追う側になる
次の日の朝、ハーゲンさんは現地隊の三人を連れて高地側の街道を上った。俺たち四人も一緒だった。
門を出てしばらく上ると、道の脇に石積みの小屋が一つある。高地側の街道の番小屋で、ここからは現地隊がこの小屋を拠点にすることになっていた。小屋の前で荷車の御者だった男の人が待っていた。手に布を巻いていて、俺たちを見ると黙って頭を下げた。
襲われた場所は番小屋からさらに一刻ほど上った所だった。左が雪の斜面で、右に細い林が続いている。風はなく、吐いた息がいつまでも顔の前に残った。
雪の上に荷車の轍が途中で乱れて残っていた。その先で轍は道を外れ、林の手前で止まっていた。倒れた馬を引いて運んだ跡が二本の太い筋になって街道の脇へ続いている。雪に黒い染みがいくつも凍りついていた。
ハーゲンさんが斜面の下にしゃがんだ。アイリもその隣にしゃがんで、足跡の縁に顔を近づけた。
「跡の列がいくつもあります」とアイリが言った。「どれも斜面から同じ向きへ下りてきています」
ハーゲンさんは何も言わずにうなずいた。アイリは帳面に跡の列を一本ずつ書き込んでいった。集落で教わった見方をもう自分の手でやっていた。
御者の人は轍の横に立って、斜面を見上げていた。
「一度に来た。気がついたら、もう馬の周りにいた」
「跡と合います」とアイリが小さく言った。
「斜面に何か見えましたか」と俺は聞いた。
「一頭、上のほうに立ってた。降りてこないで、ずっとこっちを見てた」
「その一頭の耳は」
「耳までは分からん。遠かった。立ってたのは確かだ」
アイリが帳面に書く。見た、斜面の上に一頭。分からない、耳。
「それと」御者の人が布を巻いた手を握った。「馬に食いついた奴だ。脇腹の毛が黒く焦げてた。すぐ目の前だったから、それは見た」
ハーゲンさんが顔を上げた。
*
午後、番小屋の炉に火を入れた。
石の壁は厚く、中は狭かった。壁際に槍が立てかけてあり、炉の上で鍋の湯が鳴っていた。現地隊の三人は外で薪を割っている。
ハーゲンさんが革袋を卓に置いた。集落の守りの六日分と防衛戦の二頭の分け前だった。俺とアイリの分は八百。リナとセレスさんもそれぞれ自分の分を受け取った。
それからアイリが帳面を卓に広げた。
「並べます」
アイリは一行ずつ指でたどった。
「街道では三頭と、離れた斜面に耳の欠けた一頭。柵の角では六頭と、後ろに耳の欠けた一頭。脇腹の焦げた一頭も見ました。今日は御者の人の話で、一度に来て、斜面に離れて立つ一頭。それに、脇腹の焦げた一頭」
炉の火がはぜた。
「同じ群れなのかもしれない」と俺は言った。「柵で追い払われて、こっちで馬を取った。それから、まとまって来た時は毎回、離れて立つ一頭がいた。街道でも、柵の角でも、今日も」
ハーゲンさんは黙って聞いていた。
「今日の一頭の耳は分かりません。でも、もし同じ一頭だとしたら、あの一頭がまとめてるのかもしれません。群れを先導してるような」
「先導している一頭、か」
ハーゲンさんは炉の火を見たまま、しばらく動かなかった。
「雪が早くて、腹をすかせてるのも本当だろう」と言った。「だが、それだけで片付けるのはやめる。離れて立つ一頭は、確かめる値打ちがある」
「数も数え直します」とアイリが言った。「柵で見えていたのは七です。二頭を討ちました。今日の跡の列は六、重なっている所があるので七かもしれません。それに斜面の一頭」
「柵の時より多いな」とリナが言った。
「あの晩、見えていない奴がいたんだろう」ハーゲンさんが言った。「七か、八か」
俺は記録票の端にその数と「先導している一頭(今日の一頭の耳は未確認)」と書いた。
*
日が傾くと番小屋の中はすぐに暗くなった。
あの一頭を追えばいい。俺はそう考えていた。炉の周りで、それを先に口にする人はいなかった。
「追う方に、現地隊から何人か出してもらえれば」
俺がそう言いかけると、ハーゲンさんは首を振った。
「八人で、集落一つと街道二本だ。守りの交代は今でもぎりぎりで回してる。一日の巡回なら、交代の中から出せる。だが何日も山に人を出せば、どこかの夜が空く」
責める声ではなかった。ハーゲンさんは炉に薪を一本足して、その火が回るのを待ってから続けた。
「追うのが正しいのは分かる。だが、俺は集落を空けられん」
俺は口を閉じた。
