隠れた星
天羽は坂下が帰った後の後片付けをしていた。
「坂下さん…いい人でしたね。」
「でしょ。私も桃花ちゃんに助けられたな…。」
又賀は片付けを手伝いながら天羽の過去について考えていた。
「…柊華ちゃんさ。」
「…あ、はい!?なんですか?」
「私に何か言いたいことある?」
天羽は又賀の目を見ないまま話しかけた。
又賀は心臓が跳ねた感覚がした。
初めて天羽と会った頃に、嘘を見破られた時のように。
「私が遊びから帰った時からかな、柊華ちゃんなんか変な気がするよ。」
「いえ…特に…。」
「柊華ちゃんさ、なんで桃花ちゃんの仕事をあんな気にしてたの?」
「いや…気になって…。」
天羽は又賀に目を向けた。
「桃花ちゃんが自分の仕事言った時、柊華ちゃんは驚きもせず、何か考えてたよね?何考えてたの?決して、攻めてるわけじゃないんだ。」
「…天羽さんの…記事を見つけたんです。」
「…はぁ…やっぱか。」
天羽はため息をついた。
天羽の目つきはいつもより鋭く感じた。
「あの事件でしょ。大々的に放送されちゃったからな…。やっぱ私が元捜査一課なのも知ってたのかな?」
「天羽さん…私はあなたが人を殺すとは思えないんです!けど、色んなサイトの記事は口を揃えて、殺人犯の天羽日向だの、警察の共謀だの言ってて…。決して天羽さんを疑ってるわけではなんです!ただ、少し心配になって…。」
「…少し、時間いいかな。」
「え?」
天羽は足早に事務所を出た。
「天羽さん!?」
又賀は追いかけようとしたが、ドアノブに触れる前に手が止まった。
事務所を出る時の天羽の後ろ姿。
あれは追いかけてはいけない後ろ姿だった。
天羽は明らかに負の感情を抱えていた。
「私…余計なこと言っちゃったのかな…。」
又賀は自分を責めた。
天羽さんはあの記事のことを思い出したくなかったのかもしれない。
「天羽さんが帰ってきてから…にしよう。」
又賀は不安で胸が苦しかった。
天羽は階段の上がり、屋上に出た。
冷たい夜風が天羽の頬を撫でた。
「はぁぁ…。やっぱ隠しきれないよな…。」
天羽は屋上の手すりにもたれかかり、俯いていた。
「…煙草…吸いたいな…。」
天羽は上を向いて、夜空を見上げた。
夜空に浮かぶ星々は、人工物の光によって隠れてしまっていた。
天羽は以前、このように天を見上げたことがあった。
空を見上げるとこちらに向かって雪が降ってきて、顔の上に雪が落ちた。
降り注ぐ雪とは対照的に、天羽の下から鉄のような匂いが立ち上ってくる。
天羽の下には『天羽鈴』の遺体。
天羽は自分の両手のひらを見た。
それを見て、天羽の頭の中に、血だらけになった自分の両手がフラッシュバックした。
その手のひらの奥には血だらけで遺体となった天羽鈴の姿があった。
「ちゃんと言わなきゃだよな…柊華ちゃんなんて思うかな…。失望されちゃうかな…。」
天羽はその場にしゃがみ込んだ。
息は荒くなって、瞳はいつもより潤っていた。
「ねぇ、鈴。私、どこで間違えたのかな。」
天羽鈴の生気の詰まっていない目、事件後に事務所に入った時の周りの刑事の冷たい目。
天羽の頭の中にこびりついていた。
数分経って天羽は事務所に戻った。
「…!天羽さん…!」
「ごめんね、柊華ちゃん。突然飛び出しちゃって。」
又賀は、天羽の顔を見て息を呑んだ。
天羽の目は、少し赤かった。
泣いていたのだろうか。
天羽の喋り方はいつもと同じなのに、何か違う気がした。
声のトーンが少し低い。
いつもの軽やかさがない。
まるで、何かを押し殺しているような。
「…一つ、言っておくよ。」
「…はい。」
「私は…多分、人を殺せる。」
「は…?それってどう言う…?」
又賀の心臓が激しく鳴った。
天羽は目を合わせることなく背を向けて話を続けた。
「柊華ちゃんが、私が人を殺すわけないって言ってたから、訂正。」
「何言ってるんですか…?冗談はやめてください…!」
又賀の声は震えていた。
「柊華ちゃんって何か生きることの支えってある?」
「はい?」
天羽は窓の外を見たままだった。
天羽の声はどんどん低くなっていった。
又賀は天羽の背中を見つめた。
いつもは頼もしい背中が、今はとても小さく見えた。
「その生きる支えを無くした時、人間はどうなるか。生きる希望を無くし、自ら命を絶つか。誰かと不幸を分かち合い。天寿を全うするか。もしくは…」
又賀は天羽の話をさえぎって口を開いた。
「天羽さん!変な話はやめてくださいよ!人を殺せるってどう言うことですか!?天羽鈴さんに何があったんですか!?」
「…。」
「天羽さん!!」
又賀は天羽の肩を掴んだ。
天羽はゆっくりと振り返った。
天羽の目は、又賀が今まで見たことのない目だった。
冷たく、暗く、絶望に満ちた目。
天羽は口を開いた。
「私のせいで鈴は死んだ。」




