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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
学園編

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幸せな日々


 ノワール邸の一室に、アンニュイな空気が満ちていた。

 いつもは活発な女主人の存在で、よくも悪くも活気に満ちているノワール邸。だというのに、いま応接間に満ちている倦怠感は並ではなかった。

 そこにいるのは、二人の人物だった。

 一人はミシュリー・ノワール。

 学園を卒業して早数年。二十歳の手前の年齢になり、いまだにノワール邸に居座っている淑女だ。たぶん一生屋敷を出ていく気はないのだろう。姉がいる限り、彼女はこの屋敷に居座り続ける。どんな手を使ってでもだ。

 シスコンをこじらせてもはや取り返しのつかない事態になっているが、本人たちが至極幸せそうだから特に問題はない。

 そしてもう一人は、女主人クリスの連れ合い、シャルル・ノワールである。

 知られざる従兄弟関係にあるミシュリーとシャルルの二人は非常によく似ている。見た目だけではなく、中身も似た者同士ゆえ、おそろしく仲が悪い。

 不倶戴天というべきこの二人が一緒に何をやっているのかと言えば、暇していた。

 いま、クリスが所用で家を出ているのだ。しかも日をまたいで、三日間ほど留守にしていた。

 クリスの目がなくなったとたんにノワール邸では婿小姑大戦争が勃発して使用人たちがとてつもなく迷惑をこうむったが、二日ほどで不毛な争いも収まった。というか、シャルルとミシュリーの気力が切れたのだ。

 理由は同じである。


「お姉さまが、いない……」

「クリスがいないとか……」


 愛しのクリスへの愛情比べをしている二人だからこそ、当のクリスがいないと何もかものやる気が失せるのだ。

 というわけで、二人揃ってエネルギー切れになり、やる気もなくだらだらしていた。

 本日はクリスが帰ってくる日ということもあって、真っ先に出迎えるためにノワール邸の門が見える応接間でスタンバイしているのだ。

 基本的に思考回路がほぼ同じなため応接間でばったり顔を合わせた二人の間にはすさまじい脱力感と倦怠感が渦巻いていた。

 紅茶を飲みながらミシュリーは思う。

 ソーサーになっているこのお皿、なげたらシャルルに当たるだろうか、と。

 シャルルは思う。

 ミシュリーがお皿を投げてきたら、食べ途中のケーキを顔面にたたきつけてやる、と。

 考えている内容が二人して五歳の頃と何一つ変わっていなかった。

 どうしようもない雰囲気のなか、どうしようもないことを思っていると、正門が開く音が届いた。

 クリスの帰還だ。二人の表情が変わった。

 さっきまでの様子からは信じられないほどに活力を取り戻す。

 真っ先に立ち上がったのはシャルルだ。

 身体能力は当然、シャルルの方が高い。このままいい歳して部屋を出てから廊下で徒競走を開始すれば、シャルルがいち早くクリスの出迎えに行くことになるだろう。

 もちろん、それを許すミシュリーではない。


「あー、手が滑った」

「は!?」


 棒読みミシュリーが、足元の絨毯を思いっきり引っ張った。

 後ろに滑る足場に、シャルルがつんのめる。

 ざまぁ。ミシュリーの顔が愉悦に満ち、するりとシャルルを追い抜く。無様に転ぶシャルルに先んじて、姉を出迎えるという妹の役目を完遂するのだ。

 だがシャルルもさるもの。このまま一人で転ぶくらいならと、横をすり抜けようとしたミシュリーのスカートを引っ掴んだ。


「な!?」


 なりふり構っていられないとはこのことである。

 結果として二人して盛大にもつれあって転んだ。


「……何してくれるの? 淑女のスカート掴むとか、シャルル何歳?」

「誰かさんのせいで足が滑ったからね、しかたないね」


 折り重なった二人だが、当然そこに色っぽさなど存在しない。

 シャルルにスカートをつかまれつつも馬乗りに状態になったミシュリーは、このままマウントポジションを取って殴り掛かる絶好のチャンスでは、と思った。だが万が一にもシャルルに殴りかかっているところをクリスに見られてはならぬと判断。ぐっとこらえる。

 シャルルもシャルルで、さっさとどけよこいつ重いなぁと失礼極まりないことを考えていた。


「二人とも! 当主のわたしこと、クリスティーナ・ノワールが帰って来――」


 そのタイミングで応接間の扉を勢いよく開けたのは黒髪の美女だった。

 その瞳には活動的な光が宿っており、視線を合わせただけで活力が補充されるような闊達さがある。何よりも魅力的なのは、彼女の笑顔だろう。

 知性と無垢さが合わさった値千金の笑顔。

 それが、応接間で重なっている二人を見て固まった。


「お姉さまこれは違――」


 いまの状況の説明しようとして、口をついてでた言葉が言い訳がましくてなんか浮気現場を見られた瞬間みたい、と思ってしまったシャルルとミシュリーは二人し言葉を濁してしまった。


