この二人に頼めばいい
東の通りの荷置き場は石の倉と木の小屋がいくつも中庭を囲む造りだった。
中庭には荷車の轍が何本も刻まれ、乾いた藁と油と麻袋の匂いがした。棚の前を運び手たちが袋を担いで行き来している。荷の匂いを嗅いだだけで背中が少し伸びた。前の職場の朝と同じ匂いだった。
朝の鐘で着くと白髪まじりの大柄な男が中庭の真ん中で腕を組んでいた。皆から親方と呼ばれている人らしい。
「新人二人か。持ち場はあっちの棚、三列。数えて、札と合わせて、出荷の予定どおりに並べ直す。箱は開けるな。開けたい時は俺に言え。奥の鍵の棚には触るな」
言うことはそれだけだった。エルマさんの言ったとおり、口は悪いが仕事の話しかしない。
分担はすぐに決まった。アイリが札を読み、俺が荷を下ろして数える。
札を読むアイリは速かった。一目見て品名と数を読み上げ、手元の紙に書き付けていく。俺が袋を一つ下ろすあいだに次の札がもう読まれている。
速すぎて、手が空くらしい。アイリは横の木箱に手を伸ばした。
「運ぶほうも手伝います。持ち方は見て覚えました」
箱を胸の前に抱え上げ、三歩進んだところで足が止まった。腕が震えている。
「……見たとおりに持っています。それなのに、重さが腕に全部来ます」
「腕だけで持ってるからだ」
俺は隣で同じ大きさの箱を持ち上げてみせた。膝を曲げて腰を落とし、箱を体にくっつける。
「箱は体に寄せる。持ち上げる時は膝で立つ。それと、一度に運ぶのは楽に運べる量までだ。無理に二つ持つと、三往復目で腕が終わる」
アイリは箱を下ろし、俺の膝と腰を見比べてから、もう一度持ち上げた。今度は少し腰が落ちている。
「さっきより重さが下に行きます」
「だろ。あと、置く時も膝だ。腰で下ろすと、明日の朝に分かる」
「明日の朝に、ですか」
「起きた時に痛い」
アイリは箱を棚に置き、膝を伸ばしてから自分の腰に手を当てた。今は痛くないのを確かめているらしい。
前の職場で、新人に最初に教えていたことだった。言ってから、自分が教える側に立っているのに気づいた。
それからは、アイリが札を読み、手が空いた時だけ軽い箱を一つずつ運ぶことにした。重い袋は俺が運ぶ。アイリは三つ運ぶたびに手を開いたり閉じたりして、また札の前に戻った。
昼を過ぎると一つの棚で台帳と数の合わない袋が出てきた。札は合っているのに、数が三つ足りない。
「隣の棚の奥に、同じ札の袋が見えます」とアイリが言った。
手を伸ばせば届く。でも、勝手に動かせば、今度は隣の棚の数が合わなくなる。俺は紙に合わない数だけを書いてもらい、夕方、親方に渡した。
「動かさなかったのか」
「どっちの棚が正しいのか、俺には分からないので」
親方は紙を見て、ふん、と鼻を鳴らした。それから隣の棚へ行き、自分の手で袋を三つ戻した。
それから二日は同じ仕事が続いた。朝の鐘で棚に着き、アイリが札を読み、俺が数える。夕方に親方が数を見て札に印を付け、それをギルドへ持っていくと日当が出る。合わない数は合わないまま紙に残して親方に渡した。
仕事の二日目の午後には雨が降り、中庭の荷は運び手たちが慌ただしく屋根の下へ移していた。
*
四日目の朝、中庭に親方の声が響いた。
「革屋行きの荷はどこだ。昼の鐘で荷車が出るんだぞ」
出荷の予定を書いた板の前で出荷係の若い男が困った顔をしていた。書いてある置き場には別の荷しか置いていないという。
親方が俺たちを見た。
「おい新人。札が読めるんだったな。探せるなら探してみろ。箱は開けるな」
「はい」
アイリが出荷の板を読み上げた。
「革屋行き。なめし粉、二十袋。置き場は中庭の軒下」
軒下には麻袋が積んであったが、札は穀物の名前だった。袋の下の地面には雨のしみがまだ残っている。
