証人
「たーだいま。」
天羽が事務所に入ってきた。
「お、お疲れ様です。天羽さん…。」
「?」
天羽は又賀に少し違和感を覚えたが、気に留めなかった。
天羽はソファに座って息をついた。
「ふぅ…。あ、あのね、柊華ちゃんに紹介したい子がいるんだ。」
「紹介したい人…ですか?」
又賀は殺人容疑のことを未だにどう切り出すか悩んでいた。
今、ここで聞くべきなのか。
それとも、天羽から言うまで待つべきなのか。
「坂下桃花ちゃんっての、私の昔の友達でね。今日会った時に事務所に来てみたいって言われたから、ついでに柊華ちゃんに紹介しよっかなって。」
「…坂下。」
坂下桃花、天羽と頻繁に連絡を取り合い、少し前に封筒に包まれた何かを送ってきた人物。
そして昔の友達。
又賀が最初に聞いた時は聞き流したが、昔からの友人なら天羽の殺人容疑のことも聞けるんじゃないかと思った。
「んで、その子明日来るから。予定空いてるでしょ?」
「はい…って明日!?仕事はどうするんですか?」
「向こうがなかなか休み取れない中、連休取れたらしいからついでに私も休もっかなって。急ぎの依頼はないし。」
そんなんで良いんですか、と又賀は言いながら明日のことを考えた。
坂下に天羽のことを聞いたら何かわかるかもしれない。
「…わかりました。」
「よし、決まり。」
天羽は慣れた手つきでコーヒーを淹れた。
事務所にはコーヒーの芳醇な香りが充満した。
「天羽さん本当コーヒー好きですよね。」
「疲れたりした時にコーヒーで発散してたらハマっちゃってね。」
天羽はコーヒーに口をつけた。
「普通、酒や煙草などに行きそうですけどね。コーヒーで発散って珍しいですね。」
「お酒弱いんだ。煙草は…昔は吸ってたんだけどね。」
「煙草やってたんですか!?意外ですね…。」
「けど、家族からやめろって言われてね。それでやめてからコーヒーに依存しだしたんだ。」
家族から、この言葉が又賀の頭に残った。
家族とは、天羽が殺したかもしれない妹のことなのか。
「明日も休みだし、ちょっと夜更かしでもしようかなー。」
「大丈夫なんですか?」
「ちょっとの夜更かしより、徹夜張り込みの方が格段に体調に悪いから平気。」
又賀は確かに、と思った。
「こんな日のために貯めておいた映画がたくさんあるんだ。柊華ちゃんも見る?」
「もしかしてミステリー系ですか?」
又賀は目を輝かせたが、天羽は少し残念そうな顔をしていた。
「ごめんね、映画を見る時くらい仕事のこと忘れたいから、ホラー映画とかしかないや。」
又賀の顔が一気に曇った。
「寝ます。」
「えー。柊華ちゃんも一緒に見ない?」
又賀はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
「あ、もしかしてホラー苦手?」
「…。」
「なら仕方ないか。私は助手と一緒に映画見たかったのにな…。」
天羽はとても悲しそうな顔をしていた。
「…一回だけなら…。」
「ほんと!?んじゃ見よ見よ。」
「待ってください、先に風呂入ってください!」
天羽はニコニコしながら風呂に向かった。
「きゃぁぁあああ!!」
映画の中で女性の悲鳴が響いた。
「ひぃぃぃ…。」
又賀は毛布に包まって震えていた。
天羽は隣で楽しそうに映画を見ている。
「天羽さん…怖くないんですか…?」
「まあまあかな。この脚本家、毎回おんなじ展開だね…。多分主人公最後に死ぬよ。」
「なんでそんなに分析してんですか…!」
又賀は目を閉じたが、音だけでも怖かった。
その後、映画を観終えた天羽は満足げに、ぐっすり眠った。
映画の最後にはちゃんと主人公が死に、もやもやが残るエンドとなっていた。
「…見るんじゃなかった…。」
又賀は毛布に包まって震えていた。
気づけば朝日が昇り、いつも起きる時間になっていた。
「天羽さん…起きてください…。」
「ん…おはよ。ふぁぁ…。」
天羽は体を起こすと又賀と目が合った。
「どうしたの柊華ちゃん?そんな徹夜明けみたいな顔して。」
「徹夜明けなんです。」
又賀の目の下にはクマができ、肌は少し青白かった。
「あぁ…ごめんね。なんか。」
「見るって言ったのは私なので…。」
二人は朝食を取り、又賀は食後に少し睡眠を取った。
睡眠不足が溜まっていたのでぐっすり眠れた。
「柊華ちゃん、起きて。もうすぐ桃花ちゃん来るってさ。」
「…んぅ。あ、わかりました。ちょっと顔洗ってきます。」
数分後、事務所の扉がコンコンと叩かれた。
「入って良いよー。」
「おっ邪魔します!」
扉を蹴り飛ばすような勢いで、元気よく事務所に入ってきたのは天羽の旧友、坂下桃花だった。
「こ、こんにちは。」
