浮かび上がる犯人像
井原沙織の朝は早い。
家から駅まで行って、近原駅まで行き、そこから自転車で約20分。
そんな長い道のりをわざわざ通っても、楽しいことは何もない。
環奈がいなくなってから。
いつの間にか、教室には江尻先生が入ってきて、電子機械の授業が始まった。
「今日はモーターの仕組みについて…。」
前で江尻先生が何か喋っても、頭に入ってこない。
頭の中は環奈のことの真相についてだけ。
「じゃ、これで授業を終わるぞ。」
環奈が遅刻してて、今から学校に来ないかな、と窓の外を眺めてるといつの間にか授業が終わっていた。
号令の後、江尻先生に手招きをされ、近くに行くとあることを告げられた。
時間が空いてる時に、江尻先生の準備室に来てほしいとのことだった。
昼ごはんを食べた後の休憩時間、友達がいなくなって暇だったので江尻先生の部屋に行くことにした。
江尻先生は席に座っており、机には冷めたコーヒーと分解されたデジタル置き時計が置いてあった。
「なぁ…井原。最近大丈夫か…?」
「…。」
江尻先生はとても心配そうな声をしていた。
「やっぱ…佐藤のことか…?」
「はい…。一ヶ月も経つのにまだ実感がわかなくて…。ただ、風邪で休んでるだけなんじゃないかって…。」
井原の悲しい顔を見て、江尻も悲しそうな顔をした。
「そうだよな…。俺も寄り添ってやりたいが…俺の辛さと井原の辛さは桁違いだろ?無駄に共感すると腹立つよな。あんたなんかにわかるわけないー、ってな。」
「そう…かもです。」
「ただ、俺は井原の担任だ。お前が俺に相談したいことがあるなら喜んで聞くし、俺はお前の仲間になりたい。」
井原はお礼をし、準備室を出た。
「はぁ…。」
最近の学校は憂鬱だ。
仲の良かった友達が橋から落ちて亡くなった。
いや、殺されたのかもしれない。
登下校の時、毎回橋で花束を見る。
誰かが環奈を弔ってくれているのだろう。
「ねぇ…環奈…。何があったの…?本当に事故なの…?」
そう問いかけても何も返ってこない。
環奈は、もう帰ってこない。
学校から帰り、無気力にテレビを眺めてると速報が流れてきた。
「速報です。◯◯川の下流にあった佐藤環奈さんとされていた死体が、3ヶ月前から行方不明になっていた『宮阪美優』さん(17)だった、とDNAによって鑑定されました。
警察は誰かが意図して死体を佐藤環奈さんに見せかけようとした、と言う考えで捜査していく方針だそうで…。」
井原は目を見開いた。
「え…?あの遺体…環奈…じゃない。なら、環奈はどこ…?」
ーー約同時刻の天羽探偵事務所。
「天羽さん!」
又賀が事務所に飛び込んできた。
着替えを手に持って。
「…なんでバスタオルしか付けてないの?」
「急いで来て…どうせ隣ですし…。そんなことより…!」
又賀は息を整えた。
「佐藤環奈さんの転落事故…事件なんですよね…?」
「そう、被害者は佐藤環奈さんじゃないし、事故ですらない。警察もただの事故じゃないと思って捜査一課が動いてるらしい。」
「なら…犯人がいるんですよね…?」
「そうだね。」
「だとしたら…天羽さんが前に言ってた、あの無理難題をやり切った奴がいるんですよね?」
天羽はコーヒーを持ったまま立ち尽くして窓の外を眺めていた。
その間、否定も肯定もせず黙った。
「…不可能だった。」
「え?」
「知人に頼んでね。橋を抜けた後の上り坂付近の監視カメラを見させてもらったんだ。」
又賀は何を言ってるのか理解できなかった。
「いや…けど、あの日は停電で…。」