俺は字が読めない。だから、アイリに何を探してほしいかを言うしかない。
「入ってきた時の台帳を見てくれ。なめし粉が二十袋入った日と、置いた場所」
アイリが台帳を指でたどった。
「なめし粉という品名は入荷の台帳にはありません。同じ時期に二十袋入っているのは、『樫皮の粉』です。置き場は中庭の軒下」
「それが、なめし粉か?」
「名前は違います。同じ物かどうかは私には分かりません」
アイリは断定しなかった。俺は親方のほうを向いた。
「親方。樫皮の粉って、なめしに使いますか」
「使う。革屋は樫皮の粉をなめし粉と呼ぶ。入れる時は物の名前で書いて、出す時は使い道で書く。いつものことだ」
品名が二つあるのは分かった。前の職場にもあった話だ。仕入れの伝票と出荷の伝票で、同じ部品の呼び方が違う。慣れた人の頭の中では一つの物なのに、紙の上では二つになる。
残るのは置き場だった。軒下にあるはずの袋が軒下にない。
頭に浮かんだのは二日目の雨だった。
「雨の日に、軒下の荷を動かしましたよね。どこへ動かしたか、覚えてる人はいますか」
出荷係は首を振った。雨の日は休みだったという。中庭の向こうで袋を担いでいた背の高い運び手が、袋を下ろして手を挙げた。
「俺だ。濡れそうなのを三番の小屋へ入れた。何を入れたかまでは覚えてないが、雨の板に書いといた」
中庭の柱に小さな板が掛かっていた。白墨の字をアイリが読む。
「『軒下の袋、二十。三番へ』。品名は書いてありません」
軒下から、二十袋が、三番の小屋へ。台帳の樫皮の粉も二十袋で、置き場は軒下。
「数と元の置き場は合ってる。中は見てないから、まだ同じ荷とは言えないけどな」
「三番の小屋で、札を確かめます」
親方がうなずいて、三番の鍵を俺に投げた。
*
三番の小屋の戸を開けると、手前に木箱が天井近くまで積み上がっていた。雨のあとに入った荷らしい。木箱と壁のあいだに、人が横向きになってやっと通れる隙間がある。その奥に麻袋が二十積んであった。
アイリが隙間に体を入れ、一袋ずつ札を読んで台帳の番号と合わせていく。
「二十袋とも、入荷の台帳の樫皮の粉と同じ番号です」
見つかった。そう思ったのは一瞬だった。
あの隙間では、袋を抱えたら通れない。荷車が出るのは昼の鐘。日はもう中庭の真ん中まで来ている。木箱を全部どけてから袋を出していたら、間に合わない。
俺は小屋の戸口から中庭を見渡した。荷車は中庭の正面の門から入る。三番の小屋は奥の隅だ。
「親方。木箱を全部出さずに、袋の前だけ一列あけます。木箱は隣の空いてる棚へ、出した順に並べて、あとで同じ順で戻す。袋は人を並べて手で渡して、荷車は三番の前まで入れてもらえれば」
「荷車は三番の前まで入らん。路地が狭い」
親方は即座に言い、それから中庭の角を顎で指した。
「荷車は角で止める。角まで手押し車を二台で回せ。そのほうが早い」
路地の幅までは見ていなかった。毎日ここで荷を出している人の目には、俺の案のどこが通らないかがすぐ見える。
「それでお願いします」
門のほうで車輪の音がして、革屋の荷車が中庭へ入ってきた。
そこからは長い話はしなかった。
「木箱、上から。次」
「隣の棚、下の段から」
運び手たちが木箱を手から手へ送ってくる。最後の一人から俺が受け取り、隣の棚の下の段から順に置いていく。置くたびに次の段を声に出した。腕が重くなり、汗が目に入る。それでも声だけは止めなかった。俺の手がふさがっている時は、次の木箱を持った運び手がその声を聞いて空いた段へ置く。声が遅れれば、木箱を抱えたまま棚の前で立ち止まらせることになる。
袋の前に一列の道があくと、アイリが戸口に立って札を読んだ。
「十一番。十二番。十三番」
読まれた袋が手押し車に積まれ、中庭の角へ走る。角では親方が荷車の荷台を叩いて、積む位置を指していた。
