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異世界転生した俺のチートはAIでした。なお、たまに嘘をつきます。  作者: 白川 透


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三人目の帰り道

 ミルグの森の縁には、木こりが使っていたという切り株の広場があった。

 リナは切り株の上にギルドの図を広げた。赤い布を巻いた杭が調査の境界で、その向こうへは入らない。今日見るのは小川の手前まで。灰牙犬の跡がどこにあって、どっちを向いているか。

「見て、書いて、帰る。追わない」

 それからリナは先月からの巡回で見た跡の話を始めた。指で図の上を順に押さえていく。

「七番の先の茂みと、五番の先と、六番の待避所の裏」

「六番は、私たちと街道で会った次の日ですね。向きは森のほうでした」とアイリが紙を見ずに言った。「それから、先月の二回は七番の先と三番の手前です。どちらも朝です」

 リナは図から顔を上げた。

「……あんた、あたしの書き付けを全部覚えてんの」

「清書の時に読みましたので」

「読んだだけで」

 リナはそれ以上は聞かずに図を畳んだ。ただ、森に入るまでに二度、アイリの横顔を見ていた。


 獣道は下草が細く踏まれていて、すぐに分かった。アイリが先を指した時、リナが手を上げた。

「待って。こっちはやめる。右を回る」

 リナは返事を待たずに獣道を離れ、右の斜面を二十歩ほど上がった。見通しのいい岩の脇でやっと振り返った。

「理由を聞いてもいいですか」

「……なんか嫌な感じがする。うまく言えない」

 アイリは首を傾けて続きを待っていた。リナは言葉を探すように口を開けては閉じた。

 俺は二人の間に入った。

「リナ、何を見てそう思った?一つでいい」

 リナは黙って頭上の枝を見上げた。

「鳥。入口では鳴いてたのに、このへんで止んだ」

 耳を澄ませると、背中のほうからは小鳥の声がするのに前からは何も聞こえない。

「ほかには」

 リナは下の獣道を指さした。

「さっき脇の土が掘り返されてた。黒い面が見えてて、まだ乾いてなかった。あと、濡れた毛の匂いが薄くした」

「鳥、掘り跡、匂い、と書きます」とアイリが言った。「理由が三つあれば、次に同じことがあった時に私も気づけるかもしれません」

「あたしの勘だって外れるよ」

「外れた時も書きます」

 リナは少し笑って斜面の先へ歩き出した。

 斜面の途中の窪地で、今度はアイリが足を止めた。

「ここは空気の感じが少し違います。何なのかは分かりません。魔力かもしれませんが、確かめる方法を私は持っていません。印だけ付けます」

 アイリは図に小さな丸を一つ描いた。窪地の周りを探ることはせず、そのまま斜面を進んだ。

 その日から十日近く、三人で境界の内側を歩いた。リナが見て、アイリが書き、俺が道と荷と水を受け持つ。曲がり角ごとに歩数を数えて目印の木を書き留めておくと、帰り道で迷わなかった。

「兄さんの書き付け、いいね。帰り道はあたしも覚えてるけど、書いてあれば、あたしが後ろを見てる間に兄さんが先に立てる」

 小川の砂地と尾根の端では跡の向きが違っていた。進める所と引き返す所が、少しずつ図の上で分かれていった。


*


 尾根の端を見に行く朝、アイリが切り株の上に紙を一枚出した。

「奥へ行く前に、引き返す時の手順を書きました。合図を聞いたら記録をやめ、紙を油紙で包んで鞄の内側に入れ、口紐を二回巻いて、それから受け持ちの方向を——」

 アイリはそこで言葉を切った。自分の紙を見下ろしている。

「……これを森の中で言っている間に何もかも終わります。短くします」

「自分で気づいたね」とリナが言った。

 三人で言葉を選んだ。「止まれ」はその場で止まり、自分の受け持ちの方向を見たまま次を待つ。「戻る」は調査をやめて来た道で広場へ。「離れて」は、今いる場所からとにかく距離を取る。進む時の「行く」は合図に数えない。