「……」


 クリスは、固まった笑顔のまま静かに扉を閉じた。


「ッ!!」

「むがァ!?」


 ミシュリーがすさまじい勢いで立ち上がった。迷いなくシャルルを突き飛ばし、立ち上がるついででお腹を踏みつけ、その痛みで上がった苦悶の声など一切省みることなく姉を追うべく廊下に出る。


「お姉様! だから違――っていない!?」


 お嬢様育ちのくせにフィジカルモンスターな面もあるクリスは、あっという間に屋敷から姿を消していた。







 その日、サファニア・カリブラコアは久々に飛び込み令嬢の突撃を受けていた。


「――でな。ミシュリーとシャルルが、その場で、だき、抱き合って……!」


 長年の腐れ縁であるクリスが、何か泣きそうな顔になって意味の分からないことをまくし立てている。

 嗚咽交じりに語るクリスの言葉をつなげると、シャルルとミシュリーが浮気をしていたということになる。サファニアの頭脳をもってしても、その光景は想像できなかった。


「へえ、そうなの」

「う、ううう……」


 この世で最もありえなさそうな組み合わせである。もし人類があの二人を残して滅んだら、さっさと殺し合いを初めて人類の滅亡を早めそうな二人なのだ。むしろ、人類滅亡の原因たる戦争を引き起こしたのがその二人だろう。もちろんその場合、理由はクリス争奪戦だ。

 だからこそ状況を聞いたサファニアは一言。


「馬鹿らしいわね。転んで重なりあって、そのままマウントポジションとっての殴り合いで喧嘩を始めようとでもしたんじゃないかしら」

「そんなわけないだろ!」


 大体その通りなのだが、ミシュリーとシャルルを――特にミシュリーを高く見積もりすぎて目が曇りきっているクリスは認めない。


「なあ! もっと真面目に聞いてくれよっ。私はどうすればいいんだ!?」

「早く帰って『ただいま』っていえば全部終わると思うわよ」

「だから真面目に聞いてくれって言ってるだろ!?」

「ごめんなさいね、クリス」


 いままで割と真面目に聞いて割と真面目に忠告していたサファニアは、冷たい声音で告げる。


「私、今日はレオンと観劇の約束があるの。これ以上はあなたの与太話に付き合う暇はないのよ」

「この裏切り者がぁああああ!」


 あっさり立ち去ろうとするサファニアの肩をクリスは掴んで止める。


「お前はなんでそう友達甲斐がないんだ! あんなヘタレオンは放っておけ! もっと私の話に真摯に対応しろぉ! 普通に考えて私の方が重要だろ!?」

「ごめんなさい。ヘタ令嬢に付き合ってる暇はないし、まさかあなたに友達甲斐がないだなんてことを言われる日が来るとは思わなかったわ」

「なんでだよっ。私ほど友情に厚い人間もいないぞ!」


 自信満々に言い切ったクリスに、サファニアは眉根を寄せる。

 そこまで言うならと、一つ質問。


「あなた、私の事情と性悪妹の事情が重なったらどっちを優先するのかしら」

「ミシュリーに決まっているだろ!?」

「さようなら」


 答え次第ではレオンに今日の約束を破ってしまう謝罪をいれることも視野に入れていたサファニアは、不機嫌に目を細めてあっさり告げる。

 完全に女性がダメ男に別れを告げる雰囲気だった。


「ちょ!? ほ、ほんとに行っちゃうのか!?」

「当たり前でしょう? あ、私がいなくなったら早く帰りなさいよ。ここに居座られても迷惑だもの。……ああ、クリス。一つだけお礼を言っておくわ」


 冷ややかな美貌を持つご令嬢は、くるりと振り返り艶やかに。


「レオンに話す、いい話題ができたわ。ありがとう」


 そう告げるサファニアの瞳は、ここ最近で一番上機嫌だった。







 ノワール邸に残されたミシュリーとシャルル。

 二人は、ボードゲームをしていた。

 

「クリスの行き場所は」

「サファニアさんのところ」

「あしらわれて帰ってくるね」

「そうだね」

「時間は?」

「そんなにかからない」


 クリスが去ってからの二人の行動と判断は迅速だった。

 クリスが追いつけないような速度で走り去った後、どうせ行き先はサファニアのところであり、素っ気なさを装った愛情のある対応で追い払われて帰ってくるだろうと屋敷で待機。

 世界が滅びるより不本意な誤解など、とっとと解くべきだという合意に至り、言葉少なに打ち合わせる。

 そしていま、あることを賭けて勝負をしているのだ。


「勝っても負けても、恨みっこなしだからね」

「当然。ま、わたしが負けるわけないけど」

「ふーん?」


 こういう時に限れば、二人は恐ろしいほど相性が良かった。そして絶対に途中でどちらかが裏切って背中から蹴りかかるのだが、それはそれである。とにかく、途中まではお互いを利用してやろうという意思に相違はなかった。