「監視カメラの機能に"無停電装置"ってのがついていると停電中でも録画できるんだ。奇跡的に、橋から3分後の上り坂を越えて10秒付近の場所に装置がついてる監視カメラが奇跡的にあったんだよ。」
「そのカメラには…?」
「井原さんしか写ってなかった。そして、坂の近くに車や通行人はいなかった。」
又賀の頭はパンクしそうだった。
井原の情報によると、上り坂を登る前は確実に佐藤環奈はいた。
井原の情報を信じると、犯行は上り坂を終えて、10秒以内に完遂されたと言うことだ。
そして、犯人の行動は車がないと難しいと考えていた。
佐藤環奈と自転車を運ぶのは生身じゃ不可能だからだ。
しかし、坂の付近には車がない。
「佐藤環奈さんは消えたんだ。まるで神隠しのように。」
「…何が起きてるんですか?」
「神業と言わざるを得ない犯行…。もしくは…。」
「もしくは…?」
「井原さんの虚言。」
又賀は思わず、は?と声が出た。
天羽はコーヒーを飲んだ。
「井原さんの後ろから音がした、と言う情報が間違ってないと、この事件は実現できない。」
「いやいや、勘違いかもしれないじゃないですか…!」
「じゃ、なんだい?少なくとも、赤の他人の自転車の音と勘違いした、とは言い訳できない。付近には井原さんしかいなかったから。」
「…なら!何かの物音と間違えちゃって…!」
「付近に人はいないんだよ?ただの雨の音でギアを変える音、車輪が回る音が再現できるの?」
又賀は井原を庇おうと言葉を出そうとした。
「け、けど、井原さんは通報してる…!佐藤さんがいなくなったことを…!」
「通報しなかったら一緒に帰ってた井原さんが疑われるよね。しかも、代わりの死体があるなら、佐藤さんがいなくなったことを周りに気づいてもらわないといけない。」
そんなの間違ってるに決まってる、又賀はそう思ったが、この事件で初めての筋の通る仮説に何も言えないでいた。
「天羽さんは井原さんが依頼する時の様子を覚えてないんですか…!?あの震えた声で、とても悲しそうな顔をしていた井原さんを…!」
「そんなん演技と言えば片付くこと。」
又賀はついにかける言葉を無くした。
「今、一番信ぴょう性のある情報は、警察がまだ事故と思ってた時に井原さんの言っていた上り坂のところまで佐藤環奈さんは生きていた、と言う情報。
下流の死体が佐藤さんじゃないとわかる前から言ってたからね。」
天羽は一息ついた。
「けど、警察がこの映像を見ると、井原さんが一番怪しいとなるだろうね。
井原さんが嘘をついて捜査を撹乱してるように見えるからね。」
又賀はしかめっ面をした。
「…けど、井原さんが犯人、もしくは共犯者だった場合、どのような犯行になるんですか?」
「犯行の想定時刻が大幅にズレる。佐藤環奈さんがどのタイミングで連れ去られたかすら分からない。
けど、一緒に下校したってのは本当だろうね。」
「なぜですか?」
「言う必要がないから。井原さんが犯人なら言わない方がいいでしょ?けど、言うってことは多分、一緒に帰るとこを誰かに見られたんだと思う。まぁ、もしもの話さ。」
又賀の中の井原が揺らいでいた。
するわけないと思いながら、もしかしたら、と言う気持ちもある。
「このままじゃ井原さんは警察に捕まるね。」
「…けど、井原さんがほんとに犯人だったら…!」
「私はそうとは思わないけどね。」
「は?」
又賀の目と口が大きく開いた。
「一つだけ、不可能ではない仮説がある。」
「へ?」
又賀は、困惑した。
「井原さんの証言が正しくて、なおかつ井原さんが犯人じゃない仮説。」
「そんなの…あるんですか…?」
天羽は、頷いた。
「この仮説が合ってるなら…井原さんは利用されたんだ。」