「三つなら私も間違えずに言えます」

 紙とペンは一つの袋にまとめて、片手で口を閉められるようにした。俺の鞄も中身を半分にした。重い鞄で走ると転ぶとリナに言われたからだ。


 尾根の上をたどると、その先で木が急に密になる。境界の杭はその木立の入口に立っていた。

 遠くで鳴き声がした。高い声に別の方向から低い声が重なる。もう一つ。

「止まれ」

 リナの声は低かった。三人ともその場で止まった。俺は来た道を、アイリは右の斜面を見た。

 鳴き声は二度、三度と続いた。声の大きさは最初と変わらなかった。

「戻る」

 アイリが袋の口を片手で閉め、同じ言葉を俺に向けて繰り返した。

「戻る。砂地を通ります」

 先頭がアイリ、真ん中が俺、後ろがリナ。リナは数歩ごとに振り返った。書き留めた目印の木を一本ずつ過ぎていく。砂地を抜けて広場の切り株が見えたところで、鳥の声が戻ってきた。

 俺は切り株に座り込んだ。手が震えて、水筒の栓がなかなか抜けなかった。

「ちゃんと止まれたね、三人とも」

 リナはそう言って自分の水筒を俺に差し出した。

 アイリは袋を膝に載せたまま、自分の口元に手を当てていた。

「『戻る』と、一回だけ言いました。それで足りました」


 四十七日目、宿の食堂で三人して図を清書した。見た場所と見ていない場所を分け、鳴き声のした尾根の先には斜線を引く。跡の向きは小川の砂地では東、尾根の端では北。数は分からない、と書いた。

 皿が下げられた頃には、食堂に残っているのは俺たちだけだった。給仕も奥へ引っ込んでいる。リナがアイリを見た。

「聞いていい?あんたの覚え方は普通じゃない。それに最初の頃、切り株に座る時に座り方を確かめてから座ってたろ」

 アイリは手元の紙を見た。それから俺を見た。

 俺は何も言わなかった。話すかどうかを決めるのはアイリだと思った。

「話します」とアイリは言った。「私は人の形をしていますが、生まれ方が違います。神様に身体をもらいました。その前は、マスターが毎日使っていた、聞かれたことに答える仕組みでした」

 リナは黙って聞いていた。

「覚えるのと比べるのは得意です。でも間違えます。見ていないものは分かりませんし、先のことも分かりません。身体はマスターやリナさんと同じです。疲れますし、怪我をします。たぶん、死にます」

「たぶん、って」

「確かめる方法はありません。でも、身体はそういうものだと思います」

 リナは長く息を吐いた。

「正直、よく分かんない。でもさ、尾根であたしが『戻る』って言った時、あんたはすぐ兄さんに渡して、三人とも迷わず帰れた。あたしはそれで十分」

 それからリナは俺のほうを向いた。

「兄さんは?あんたもどこから来たの」

「俺のは……また今度でいいか。長くはないんだけど、今日はアイリの番だ」

「いいよ。待つ」

 リナはあっさり言って椅子の背にもたれた。

「それで、こっちの話。この調査が終わっても、あんたらと組みたい。条件はある。報酬は働いた分で分けて、最低の取り分は決めとく。退く判断はあたし。でも、あたしが間違ってると思ったら言って。あたしも聞く」

「受けます」とアイリが言った。俺もうなずいた。

 四十八日目、調査の記録を納めたその足で、ギルドに三人の組を届けた。エルマさんは届けの紙に三つの名前を書き込み、俺に指で示した。真ん中が俺の名前だった。形だけは読めた。


*


 次の仕事は、調査の報告を補う聞き取りだった。森の周りの村や街道で灰牙犬を見た人に話を聞き、指定された地点を確かめる。

 話を聞くのは主に俺の役目になった。何を見たか、だけでは足りない。いつ、どこで、誰と一緒だったか。倉庫で入荷の数が合わない時に聞いていたのと同じ順番だった。アイリがそれを書き、リナが知っている場所かどうかを横で言う。

