過去の被害者
「ぎゃははは!!おい又賀!!しっかり飲めよ!!」
「ごぼっ...やめ...。」
又賀は複数人の女子に囲まれて洋式便所に顔を突っ込まされて押さえつけられていた。
又賀の鼻の中には漂白剤の塩素の匂いが鼻を刺し、トイレの水が入り込んできて呼吸ができなかった。
顔についている水分は自分の涙か、鼻水か、トイレの水かわからなくなっていた。
後頭部を踏みつけられ、顔を上げることもできない。
体力がみるみる奪われ、抵抗する力も失われていった。
「ちょっと柳岡!!又賀殺すなよー!きゃははは!!」
「やえ...て...。」
柳岡は又賀をいじめていた主犯格の名前。
そして、又賀が犯人と疑われた殺人事件の被害者。
又賀の視界はゆっくりと暗闇に包まれていき、意識はゆっくりと遠のいていった。
「...ッは!!」
心臓が激しくなっている。
汗が額を伝う。
手が震えている。
又賀は息を切らしながら体を起こした。
又賀は周りを見渡した。
そこは、いつもの事務所の中だった。
少し遠くには机の上でうつ伏せのまま寝ている天羽の姿があった。
「夢...か...。嫌な夢見ちゃったな...。」
又賀は自分の額に手をやると、汗が染みていて、まだ息は少し切れていた。
又賀は顔を洗って髪をまとめた。
天羽用のコーヒーを淹れ、二人分の朝食を作った。
「天羽さん、朝ですよ。起きてください。」
「ん...。おはよ、柊華ちゃん…。」
二人は事務所の席に座って朝食を取った。
佐藤環奈の誘拐事件から数ヶ月。
年を越し、冬を越え、又賀は随分と事務所に慣れていった。
「今日は定休日だからちょっと昔の友達と会ってくるね。」
「わかりました。いつくらいに帰りますか?」
「…わかんないかな。帰る時連絡するよ。」
天羽は朝食を食べ切り、事務所を出た。
「今日は〜…やることないな。」
又賀はソファに座り込み、自分の収入で買ったノートパソコンを開いた。
鼻歌を歌いながら又賀は色々な記事を読んでいた。
最近、又賀はストーカー事件や、人がいなくなった事件など、今後の探偵業に役立つかもしれない記事を読み漁っていた。
又賀の目には一つの少年の行方不明事件の記事が目に留まった。
「あ、この事件…見たことある…見つかったんだ。ん…?けど、確かこの子、警察の捜索で見つからなかったから諦められちゃったんじゃなかったっけ…。なんか問題になってた気が…。」
又賀はこの記事が気になり、詳しい内容を調べてみた。
「私が中学生の頃か…。もうそんなに前なんだ。」
[◯◯に住む7歳の少年が親が少し目を離した瞬間にいなくなってしまった事件。
両親の供述によると、〇〇オートキャンプ場内でのウォークラリーイベントの際、山道に差し掛かったところで木々に遮られ、10秒ほど目が離れた時に少年がいなくなってしまった。
すぐさま警察の捜索が行われたが、雨などの悪条件が重なり、周辺から少年を見つけられなかった。
数週間の捜索も実を結ばず、捜索は打ち切り。
少年の発見は夢のまた夢かと思われた。]
「そうだったよね。この事件リアルタイムで見てたな…。けどなんで捜索が打ち切られてから見つかったんだろ?」
[ここからはニュースになってない、私が取材した内容である。
この家族は諦めきれず、近原市内のとある探偵に依頼をしたとのこと。]
「え…?近原市内の探偵…?えっ、これ天羽さん…?近原で他に探偵してる人っているのかな…?」
[数日後、その探偵がとある民家の倉庫から少年を見つけた。
その民家の住民を、未成年者略取・誘拐の疑いで逮捕。
次の日、容疑者は自供した。]
「これ…やっぱ天羽さん…?すごいな…警察が大掛かりに数週間探して見つからなかった子をたった数日で…。」
[この事件は警察の捜索が不十分だったと思える。
私の調べによると、近原市内のその探偵は、ただの探偵にすぎないようだった。
そんな者が数日で見つけた少年を警察は見つけられなかった。
警察にはカバンや靴など証拠品が多数あったのに、その証拠を目にしていない探偵ごときに解決されてしまった。
警察にとってこの事件はとても信用を失う出来事だっただろう。]
「ただのしがない探偵って…まぁ天羽さんなら勘違いされそうだけど…。けどあんまり良い気になれない書き方の記事だな…。」
