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異世界転生した俺のチートはAIでした。なお、たまに嘘をつきます。  作者: 白川 透


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28/33

勝ったはずだった

日が傾きかけたころ、柵の上の見張りが声を上げた。

「灰色の背、いくつもだ。林の縁」

集落の東は雪の野で、その先に林が黒く続いている。林の縁に灰色の背が並んでいた。一つ、二つではなかった。

風は集落から野のほうへゆるく流れていた。

集落の中が急に慌ただしくなった。女の人たちが子どもを家の中へ呼び入れて、戸を閉める音があちこちで続いた。家畜小屋の持ち主の孫が窓から顔を出して、すぐに引っ込められた。見張りの声も、戸の音も、柵の内側を走る足音も、林の縁まで届いていたはずだった。灰色の背は一つも下がらなかった。

ハーゲンさんが柵の内側を歩きながら配置を言っていった。

「正面は俺たちが持つ。ベルクハイムの、家畜小屋の角を頼む。二人は反対側だ。角笛が三つ鳴ったら、井戸の前」

家畜小屋の角は、昨日一頭が寄ってきた所だった。柵がそこで折れていて、角の外は小屋の裏の雪原につながっている。リナが柵の切れ目の前に立ち、俺はその右で小屋の板壁から一歩離れて立った。セレスさんは俺の斜め後ろの軒下に入った所にいる。アイリは同じ軒下に置いた樽の上に膝をついて、柵の外を見た。

現地隊が柵に沿って鉄鍋を並べていった。中には油が入っている。鍋と鍋の間に松明が立てられた。俺たちの角の前にも鍋が一つ置かれた。火を入れるのは現地隊の役で、ユルゲンさんが松明を一本持って鍋の横にしゃがんだ。

「セレスさんは、火は」と俺は小声で聞いた。

「油のそばでは使いません」セレスさんは鍋から目を離さずに言った。「風だけです」

リナは盾の革紐を一度締め直して、剣の柄に手を置いた。それきり動かなかった。

俺は新しい手袋の中で指を曲げては伸ばした。革はまだ硬くて、指を曲げるたびに少しきしんだ。足もとの雪を靴の裏で確かめる。半歩下がる所まで二度踏んでみた。板壁の前は昼のうちに人が行き来して、踏み固められていた。

アイリが樽の上から言った。

「こちらへ向かっているのは六頭です。四頭が正面へ、二頭がこちらの角へ。その後ろに、もう一頭。離れて立っています。左の耳の先が欠けています」

あの一頭だった。

林の縁の灰色が、一度に動いた。


*


ハーゲンさんの声がして、鉄鍋に次々と火が入った。

油の火は薪の火と違った。低く粘るように燃えて、黒い煙を上げる。煙は風に乗って柵の外へ流れた。顔に熱が当たって、焦げた油の匂いが喉に刺さった。目がしみて、涙がにじんだ。

正面の柵へ向かった一頭が、鍋と鍋の間の切れ目へ回り込もうとした。火の脇をすり抜けようとして、脇腹が炎をかすめた。獣が甲高い声を上げて跳ね、雪の上を転がるように下がった。脇腹の毛が黒く縮れているのが、火の明かりで見えた。少し先でも同じ声が二つ上がった。

