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異世界転生した俺のチートはAIでした。なお、たまに嘘をつきます。  作者: 白川 透


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知らない街の休日

倉を出る前にテオさんが宿を三つ教えてくれていた。門に近い宿と、市の裏の宿と、ギルドの並びの宿。通りを一回りして、三つとも店先の札を見た。

市の裏の宿の前でアイリが立ち止まった。

「ここがいいと思います。一泊の値段は三つの中で真ん中です。戸口に鍵が二つあって、夜は表の戸を閉めるそうです。ギルドまでは通り一本です」

さっき宿の人に聞いていたのは、それだったらしい。理屈は通っていた。

「食事は」とリナが言った。

「夕食付きです」

「中身は」

「……聞いていません」

リナは宿の戸を開けて、首だけ中へ入れた。すぐに戻ってきた。

「煮込みの匂いがする。肉が入ってる。いい」

「窓からは、何が見えますか」とセレスさんが聞いた。

「部屋の窓、ですか」

「はい。山の方が見えると、うれしいのですが」

アイリは宿の壁を見上げた。窓は通り側に並んでいて、向かいは市の大屋根の裏だった。

三人がこっちを見た。俺の番らしかった。

「風呂」

「風呂ですか」とアイリが聞き返した。

「三日歩いたんだ。湯に浸かりたい」

自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。

アイリが宿の人に聞きに行って、戻ってきた。

「裏に湯場があります。夕方から使えるそうです」

「決まりだ」

「決まりだな」とリナも言った。

セレスさんは向かいの大屋根を見上げた。

「屋根も、いい屋根です」

それから、屋根の上のもっと高い空のほうを一度だけ見た。

湯は熱かった。肩まで浸かると、膝に残っていた冷たさがやっと抜けていった。

夕食の煮込みには、リナの言ったとおり肉が入っていた。リナは何も言わずに、匙で肉を一切れすくって見せた。

アイリは帳面を開いて、宿の欄に一行足した。

「次からは、夕食の中身も聞きます」

「匂いでいいだろ」

「私には、戸の外から肉かどうかまでは分かりません」

セレスさんが笑って、パンをちぎった。窓の外は暗く、大屋根の裏に積もった雪だけが白かった。


*


翌朝、リートブルクのギルドへ行った。

石畳の雪は夜のうちに誰かが掃いたらしく、通りの両側に低い壁になって寄せてあった。行き交う人は、みんな首をすくめて早足だった。

ベルクハイムのギルドより一回り小さかった。掲示板は一枚で、窓口も一つ。奥の炉に薪がくべてあって、戸口から入ると顔だけが先に温まった。

受付の人にテオさんの受け取りの札を見せると精算はすぐに済んだ。二人で銅貨四百二十枚分、銀貨四枚と銅貨二十枚。

それから、街道で見たことを話した。

「都市の手前の、斜面と林の間です。灰色の獣が三頭、右の林から来ました。風下からです。狙いは馬でした。三頭とも退いて、討ってはいません」

話しながら、自分の声が落ち着いているのに気づいた。

「それと、斜面の中ほどにもう一頭いました。近づいてはきませんでした」

アイリが報告の紙に一行足した。見えた頭数は四。斜面の一頭は離れて立っていただけで、左耳の先の欠けはアイリだけが見た。

受付の人はうなずいた。

「灰背ですね。灰色の背の狼で、灰背狼。この辺りでは、灰背と呼んでいます」

冬に入ってから、高地のほうから街道へ下りてきているという。狙われるのは馬で、都市の警備は街の中で手一杯なのだと、受付の人は言った。

「耳の欠けた一頭のことは、何か」

「いえ。そういう話は、聞いていません」

受付の人は報告の紙を、窓口の脇の箱に入れた。箱の縁には「街道の届け」と書いた札が下がっていて、中にはもう何枚も紙が重なっていた。

ギルドを出るとリナが言った。

「あの箱、けっこう入ってたな」

誰も返さなかった。群れの話は、まだ俺たちの仕事ではなかった。


*


市の大屋根の下は外より少し暖かかった。

太い柱が何本も屋根を支えていて、その間に店が並んでいる。炭火の匂いと、焼いた脂の匂いと、乾いた草の匂いが混ざっていた。どこかで升を鳴らす音がして、計り売りの声が続いた。

リナは腸詰めを焼く屋台の前で止まった。セレスさんは古い道具と本を並べた台の前にしゃがみこんだ。アイリは豆と穀物を升で計り売りする店で、升の内側の線をじっと見ていた。

俺は手袋が並んだ店の前で止まっていた。

顔を上げると四人とも別々の店の前にいた。リナが屋台の前から腸詰めの串を振ってみせた。

「おう」

手袋の店の奥から声がした。テオさんだった。

「ベルクハイムの値と比べに来たか」

店の中のテオさんは、御者台にいた時より少し背筋が伸びていた。客が来るたびに、先に相手の手を見る。

「買いに来たんです」

俺は自分の手袋を外した。親指の付け根は秋にリナが縫ってくれた所で、人差し指の脇は自分で縫った。どちらの縫い目もまだ持っている。それでも雪の道を三日歩いたら、指先の革の薄くなった所から水がしみた。