又賀は天羽が他に記事に出てないか気になり、『天羽探偵事務所』で検索してみた。
「うーん…出てくるのは事務所の位置だけか…。」
又賀は続けて『近原市内 探偵事務所 解決』で調べてみた。
「えーと…めぼしいのはさっきの記事だけか…。」
又賀は天羽の功績が気になり、続けて『天羽 近原 事件』で検索した。
「…ん?」
又賀の目にとある記事が目に留まった。
[警察による闇の深い殺人事件。殺人犯、天羽日向
2022年12月24日、当時小学生の少女、『天羽鈴』(11)が遺体で発見された。
司法解剖の結果によると、刃物で腹部を刺されたことによる大量出血の失血死と発表された。
容疑者は被害者の姉に当たる『天羽日向』(24)だったが、なぜか不起訴となった。警察の闇が垣間見えるおぞましい事件である。]
「はえ?え?何これ?え?天羽さんが…?え?」
又賀の手が震えた。
又賀はジャーナリストの書いた記事のリンクをクリックし、詳細を確認した。
[2022年12月24日。当時はクリスマスイブで世界中は祝祭ムードに包まれていた。
そんなめでたい日の夜、ある少女が殺害された。
『天羽鈴』当時11歳の小学生が近原の夜道で遺体で発見された。
容疑者は少女の姉にあたる捜査一課の刑事、『天羽日向』。
容疑者は少女の遺体の横に立ち尽くしていて、両手は血だらけだったとのこと。]
「3年前…うそ…これ本当の話なの…?天羽さんが人を…。」
又賀の頭の中には様々な仮説が湧いたが、他に何か書いてあるかもしれないから記事を読み進めた。
[一度逮捕された天羽日向は証拠不十分により不起訴。
遺体の横で血だらけに立っている女性がいるのに証拠がないと言い張って不起訴。
この判断は明らかに不当である。
この邪な結果は確実に、捜査一課の刑事であることが関係している。
クリスマスイブというめでたい日に警察が殺人に加担した。
私たちは殺人犯、天羽日向と警察の共謀を忘れてはいけない。]
「…嘘だよね…?てか!殺人に目が行き過ぎてたけど捜査一課の刑事!?天羽さんが!?けど、そう言われると…。」
天羽の洞察力、忍耐力、そして真実まで突き進む力。
これらを考えると、元捜査一課と言われても違和感はない。
むしろ又賀は以前から、天羽はとても優秀で探偵で収まる人間じゃないと考えていた。
「3年前…クリスマス…あ。前、安粋銭湯でおばちゃんが言ってた…あの時の時期が重なる…。」
又賀は佐藤の事件の際、考えが行き詰まって、リフレッシュしたいがために訪れた安粋銭湯でおばちゃんから聞いた話を思い出した。
天羽はただならぬ様子で銭湯を訪れ、会話に応じず、そそくさと帰っていった。
そして、昔の天羽は周囲に壁を作るような人間だったが、この日以来、自分の職を明かし、社交的になったという。
「確か…三年前の12月27日って言ってたかな…。この事件があった後だ…。け、けど!あの天羽さんが殺人…??しかも妹を…??」
又賀は他のサイトも検索してみた。
しかし、同じような記事がいくつも出てきた。
どれも、天羽日向が妹を殺したと断言している。
「…これって本当なの?けど、証拠不十分で不起訴なら無実の可能性も…。」
又賀は混乱していた。
天羽を信じたい。
でも、全ての記事の内容は具体的で一貫性があり、嘘とは思えない。
その時、又賀のスマホに通知が来た。
天羽からのメッセージだった。
『予定が思ったより早く終わったから帰る。30分後くらいかな。』
「30分…。」
又賀は、天羽にどう聞けばいいのか考えた。
「天羽さん、妹さんを殺したんですか?…って、いやいや、そんなん聞けるわけない。」
天羽が人を殺すわけない。
あんなに優しくて、正義感が強い天羽さんが。
妹を殺すなんて、ありえない。
又賀はそう思いたかった。
しかし、頭の中には、あの時の天羽の冷たい目が浮かんだ。
末岡を取り押さえた時、包丁を突きつけた時の、感情のない目。
一人の人間を見ているとは思えない、ゴミでも見るような目。
「もしかして…。」
又賀は首を振った。
「…いや、違う。天羽さんは正義の人だ。」
でも、知りたい、真実を。
天羽の過去を。
又賀は、ノートパソコンを閉じた。