昼の鐘が鳴りはじめた時、アイリが最後の札を読んだ。
「二十番。二十袋、全部です」
最後の手押し車が角に着き、袋が荷台に上がった。御者が手綱を鳴らし、荷車が門を出ていった。
中庭に運び手たちの大きな息が重なった。俺は小屋の柱に背中をつけて、息が戻るまで腕を下ろしたまま動けなかった。
木箱を元の順に戻し終えてから、親方が俺たちの前に来た。
「雨の板まで見に行くとはな」
それだけ言って、運び手たちのほうへ振り返った。
「次に台帳と荷が合わなくなったら、この二人に頼めばいい」
背の高い運び手が笑って、俺の背中を叩いた。
俺は横を見た。アイリはまだ戸口に立ったまま、手元の紙を見ていた。
「アイリ、ありがとな。札を全部読んでくれて」
返事が、一拍遅れた。
「……はい」
アイリは紙を胸の前で持ち直した。
「読んだ札の数と、荷車に載った袋の数が、同じでした」
*
夕方、ギルドの受付でエルマさんが今日の分を数えてくれた。日当から手数料と前貸しの返済が引かれ、残りが俺たちの手に乗る。四日分を合わせると、手元は銅貨二百五十二枚になった。返済の控えには前貸しの残りが少し減った数が書いてあるらしい。
大金ではない。宿と食事の札が切れたら、すぐに減っていく額だ。それでも袋の重さを手のひらで確かめると、口の端が勝手に上がった。
「親方さんから、評価は良好と来ています」
エルマさんが控えを見せてくれた。字は読めなかったが、アイリが指でなぞった欄に短い一行が書き込まれていた。
宿へ戻る道は夕日で赤かった。俺は同じ話を二度した。
「あの雨の板な。あれ、柱に掛かってなかったら分からなかったぞ」
「はい。それと、マスターが次の段を言うと、運び手さんたちは棚を見ないで置いていました」
「見ないで?」
「最初の何回かは見ていました。途中からは、声のほうだけ向いていました」
「そこまで見てたのかよ」
話すたびにアイリが俺の見ていなかったところを足す。俺も運び手の手が止まった瞬間や、親方が荷台を叩いた音を足す。同じ昼のことを、二人で何度も組み立て直した。
「今度は外でもやってみたいな」と俺は言った。「倉庫の中だけじゃなくて、外の仕事でも、二人で」
「賛成です。外の仕事なら、私が見るものも増えます」
アイリは少し歩いてから、もう一つ足した。
「今日、荷車が門を出た時、私の読んだ札がみんな荷台の上にありました。あれを、また見たいです」
宿の部屋でアイリは今日使った紙を寝台の上に広げた。札を読んだ順に番号が並び、二十のところに線が一本引いてある。
「これは取っておいてもいいですか」
「いいだろ。親方に渡す控えは別に書いたし」
アイリは紙を丁寧に二つに折り、自分の荷物の一番上にしまった。
次の朝、ギルドへ向かう途中で通りの屋台から甘い匂いがした。
蜂蜜を塗った薄い焼き菓子だった。食堂で初めて芋を食べた時の、アイリの次の一口の早さを思い出した。
「二つください」
一つを渡すと、アイリは両手で受け取って、端から少しずつかじった。
「甘いです。焼いたところが少し固いです」
それ以上は言わなかった。ただ、最後のひとかけらまでずいぶん時間をかけて食べていた。
掲示板の前でアイリがFの欄を読み上げていく。
「街の外の、指定採取区での薬草の採取。採ったあとの乾燥と仕分けまで。四日間です」
「それにしよう」
「乾かすところは、まだ見たことがありません」
アイリは票の下の行を指でなぞった。採るのは前にもやった。乾かして分けるのは二人とも初めてだ。籠の中身を一本ずつ確かめるところまでは、倉庫で覚えたやり方がたぶん使える。
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