こっちの角へ二頭が来た。

一頭がリナの盾にまっすぐぶつかった。リナは一歩も下がらずに受けて、盾ごと押し返した。獣が雪に脚を取られて横を向く。

リナが踏み込んだ。

盾を半分ずらしたまま、剣を低く振った。剣が獣の首の付け根に入った。獣は一度だけ脚を蹴って、動かなくなった。

もう一頭が俺の前へ来た。

低い。速い。剣を前に出して牙を受けた。重さが腕から肩へ抜ける。教わったとおりに半歩下がった。

足が残った。

踏み固めた雪が靴の裏を押し返してくる。膝は落ちなかった。

獣が身を沈めた。もう一度来る。

分かっていたのに、腕がまだ一度目の重さから戻っていなかった。剣先が下がっている。上げなければ、と思うのに、肩が言うことを聞かない。

その時、リナが向き直った。盾の縁がこちらを向くのが目の端に見えた。斜め後ろでセレスさんの手が動いた。短い風が鍋の上を払って、黒い煙を獣の鼻先へ押し寄せた。

獣は顔を振った。沈めた体を起こして、二度目を出さずに下がった。

「下がった」とアイリが言った。「脇腹の焦げた一頭も、火の側から離れました」

正面で短い叫び声と、槍が何かに当たる重い音がした。ハーゲンさんの声が一つ、それに続いた。現地隊が一頭を倒したらしかった。

灰色の背が林の方へ退き始めた。

リナは柵の切れ目から、それ以上踏み出さなかった。盾を構えたまま、退いていく背中を見ていた。正面からも、ハーゲンさんの「追うな」という声が聞こえた。

俺は剣を構えたまま、しばらく動けなかった。息を吸うと焦げた油の匂いがまだ喉の奥に残っていた。


*


群れの後ろに離れて立っていた耳の欠けた一頭が、最後に向きを変えた。林へではなかった。林の北の、雪の斜面のほうへ。斜面を上がって、尾根の方へ消えた。

「尾根の方角です」アイリが帳面に書いた。「耳の欠けた一頭。群れの最後に、北の斜面を上がりました」

油の火がまだ鍋の中でくすぶっていた。

ハーゲンさんが柵の内側を歩いてきて、俺たちの角の前で止まった。リナが倒した一頭を見下ろし、それから柵の外の雪を見た。

「勝った」

短い声だった。正面のほうから歓声が返ってきた。家の戸が一つ、また一つ開いて、集落の人たちが顔を出した。

俺は剣を鞘に戻した。柄から手を離そうとして、指がなかなか開かなかった。新しい手袋の革が、握った形のまま固まっていた。

リナが盾を下ろして、こっちを見た。

「兄さん。足、残ってたな」

「……見てたのか」

「目の端で」

リナはそれだけ言って、倒れた獣のそばにしゃがんだ。


*


その夜、集落の食堂は人でいっぱいだった。

集落の人たちがありったけの料理を出してくれた。羊の煮込み、焼いた根菜、黒いパン、塩をした豚の脂身を薄く切ったもの。家畜小屋の持ち主の男の人も来ていて、孫が卓の間を走り回っていた。

誰もがよく食べて、よく笑った。

ユルゲンさんが杯を持って立ち上がった。

「この前の晩のことを言っておく。ハーゲンさんとベルクハイムのリナが腸詰めの話を始めてな。ほかの三人は黙って煮込みを食ってた。俺は向かいで、笑いをこらえるのに腹が痛かった」

卓のあちこちで笑いが起きた。

「腸詰めは大事な話だ」とリナが言った。

「記録では」とアイリが帳面を開いた。「煮込みが冷めるまで続きました」

アイリは帳面を閉じて、少し得意そうに見えた。

「あの晩、俺は話題が一つも浮かばなかった」と俺は言った。「今日なら一つある」

「なんだ」

「門の脇の店。次の休みに、ユルゲンさんも来ますか」

ユルゲンさんが口を開けたまま止まった。

「結局、その話か」

卓のあちこちで、また笑いが起きた。ハーゲンさんも声は出さずに肩を揺らしていた。笑い声の中でリナだけが「兄さん、それ、あたしの店」と、まじめな顔で言っていた。

アイリは俺の隣で焼いた根菜を少しずつ食べていた。笑い声が上がるたびに顔を上げて卓を見回した。セレスさんは集落の女の人の隣に座って、黒いパンの焼き方を聞きながら、手帳に細かく書きつけていた。

夜が更けて皿が空になり始めたころ、ハーゲンさんが自分の杯を持ったまま卓を回ってきて、俺の向かいに腰を下ろした。

「角は、持ったな」

「はい」

「悠真、だったな」

初めて名前で呼ばれた。少し遅れて、俺はうなずいた。

「はい。悠真です」

ハーゲンさんはそれ以上は何も言わずに俺の杯に湯を足して自分の席へ戻っていった。

杯を持ったまま、角での一瞬を思い出していた。始まる前に足もとの雪を確かめて、牙が来た時には慌てずに受けて、半歩下がった所で足が残った。一度目を受けて下がるところまでなら、街道でもできていた。崩れたのは二度目で、今日の二度目はリナとセレスさんが払ってくれたものだった。

二度目は、まだ俺のものになっていない。それでも一度目までは、今日は自分で足場から作って受けられた。

杯の湯は熱かった。卓の向こうでリナがまた門の脇の店の話を始めていた。今度はユルゲンさんも身を乗り出して聞いていた。


*


次の日は、集落の周りも、巡回した街道も静かだった。足跡はあったが、どれも林の方へ戻っていく古いものばかりだった。羊は柵の中でいつもどおり身を寄せ合っていた。

その次の日の昼、リートブルクのギルドに知らせが入った。

高地側の街道で荷車が灰背に襲われた。人は逃げたが、馬が二頭殺された。都市は高地側の街道を閉じることに決めた。

知らせを聞いた時、ハーゲンさんはギルドの窓口の前にいた。しばらく何も言わなかった。窓口の脇の「街道の届け」の箱に、受付の人が新しい紙を一枚入れた。

「二日前に、あれだけ追い払った」とハーゲンさんがやっと言った。「同じ群れなら、話が違う」

「同じ群れですか」と俺は聞いた。

「分からん。まだ分からん」

ハーゲンさんはそれだけ言って、窓口の受付と話し始めた。声は低いままだった。

ギルドを出て、四人で市の大屋根の下を通った。テオさんの店に寄るとテオさんは店の奥で冬市に持っていく包みを数えていた。干し肉の束と、蜂蜜の壺と、毛布の包み。

「聞いたか」とテオさんが言った。「高地側の道、閉じたってな」

「はい」

「冬市まで、まだ十日以上ある」

テオさんは笑った。

「道が開けば間に合う。開かなきゃ、来年だ。商売なんて、そんなもんだ」

そう言いながら、テオさんの目は包みの山から離れなかった。蜂蜜の壺の数をもう一度指で数えていた。

リナが店先の手袋を一つ手に取って、また戻した。セレスさんは何も言わずに蜂蜜の壺の並びを見ていた。

店を出ると市の大屋根の端から高地の方が見えた。雪の稜線が夕方の光で白く光っていた。

あの夜、尾根の方へ消えた一頭のことを思い出した。群れの最後に一頭だけ、林ではなく斜面のほうへ上がっていった背中を。

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