
「もう夜も遅いから、寝な。」
「うん!おやすみ、お姉ちゃん!」
鈴は自分の部屋に戻っていった。
天羽は鈴の作文を見つめた。
そして天羽は仏壇の前に座った。
遺影にはある男と女の写真があった。
「父さん、母さん。鈴が刑事になりたいんだってさ。私のことは自分でなんとかするからさ。どうか…鈴だけぐらいは見守ってあげてよ…。」
天羽は線香を上げ、礼をして眠りについた。
「お姉ちゃん!いってらっしゃい!」
「はいはい、行ってきます。今日は遅いから先に寝ててね。あ、学校行く時鍵忘れないでよ。」
「うん!わかった!」
天羽は動きやすい平服を着て、職場に向かった。
「おはようございます。」
「あ、天羽さん…おはようございます…。」
職場の同僚に挨拶して自分の席についた。
天羽は一応挨拶はするが、それ以上は話す事はない。
協力を求めることもない。
天羽は、職場で孤立していた。
天羽の机の周りには、誰も近づかない。
まるで、天羽の周りに見えない壁があるかのように。
「天羽さんって、いつも一人だよね。」
「仕方ないよ。あの人、人に頼らないし。」
「でも、結果は出してるからな。」
「それはそうだけど…。」
同僚たちの小声が、天羽の耳に届いた。
でも、天羽は気にしなかった。
人に頼るより自分でやる方が早い。
天羽はその考えの元、仕事をこなしていた。
「天羽!ちょっと来い!」
「…はぁ、わかりました。」
天羽が向かった先には少し髪の薄い捜査一課長、『笠原慎吾』が椅子に座っていた。
笠原は、60代後半の男性で、いつも不機嫌そうな顔をしている、部下の扱いが雑な人間だった。
「なんでしょうか。」
「今日からの新人が入ってくる。お前が教育しろ。」
「私…?急に言われても…。」
「文句言うな!」
笠原は机を叩いた。
「わかりました…。」
天羽は口ではわかりました、と言いながらも頭の中は不満だらけだった。
人に頼らずに自分でやる方がいいと考える天羽にとって、新人教育なんてとてもやりたくないことだった。
朝礼の時間になり、他の刑事が列を組んで、その前に笠原が立った。
「今日から捜査一課に配属された新人だ。入れ。」
「はい!」
元気な声とともに、扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、20代後半くらいの女性だった。
ショートカットの髪型で、目がキラキラしている。
スーツを着ているが、どこか初々しい雰囲気だった。
「本日から捜査一課に配属されました!捜査三課から来た、坂下桃花と申します!よろしくお願いします!」
坂下は入ってきた時のような勢いで頭を下げた。
周りの刑事は拍手で歓迎したが、天羽は興味なさそうに見ていた。
「おい、天羽!」
「はい。」
「坂下、こいつがお前の教育係だ。わからないことがあったらこいつに聞け。」
天羽はあくびを噛み殺しながら一歩前に出た。
そんな天羽を見て周りの刑事はひそひそと天羽の態度を指摘していた。
「天羽さん!よろしくお願いします!」
「お願いします…。」
天羽は一応握手したが、頭の中は笠原への罵詈雑言でいっぱいだった。
朝礼が終わり、天羽は坂下と行動を共にすることになった。
そして各刑事ごとに笠原から指示が出された。
「天羽さん!私は何をすれば!?」
「ちょっと待って…今日は…はぁ?こんな時間まで張り込み?しかも、この人は犯行難しいって報告書出したのに…。」
「張り込みですか?私、まだこの事件のこと聞いてないんですけど…。」
「はぁ!?あのハg……はぁ…。めんどくさいの全部押し付けてきやがって…。」
天羽の眉はどんどん中央に寄っていった。
「…はぁ、とりあえず車の場所教えるから。事件の詳細は移動中に教える。」
「わかりました!」
「あと、刑事の服はそんな正装だと逆に目立つし、いざって時に動きにくい。明日からでもいいから着替えといて。」
「なるほど…!了解です!」
天羽は張り込みに行くことを笠原を睨みながら伝え、車の鍵を取った。
「私、捜査一課の刑事になることが夢だったんですよ!」
車の場所まで行く間の静寂の中、いきなり坂下が口を開いた。
元気な声で刑事になりたいという夢を語る鈴の姿に少し似ていた。
「へぇ、まぁやっていくうちに理想と現実の乖離に気づくさ。そう言う職場に憧れを持ってた人間からいなくなっていくんだよね。」
「現実がそんなんでも、私の小さい頃からの夢なので…!逃げたりする気はそうそうありません!」
「その姿勢がいつまで続くかな。」
二人は駐車場まで着き、鍵を開けた。
「まだ入らない方がいいよ。煙草臭いから。」
「大丈夫です!お父さんも煙草吸ってたんで!」
車の扉を開けると煙草や灰の匂いが立ち上ってきた。
「んぐッ…!」
思った数倍強烈な匂いに坂下は思わず鼻を抑えた。
天羽はすぐに車の窓を開け、換気をした。
「いっつも車内は私一人だから…。匂い残ってたらごめん。」
「…んぅ、大丈夫…です…!」
坂下は無理して笑顔を作った。
天羽は少しだけ申し訳なく思った。
二人は車に乗り込み、張り込む場所に向かった。
天羽は運転席に、坂下は助手席に座った。
「大体の刑事は複数人で行動するらしいですけど、なんで天羽さんは一人何ですか?」
「笠原に直談判したから。前までは一応相方がいたんだけど、足しか引っ張らないし、外してもらった。」
「そんな融通きくんですね。」
「あいつ…笠原は結果を出せばいいと思ってるんじゃない?私的にはその考え方はありがたいけど。てか、そんなことより、事件について…。」
天羽は事件の一連、容疑者などを坂下に話した。
「なるほど…!なら、今から見張る人は犯人の可能性があまりない気がしますが…。」
「そう。だから今からやる張り込みはとんだ無駄足、するだけ無駄なの。」
天羽はハンドルを握ったまま、ため息をついた。
「張り込みとかは普段、結果の振るわない奴にやらせるはずなのに…。なんで私が…。」
「天羽さんは結果出してるんですね。」
「他の人よりかはね。あと、教育係も普通は、経験の多い年寄りとかにやらせるはず…。私みたいな入ってまだ二年くらいしか経ってない奴になんで教育係なんか…。あいつは何を考えてるんだ…。」
「ごめんなさい。できるだけ足を引っ張らないように頑張ります!」
普通の人から見ると、天羽はとても嫌な先輩だが、坂下は不満を吐露することもなく、天羽に従順だった。
「話は変わりますが、天羽さんはなんで刑事に…?」
「私が持ってる力で一番稼げると思ったから。」
「やっぱ捜査一課って収入いいですよね…!なんに使うんですか?趣味とかですか?」
「別に、家族に不自由な生活させたくないから。」
「家族ですか…!いいですね!家族のために頑張る天羽さんかっこいいです!」
坂下の発言はお世辞でもない、心から出た言葉と思えた。
「私なんて映画とか、ドラマで憧れたから、が理由ですからね!私もそんなかっこいい理由で職についてみたいな…!」
「へぇ…そう言う理由って大体叶わなかったり、途中でやめたりが多いけど、坂下さんはすごいね。」
「ありがとうございます!あと、私のことは呼び捨てでいいですよ!」
普段は怖がられたり、嫌がられてほとんど喋りかけられない天羽にとって、坂下は異質だった。
「着きましたか?」
「うん、ここからちょっと歩いて位置につこう。」
「わかりました!」