「こんにちは!あなたが又賀さん?私は『坂下桃花』って言います!よろしくね!」
坂下は又賀の手を掴んで握手をした。
又賀はこんなにぐいぐい来るタイプの人間とは関わったことがなかったので新鮮だった。
少し戸惑いながらも、悪い気はしなかった。
「よろしくお願いします。」
「ひな先輩、こんな可愛い子が助手になってくれたんですか?羨ましいなぁ〜…。」
「いいでしょ。なんと、可愛いだけじゃなく、意外と優秀なんだよね。」
人を物みたいに、と又賀は少し不満に思った。
「てか、坂下さんから見て天羽さんって先輩なんですね。昔の友達と言うので、てっきり同級生かと。」
「ひな先輩は職場の先輩だったんだ〜。ま、年齢は私の方が上なんだけど〜…。」
「桃花ちゃん。」
天羽は坂下を睨んでいた。
坂下はあ、と言いながら自分の口を押さえた。
「職場…。坂下さんは今何をされてるんですか?」
「いや〜…えっとぉ…。」
「まぁ立ち話もなんだし、座りなよ。」
天羽に話を逸らされた気がしたが、確かに立ち話もなんなのでみんな席に着いた。
「あ、これお土産です!」
坂下が紙袋に入ったお土産を取り出した。
「お、ありがと。」
「ありがとうございます。」
「お邪魔させてもらってるので!個人事務所ってかっこいいですね!うちのとは大違い…。」
「…。」
さっきから坂下が職場に関係ある話をすると天羽が少し不機嫌になっているような感じがした。
「坂下さん、休日を取るのが難しい仕事と聞いたんですが、今何されてるんですか?」
「うーん…。」
坂下は天羽に目をやった。
天羽は少しため息をついて、顔をしかめたまま頷いた。
「今は…捜査一課で…刑事やってて…。」
「捜査一課の刑事…。」
又賀は昨日読んだ記事を思い出した。
捜査一課の刑事、天羽日向が妹を殺害。
警察と隠蔽を共謀。
「信じてなさそうだね…。」
「いえ、ちょっとびっくりしすぎて…。」
「…。」
又賀は考え事をして少しぼーっとしていた。
天羽は又賀の顔を少し覗いた。
「…ということは、天羽さんも…刑事だったんですか?」
「…そう言うことになりますね…。」
「ごめんね、柊華ちゃん。隠してるつもりはなかったんだけど、話すタイミングもなかったんだ。」
「いえ全然…。すごいですね…捜査一課の刑事だなんて。」
天羽が捜査一課の刑事、記事の内容が奇しくも一致してしまった。
「…天羽さんはなんで刑事辞めちゃったんですか?」
「…うーん。疲れちゃったからかな。」
天羽の声は、少し寂しそうに聞こえた。
又賀は直感的に理由はそれだけではないと思った。
「ひな先輩、他の刑事より優秀だったから引っ張りだこだったんですよ!それで疲れちゃったみたいで…。先輩がいなくなってからはすっごく大変なんです。」
「ごめんって。」
「忙しいのは楽しいので大丈夫ですよ!」
「変わってるね。」
忙しいのが楽しい、多忙な刑事にぴったりの性格だ。
「あ、お茶出すの忘れてた。コーヒーでいい?」
「お砂糖はありますか!?」
「あいあい。」
天羽が部屋の角にあるコーヒーを淹れるためのスペースに向かった。
「ひな先輩…元気そうで良かったです。」
「私が会った時からあんな感じでしたが…昔はあんな感じじゃなかったんですか?」
「ちょっとね…。捜査一課でも少し浮いててね。優秀だから周りに頼ることなく、一人で全部こなしていって、周りの人と喋る機会が少なかったんだと思う。」
又賀は天羽のことを人当たりの良い人間だと思っていたが、昔はそうでもなかったらしい。
坂下は少し言葉を濁した。
「それに…色々あって…。」
「色々?」
「あ、いや、何でもない!」
又賀は色々あって、という言葉が気になった。
「あ、又賀ちゃん!連絡先交換しよ!」
「え?私ですか?いいですけど…。」
「ひな先輩ガラケーしか持ってないから、ちょっと使い勝手悪くてね。」
又賀は、数ヶ月使っていなかった連絡アプリに坂下を登録した。
「私の可愛い助手を盗もうとしないの。」
「そんなことないですよ!」
天羽は砂糖を入れたコーヒーとちゃっかり自分のコーヒーを用意した。
「又賀ちゃんはいらないの?」
「コーヒーちょっと苦手で…。」
「コーヒー飲めないと徹夜の張り込みの時不便なんだけどね。」
「徹夜で張り込み!?ひな先輩刑事やめてもまだそんなことしてるんですか!?」
「もう体が慣れてきたから、体調面の心配ないよ。たまに頭痛がするだけ。」
数時間、他愛のない話で盛り上がった。
「あ!もうこんな時間…!明日も仕事なのでここら辺で…。」
「わかった。じゃあね。仕事頑張って。」
「楽しかったです。」
「また遊びに来ます!ありがとうございました!」
坂下は頭を下げて事務所を出た。