人を出してもらえれば、と言った時、俺は追う側の人数ばかり考えていた。現地隊の誰かが山へ行けば、その分だけ集落の柵の前に立つ人が減る。残って守る人のことは、頭になかった。
炉の向こうでリナがこっちを見ていた。
しばらく誰も何も言わなかった。俺は薪を一本取って、炉にくべた。
*
夜、四人で番小屋の外に出た。
雪の上の空は街の中で見るよりずっと深かった。星が数えきれないほど出ていて、息が白く上っていった。高地の稜線が星の下に黒く沈んでいる。
「リートブルクに着いた日に、思ったんだ」と俺は言った。「俺たちなら、もう少し先へ行けるんじゃないかって」
三人とも黙って聞いていた。
「あの一頭を、追ってみたい。現地隊が守りを持って、俺たちが追う」
「兄さん、それ、怖くないのか」とリナが言った。
「怖い」
言ってから自分の声が思ったより落ち着いていることに気づいた。
「でも、やってみたい」
リナが笑った。白い息が短く散った。
「私も行きます」とアイリが言った。「街道でも柵の角でも、私の言ったことは役に立ちました。今度は追う方でも、私の見立てを四人で使ってほしいです」
セレスさんは稜線の方を見ていた。
「私も行きます。風が要ると思います」それから少しだけ声を落とした。「それに、高地の方へ行けば、あの柱の立つ場所にも少し近いので」
四人で番小屋へ戻った。ハーゲンさんは炉の前で槍の穂先を布で拭いていた。
「ハーゲンさん。あの一頭は、俺たちが追います」
そう言った時、横に並んだ三人はもう俺と同じ方を向いていた。
「あの一頭がどこへ行って、群れがどう動くのかを確かめて持ち帰ります。現地隊には群れの抑えと、この番小屋をお願いしたいんです。戻る場所があれば、追えます」
ハーゲンさんは布を置いた。四人の顔を順に見て、長い間何も言わなかった。
「見つけたら離れろ。やり合うのは、下がる時だけだ。討つのは戻ってから一緒に考える」
「はい」
「戻りは六日後のうちだ。ここへ」
俺はうなずいた。
「この道の先に、猟師の小屋がある。怪我をしたら、その日のうちにそこまで下がれ。ユルゲンを四日後の昼にあの小屋へ回す。そこで話を聞かせろ」
俺は記録票に一行で書いた。見つけたら離れる。戻り、六日後のうちに番小屋。怪我はその日に猟師の小屋。四日後の昼、猟師の小屋でユルゲンさん。
ハーゲンさんはまた布を取って、穂先を拭き始めた。
「悠真。明日の昼に出ろ。支度は朝のうちにな」
*
朝のうちに四人でリートブルクへ下りた。
市の大屋根の下の長椅子で、アイリが帳面に持ち物の表を書いた。干し肉、黒いパン、塩、毛布、火口、油、替えの靴下、包帯。
「干し肉は倍だな」とリナが言った。
「表の量で六日分あります」
「倍だ。寒いと腹が減る」
セレスさんは表の下に小さく二つ書き足していた。測る棒と、予備の手帳。
「それは要るんですか」と俺が聞くと、セレスさんは少し考えてから「要ります」と言った。それ以上の説明はなかった。
「替えの靴下は、一人三足」と俺は言った。
「二足で足ります」とアイリが言った。「洗って乾かせば回ります」
「雪の中じゃ乾かないんだ」
ここは譲らなかった。街道の帰りに濡れた膝がどれだけ冷たかったか、まだ覚えている。アイリは少し間を置いて、表の数字を三に直した。
「兄さん、靴下には厳しいな」とリナが笑った。
市の大屋根の下を通って、テオさんの店に寄った。テオさんは一昨日と同じ所で冬市の包みの横に座っていた。
昨日の番小屋でのことを短く話すと、テオさんは顔を上げた。
「追うのか」
「はい。今日の昼に出ます」
油を小さな壺で二つ、火口を一包み、厚手の靴下を買った。テオさんは今回も値段を一つも下げなかった。そのかわり、包みを渡す時に靴下をもう一足、黙って上に載せた。
「数は合ってるか」とテオさんが言った。アイリが包みを数え直して何か言いかけて、やめた。
テオさんは店先の手袋の並びを直しながら言った。
「道が開いたら、あんたらの名前を高地の町で言っとく」
それ以上は何も言わなかった。冬市のことも、頼むとも言わなかった。
昼前に番小屋へ戻ると、ハーゲンさんが外で待っていた。四人の背負い袋を一つずつ見て、うなずいた。
俺たちは高地側の街道をさらに上へ歩き出した。
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