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異世界転生した俺のチートはAIでした。なお、たまに嘘をつきます。  作者: 白川 透


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31/33

一度目は通じた

 二晩目の野営地を出て、昼が近くなったころだった。

 跡が新しくなっていた。アイリがしゃがむたびに立ち上がるまでの間が短くなる。縁が崩れていない。雪の底がまだ柔らかい。

 風は斜面の上から吹き下ろしていた。

 林がまばらになって、斜面の上に開けた所が見えた。その向こうの縁にまた木が立っている。

 アイリが足を止めた。

「上の林の縁に、灰色の背です」アイリの声は低かった。「見えているのは五と、後ろに一。後ろの一頭は、左の耳の先が欠けています」

 四人ともその場で身を低くした。

 見つけたら離れる。ハーゲンさんとの約束を記録票にも書いてある。俺は来た道を振り返った。踏んできた跡が斜面を下の林へまっすぐ続いている。

 灰色の背の一つがこちらを向いた。

 群れが動いた。真っすぐには来なかった。林の縁に沿って横へ流れ、それから斜面を下り始める。俺たちの横を回って、下の方へ。

「風下へ回っています」とアイリが言った。

 リナが振り返って、来た道を見た。

「兄さん。あれ、下の道を塞ぐ気だ」

 このままでは帰り道が群れの向こうになる。

「帯を作る」と俺は言った。「群れと、下の道の間に」

「一頭にしか、確かめていません」とアイリが言った。

「分かってる。下がるために使う」

 油の壺を出して、皿に移した。手袋を外した指先が冷たくて、壺の口が皿の縁に当たって鳴った。火口に火を付けて、皿に移す。黒い煙が上がった。

 セレスさんが手を動かした。短い風が二度、煙を斜面に沿って横へ引き伸ばした。帯が群れと下の道の間を斜めに横切った。


*


 先頭の一頭が帯の手前で止まった。

 脇腹の毛が焦げていた。鼻先を上げ、一歩引いて、横へそれた。夜明けの窪地で見たのと同じ動きだった。その一頭の後ろにいた二頭も、つられるように足を止めた。

 その時、耳の欠けた一頭が群れの前へ出た。

 帯の手前で止まらなかった。煙の中へ頭を下げて入り、そのまま越えた。耳の欠けた一頭のすぐ後ろにいた別の二頭が、その背中について越えてきた。

「前回と条件が違います」アイリの声が速くなった。「先導する一頭のすぐ後ろは、帯を越えます。帯を捨てて、木の間へ」

 四人で斜面の横の林へ走った。リナが太い木の前で止まり、盾を構えた。俺はその左で別の木を背にした。セレスさんは俺たちの後ろ、アイリはさらにその後ろの木の陰。右手には倒れた木が一本、斜面に沿って横たわっていた。

 帯の向こうでは止まった三頭が煙の手前をうろうろしていた。こちらへは来ない。

 越えてきた三頭が木の間に入ってきた。


*


 正面に、耳の欠けた一頭。左から一頭。右の一頭は倒木の向こうで、端の方へ回り込もうとしていた。

 耳の欠けた一頭がリナへ来た。

 大きかった。リナが盾で受けた。盾の革が鈍く鳴って、リナの足が雪の上で半歩ずれた。押し返せない。柵の角で一頭を押し返した時とは違って、盾の向こうの重さが動かなかった。

 耳の欠けた一頭が下がって、また来た。二度目の踏み込みで、牙が盾の縁を越えた。リナの左の袖に食いつく。リナが短く声を上げて腕を振りほどいた。袖が裂けた。

 左の一頭が俺の前に来た。

 低く、速い。一撃目を剣で受けた。右足は前へ出さずに、半歩下がる。二撃目がすぐに来た。受けた。足は残っていた。

 でも、体がついてこなかった。剣を戻す前に重さが肩に乗って、上体が後ろへ流れた。膝が雪に落ちた。冷たさがズボンの布を通してすぐに来た。

 獣が身を沈めた。

 俺の頭の上を短い風が抜けた。雪が舞い上がって、獣の目にまともに当たった。獣が顔を振って、下がった。

 アイリが一度だけ、右の倒木の端へ顔を向けた。端の向こうから、右の一頭が出てくるところだった。

「右、回りました」

 セレスさんがすぐに右へ向き直った。アイリはもう正面へ目を戻していた。

 右の一頭は倒木と木の間の狭い隙間を抜けようとしていた。セレスさんが、その隙間へ短い風を一吹き送った。舞い上がった雪が隙間に散って、右の一頭はそこで足を止め、顔を振った。それから先、右はセレスさんが見ていた。

 耳の欠けた一頭が、もう一度身を沈めた。

「二度とも右の前脚に重さを乗せて踏み込んでいます」とアイリが言った。

 リナは何も答えなかった。

 三度目の踏み込みが来た。リナが盾を下げた。空いた所へ牙が来る前に、剣が低く走った。

 刃が右の前脚に入った。

 耳の欠けた一頭が高い声を上げて跳び退いた。雪の上に赤い点が散った。点がすぐに雪に滲んで広がった。

 耳の欠けた一頭は振り返らなかった。三本の脚で地面を蹴るようにして、斜面の上へ走った。左の一頭が続いた。セレスさんの前で止まっていた右の一頭も向きを変えてその後を追った。