 聞き取りを始めて五日目の朝、木こりの爺さんは斧を研ぐ手を止めずに話した。

「北の斜面で薪を拾ってたらな、灰色のが三つ、尾根を越えていった。こっちを見もしねえ」

「いつですか」

「四日前の昼過ぎだ。孫の熱が下がった日だから覚えてる」

「誰かと一緒でしたか」

「一人だ。酒場で話したら、みんな面白がって聞いてたがな」

「三頭で尾根を越えたなら、北の斜面の上に跡が残ってるはずだ」とリナが言った。「雨が降ってないから、まだ消えてない」

 その日の午後には街道で荷車を止めていた御者からも話を聞いた。同じ北の斜面に灰色の犬が三頭いたという話だった。

「見たらしい、って話でね」

 御者がそう言ったところで、俺は聞いた。倉庫でもよくあった。同じ数が二つの伝票に出てきたら、まず写しかどうかを疑う。

「それ、誰から聞きました?いつ、どこで」

「ああ、酒場で木こりの爺さんから聞いたんだよ。三日前の晩だったかな」

 アイリが朝の書き付けと照らした。

「木こりさんが見たのは四日前の昼過ぎです。御者さんが聞いたのはその次の晩です。三頭という数も同じです」

「じゃあ、見た人は木こりの爺さん一人か」

「はい。聞いた話は二つですが、元は同じ目撃です」

 次の日、三人で北の斜面へ上がった。尾根の手前の柔らかい土に、新しい足跡がはっきり残っていた。リナがしゃがんで縁を指でなぞった。

「崩れてない。数日のうちのだ。向きは尾根の向こう」

 昼は斜面の下の石に三人で腰を下ろして、固いパンをかじった。風が止んで少し暖かかった。

「この前の話」と俺は言った。「俺はアイリと同じ所から来た。別の世界で倉庫の仕事をしてて、事故で死んで、こっちに来た。アイリはその時一緒に来てくれた」

 リナはパンを噛みながら聞いていた。

「倉庫か。だから荷のまとめ方がうまいんだ」

「それだけかよ」

「それだけでいいじゃん。あたしが一緒に歩くのは今の兄さんだし」

 アイリは何も言わずに、パンの固い端をかじっていた。

 帰りに東の小川も回った。そこにあったのは縁の崩れた古い跡だけだった。

「北は新しい。東は古い跡しか見てない」とリナが言った。

「東の今は、確かめていない、と書きます」


*


 五十八日目に聞き取りの報告を納めた。

 エルマさんは報告を受け取ると、別の帳面を開いた。新人支援の前貸しの欄だった。

「今日のお支払いで、前貸しは全部済みました。お疲れさまでした」

 返済の控えには、残りの欄に線が一本引いてあった。字はまだ全部は読めない。それでもその線の意味は分かった。俺は控えを二つに折って、荷物の底にしまった。肩が少し下がった気がした。

「それと、皆さんにご紹介したいお仕事があります」

 エルマさんが出したのは東のレーネ村からの依頼票だった。村の周りで魔力の観測をしている人がいて、資材運びと観測の手伝いがほしいという。

「観測をしているのは、セレスさんという魔法の専門家の方です。リナさんの監督の範囲ではなく、セレスさんの下でのお仕事になります」

 俺たちは受付の脇で頭を寄せた。リナは村までの道を、アイリは観測の手伝いの中身を、俺は荷の量と日数を聞いた。

「村までは荷車と歩きで一日。あたしは行ったことある」

「観測の記録なら私の得意なことです」

 アイリはそこで少し黙ってから続けた。

「それに、森の窪地で分からなかったものを教わりたいです」

 俺はリナを見た。リナは肩をすくめた。

「あたしは道案内。兄さんは荷。決まりだね」

「受けます」と俺はエルマさんに言った。

 ギルドを出たその足で、俺は革の胸当てを一つ買った。リナが留め紐を引いて、きつさを確かめてくれた。

「息を吸って苦しくないなら、それでいい」

 祝いの散財はしなかった。これから先も宿代は毎日かかる。


 出発の朝、宿の部屋でアイリが荷を詰めていた。最後に紙袋を一つ入れた。東の通りの屋台の、固い木の実の菓子だった。

「日持ちがします。道中で崩れません」

「ああ」

 アイリは袋の口を閉じかけて、手を止めた。

「それと、私が持っていきたいです」

「知ってる」

 アイリは袋を荷の一番上に置いた。潰れない場所だった。

 門の前ではリナが先に待っていた。朝の鐘が鳴り終わる頃、三人で街を出た。リナが先を歩き、アイリが道の様子を書き、俺が荷を背負う。並びは森の時と違うが、役目は森で決めたままだった。東へ、魔法の専門家が待つ村へ。

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