テオさんは俺の手袋をちらりと見て、棚から一つ取った。宿場で見せてくれた見本と同じ型だった。

いつの間にか、隣にアイリが来ていた。

「失礼します」

アイリは手袋を手に取って、縫い目を指でたどった。

「縫い目は外側で、一目の幅がそろっています。指の股には革が一枚足してあります。手のひらの革は甲より少し厚いです。剣の柄が当たる所なので、合っています」

聞いているうちに、俺はもうこれを買う気になっていた。

「褒めても下げないぞ」とテオさんが先に言った。

「褒めてはいません。見たとおりを言いました」

テオさんが声を出して笑った。

「そこまで見る客は初めてだ」

テオさんは手袋を俺の手に乗せた。

「三十だ」

「宿場で聞いたとおりです」とアイリが言った。

俺は銅貨を三十枚数えて台に置いた。

新しい手袋は少し硬くて、指を曲げると革がきしんだ。古い手袋は畳んで荷物の底に入れた。捨てる気にはならなかった。

リナが腸詰めの串を二本持って戻ってきた。一本を俺に差し出してから、新しい手袋を見た。

「硬いな。そのうち手になじむ」

アイリは計り売りの店へ戻って、升をもう一度のぞきこんでいた。

「店の人に聞きました。ベルクハイムの升より、一杯が少し小さいそうです」

「じゃあ高いのか」とリナが腸詰めをかじりながら聞いた。

「一杯の値段も少し安いので、だいたい同じです」

「なら、どっちでもいいな」

「はい。どっちでもいいことが分かりました」

セレスさんは本の台の前から、まだ立ち上がっていなかった。行ってみると、表紙の角がすり切れた古い本を二冊、左右の手に持って見比べていた。

「どちらにするんですか」

「……欲しいのは、両方です」セレスさんは二冊を見下ろした。「でも今日は、買いません」

セレスさんは二冊を台に戻して、題だけを手帳に書き写した。


*


次の日は四人で街を歩いた。

リートブルクの通りはどこも少し坂になっていた。低い家の軒からつららが下がって、日の当たる側だけ先から水が落ちている。パン屋の窓は湯気で曇っていた。リナがその前で足をゆるめて、アイリが店先の札を帳面に書いた。ベルクハイムで見た値段と並べるつもりらしかった。

武器屋の前では、リナが窓の中の盾をしばらく見ていた。

「買うのか」

「のぞくだけ」

秋にも聞いた答えだった。リナは窓から離れると、何も言わずに先を歩き出した。

昼過ぎ、市の外れまで来ると建物が途切れて、高地の方が見えた。

低い山がいくつも重なって、稜線の雪が白く光っていた。リナとアイリは近くの店で干した果物を一袋ずつ買うか二人で一袋にするかを話していた。

セレスさんだけが、山の方を向いて立ち止まっていた。

俺もその隣で止まった。

「何か見えますか」

セレスさんは少し間を置いた。

「今は、何も」

それから、山の方を見たまま言った。

「あの高地では冬に、ほんの短い間だけ、光の柱が立つことがあるんです」

「光の柱」

「はい」

セレスさんの吐く息が白く流れた。

「見られたらいいな、と思っていて」

それ以上は言わなかった。

どうして、とは聞かなかった。セレスさんの声は、研究の話をする時よりずっと小さかった。今は続きを急かすより、隣で同じ方を見ていたかった。

稜線の上に薄い雲が一筋かかっていた。どこに柱が立つのか、俺には見当もつかなかった。それでもしばらく、二人で同じ方を見ていた。

「行きましょうか」とセレスさんが言った。「リナさんたちの袋が、決まったみたいです」

振り返ると、リナが干した果物の袋を一つ掲げていた。二人で一袋にしたらしい。袋の口はアイリが押さえていた。

宿の窓から見えるのは市の大屋根の裏だけだった。


*


夕方、ギルドの掲示板の前に人が集まっていた。

真ん中に新しい紙が一枚貼ってあった。灰背狼の対策の現地隊、募集。巡回と集落の防衛。指揮、C、ハーゲン。

前にいた冒険者の一人が、隣の男に言っていた。

「ハーゲンの隊か。あの人は冬になるたび、集落の守りだ。あそこは飯もいいぞ」

リナがそっちを見た。それから、人の肩越しに条件を読んだ。

「日当あり。巡回と、集落の守り。指揮はハーゲン」

「知ってる人か」

「知らない。でも冬のたびに集落を守ってるなら、土地のことは分かってるはずだ」

アイリが紙の下のほうを指でなぞった。

「集落にいる間の食事は、集落持ちです。宿のことは書いてありません。討伐の報奨は日当とは別です」

「飯がいいってのは」とリナが言った。

「書いてありません」

「じゃあ、それも聞く」

四人で顔を見合わせた。

街道で見た三頭と、斜面の一頭。受付の脇の箱に重なっていた紙。

「明日、話を聞きに行こう」と俺は言った。

「受けるのは、聞いてからな」とリナが言った。

「うん」

アイリがうなずいた。セレスさんもうなずいてから、掲示板の向こうの窓を見た。窓の外は、高地の方角だった。

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