 リナは木の前から動かなかった。剣を下げずに走っていく背中を見ていた。

 追えば、囲まれる。俺にもそれは分かった。


*


 帯の向こうに残っていた三頭も群れの後を追うように斜面を離れていった。煙の帯は風に崩れて、薄く消えかけていた。

 アイリが帳面を開いた。

「尾根の方角です」アイリは記録の前のページをめくって、指で押さえた。「柵の夜と、同じ方でした。二度とも、同じ方です」

 俺は尾根の方を見た。赤い点が雪の上に途切れ途切れに続いていた。

 追いたかった。脚に傷を負った今なら、と思った。

 でも、ハーゲンさんの声が先に来た。怪我をしたら、その日のうちに猟師の小屋まで下がれ。

「リナ。腕を見せて」

 リナは少し嫌そうな顔をしたが、袖をまくった。左の前腕に牙の跡が二つ。袖の上からだったので、深くはなかった。血はもう止まりかけていた。

「動くか」

「動く。盾も持てる」

 俺の方は膝と肩が痛んだ。打っただけで、どこも切れてはいなかった。

「下がる」と俺は言った。「今日のうちに、猟師の小屋まで」

 誰も反対しなかった。リナが一度だけ尾根の方を見て、それから盾を背負い直した。

 頭数は少なくとも六。前に見た足跡では、七か八。アイリの帳面の数はそこから動かなかった。

 猟師の小屋は林の中の小さな丸太小屋だった。日が暮れる前に着いた。戸を開けると炉と、壁に掛かった古いかんじきと、乾いた薪の山があった。


*


 夜になって、雪が降り始めた。

 炉の火で湯を沸かして、リナの腕を洗い、布を巻いた。セレスさんが巻き方を見て、一度だけ巻き直した。俺は膝に冷やした布を当てた。

 痛みが落ち着くと少し気が抜けた。

「膝は平気だ」と俺は言った。「二撃目も、受けられたし」

「はい」アイリがすぐに言った。「一昨日の練習の十四回目と同じでした。受ける時に右足が前へ出ていません。二撃目のあとも、右足は受けた場所から動いていませんでした。膝をついたのは足が滑ったからではなく、上体が後ろへ流れたからで、それから」

「……ありがとう」

 俺はそれ以上何も言えずに、膝の布を押さえ直した。顔が熱かった。炉のせいだけではなかった。

 リナが布を巻いた腕で、俺の背中を軽く叩いた。セレスさんは炉の向こうで、下を向いて笑っていた。


*


 次の日は一日小屋で休んだ。

 朝、戸を開けると、雪は膝の上まで積もっていた。小屋の周りの足跡は自分たちのものまで薄く埋まっていた。

 炉の前に四人で座った。

「続けるかどうか、聞きたい」と俺は言った。

 三人が俺を見た。

「足跡は、たぶん消えた。でも、行き先の見当はある」

「尾根の方角です」とアイリが言った。「二度とも同じでした。この小屋の裏から、刻み目のある木が尾根の方へ並んでいました。猟師の道だと思います。それから、枝の下や岩の陰なら雪が浅いので、血の跡が残っているかもしれません」

 足跡を追うのではない。尾根へ行く理由があって、行く道があって、途中で確かめられるかもしれない物がある。

「戦いに行くんじゃない。見て、戻ってくる」と俺は言った。「雪は、壁のかんじきを借りれば歩ける。明日の朝、リナの腕と俺の膝が動くか確かめて、動いたら行く」

 リナが布を巻いた腕を回してみせた。少し顔をしかめたが、肩より上まで上がった。俺も膝を曲げてみた。痛みはあるが、昨日の夜よりは軽かった。

 俺は自分の答えを考えた。引き受けた仕事だから、というのはある。でも、それだけじゃなかった。

「やってみたかった仕事なんだ」と俺は言った。「難しくなった。思ってたより、ずっと。それでも、あの一頭がどこへ戻っていくのか、自分の目で見たい。もう一度、選ぶ」

 リナがうなずいた。アイリがうなずいた。セレスさんも少し遅れてうなずいた。

 昼すぎ、戸を叩く音がした。ユルゲンさんだった。雪の中を番小屋から上ってきたらしく、肩まで白くなっていた。

「生きてたか」

 ユルゲンさんは炉の前に座って、湯をもらった。俺は昨日の戦いと、リナの腕と俺の膝のことを話した。先導している一頭の右の前脚のこと。尾根の方角が二度とも同じだったこと。

「明日、もう一日だけ偵察に出ます。戻るのは約束どおり、明後日のうちに番小屋へ」

「伝える」

 ユルゲンさんは湯を飲み干して立ち上がった。戸口で一度振り返った。

「ハーゲンさん、昨日から何回も尾根の方を見てたぞ」

 それだけ言って、雪の中を下りていった。

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