 短く状況を整理する会話をしながら、駒を進める。

 ミシュリーは、このボードゲームに自信があった。

 なにせクリスが好きなゲームである。マリーワの手ほどきも受けており、姉といい勝負をできる程度の心得はあった。

 そして、シャルルの腕前も知っている。せいぜい、まあそこそこと言った程度。

 定石をなぞるような序盤。だが途中で、ミシュリーの表情が変わった。

 シャルルの主導によって現れた盤面に、困惑。そして、相手の意図が読めずにそのまま進めて、はっきりと旗色が悪くなる。ずるずると抵抗をつづけたが、形勢を取り戻すことはできずにチェックメイト。

 勝者になったシャルルは上機嫌にミシュリーに問いかける。


「で、日数は?」

「……一晩」

「バカかな? 一週間」

「は? なめてるの? 半日」

「ないね。五日」

「ありえない。一日」

「そろそろ自分の身の振りかたを考えようね、ミシュリーは。四日」

「……ちっ。じゃあ、三日」

「わかった、三日」


 そうして、問題解決のための日数の合意がなされた。








「た、ただいま」

「お帰り、クリス」


 サファニアに冷たくあしらわれ、おそるおそる自分の屋敷に帰ったクリスを出迎えたのは、シャルルだった。

 一人きりの出迎えに、クリスはきょろりと辺りを見渡す。


「あれ? ミシュリーは?」

「やつはしんだ」

「え?」

「ん? なんでもないよ」


 いまよくわからないことを言われたような、と思ったが聞き間違えだったらしい。

 しかし、シャルルが一人というのも珍しい。自分の出迎えの時には大抵仲良く揃ってくるのだが、と首をかしげる。

 そんなクリスに、シャルルはにこっと微笑む。


「ミシュリーはね、ミス・トワネットのところに行ったって。三日ほど、お世話になるみたいだよ」

「マリーワのところに?」


 なんでこのタイミングで。

 目を瞬かせてから、昼間のことを思い出してクリスはずーんと沈む。


「な、なあ、シャルル。その、なんていうか……」

「昼のことだね。大丈夫、ちゃんと説明するから」

「そ、そうか。大丈夫だぞ。そういう運命もあるってことは知ってるから……わかってる。いざという時は、ちゃんと私に言ってくれ」

「うん。なにもわかってないね。ないから。大丈夫。僕の愛する奥さんは、クリス以外にあり得ないから」


 無意味にしょぼくれているクリスを逃さぬようにと彼女の手を取る。


「大丈夫、二度と、誤解なんてできないようにするから」


 真正面から、何の恥ずかしげもなく。掴んだ手に口づけ。


「三日間、二人きりで、ずっとね」


 顔を真っ赤にするクリスに、シャルルは笑顔で自分の勝ち取った日数を宣言した。








 その頃、ミシュリーはマリーワの家に訪れていた。


「どうしたのですか、突然。しかも押しかけてきた理由が、ボードゲームがしたいなど」

「シャルルに負けたのが死ぬほど悔しいんです」


 そう言うミシュリーの目から光が消えうせていた。

 クリスが誤解を発生させたあの時、ミシュリーとシャルルはクリスの誤解を解く役目兼慰める権利をかけてボードゲームで勝負したのだ。負けた方が、しばらく屋敷を出ていく条件でだ。

 そして負けた。

 よりにもよって、あのシャルルに。

 クリスの絡む勝負で、この自分が!


「絶対に、絶対に勝てると思ったのに……」


 悔やんでも悔やみきれないとはこのことだ。

 そもそもボードゲームの勝負はミシュリーから申し出た。勝てる自信があったからだ。そして、シャルルがそれを受け入れた。シャルルも勝てる自信があったからだ。

 学生時代の力量差を思い出して、ミシュリーは歯を食いしばる。

 学園卒業後に研鑽を積んだのか、それともあの腹黒、いままで――下手をしたら幼少期の頃からずうっと、ボードゲームの力量を隠ぺいしていた可能性すらある。

 たった一回、今日のようなあるかないかの負けられない勝負を見据えて、周りを欺くためだけに、だ。


「定石の進歩は日進月歩。数年、研究をしていない分際で勝とうというのがおこがましいのです。……まあ、私が集めた棋譜を置いておきますので、読み込んでおきなさい」

「うぐぐっ」


 正論に、ミシュリーは胸を抑える。それでも素直に、棋譜を手に取る。

 ミシュリーが押しかけて来たおおよその事情を察したマリーワは、深くため息。


「はあ。あの二人に気をつかってうちに来たのかと思えば、あなたは……。というより、もういい加減にノワール邸から――」

「あーあーきこえないー! マリーワさんの声が聞こえませんー!」


 くどくど諭されるミシュリーは、途中で耳をふさいでいやいやした。

 かつての友人を思わせる所作に、マリーワはそれはもう深くため息を吐いた。






 と、そんな日があった、おおよそ十月十日後。

 ノワール家当主夫婦の間に待望の一子が誕生し、幸せな日々は、輪を広げながら受け継がれていく。

新作が日刊に上がった記念投稿

久しぶりに書きましたが、ちゃんとこの作品のキャラが自分の中で生きていると確認できてよかったです。


よろしければ、下のリンクから新作もどーぞ(宣伝)

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