四人で受ける仕事
ギルドの掲示板の前にはリナとセレスさんが先に来ていた。
昨日の雪は通りの端に寄せられて、戸口の石段だけが黒く濡れていた。リナは腕を組んで依頼票を見上げていて、セレスさんは手袋の指で紙の端を一枚ずつ持ち上げていた。
「遅い」とリナが言った。
「鐘はまだ鳴ってないだろ」
「あたしたちは鳴る前に来た」
四人で掲示板の前に並んだ。冬の依頼票は街の中の仕事が多かった。倉の雪下ろし、薪の運び込み、井戸が凍っていないかの見回り。Dになって初めて四人で選ぶ仕事なのに、俺の目はつい、街の外の地名が書いてある紙を探していた。
窓口からエルマさんが手招きした。
「四人でしたら、これはいかがでしょう」
差し出されたのは荷馬車一台の護衛の依頼票だった。行き先はリートブルク。
「依頼主の方がちょうどいらしています」
窓口の端で厚い外套の男が帳面に何か書き付けていた。三十を少し過ぎたくらいで、鼻の頭が寒さで赤い。男は顔を上げると俺たちの人数を指で数えた。
「四人か。助かる。テオだ。行商をやってる」
荷は冬用品だという。毛布、厚手の靴下、手袋、繕い物の布。リートブルクの取引先に引き渡したら、そこで護衛は終わり。
「俺はその先、高地側の町の冬市まで行く。三週間ほど先だ。そっちはあんたらの仕事じゃない」
アイリが依頼票を手元に引き寄せて、指で三か所を順に押さえた。引き渡しの場所、護衛の終わる所、精算の場所。それから俺の顔を見た。俺がうなずくと、アイリは依頼票を卓に戻した。
リナはテオさんに道のことを聞いた。
「宿場はいくつ」
「二つだ。三日目の夕方に着く」
「道が狭くなる所は」
「都市の手前で斜面と林の間を通る。そこくらいだな」
「リートブルク」とセレスさんが小さく繰り返した。
「行ったことあるんですか」
「いいえ」
セレスさんはそれだけ答えて、依頼票の地名をもう一度見た。
「都市に近い区間で獣に襲われたという話も入っています」とエルマさんが言った。「まだ届けは少ないのですが」
リナが肩をすくめた。
「だから護衛を付けるんだろ」
「そういうこと」とテオさんが笑った。
三日の道と、知らない都市。依頼票の字を目で追うあいだ、胸の奥が少し浮いていた。
「受けよう」
誰も反対しなかった。
*
出発の朝、門の外の轍は凍っていた。
テオさんの荷馬車は二頭立てで、栗毛と葦毛が白い息を吐いていた。荷台には縄をかけた包みが積み上がっている。
歩き出してしばらくすると四人の場所は自然に決まった。リナが前で、俺が荷台の横。アイリは道標と轍を見ながら俺の少し後ろを歩き、セレスさんは荷台の後ろで、ときどき顔を上げて風を見た。誰も「ここに立て」とは言わなかった。秋の初めなら、俺が地図を広げて一人ずつ立つ場所を決めていたはずだ。
テオさんは御者台から、荷の話をよくした。
「この毛布は高地の羊だ。脂が残ってるから雪をはじく。靴下は二重編み。手袋は――」
「縫い目が外に出ていますね」とアイリが言った。
「そう。中で擦れない。分かる客は少ないんだ」
テオさんは機嫌よく手綱を揺らした。
昼は荷台の陰で風をよけて、干し肉をかじった。手袋を外すと、指先がすぐに赤くなる。セレスさんが空を見上げて、雲の流れが朝と逆になったと言った。
「で、寒くなるのか」とリナが聞いた。
「なります」
リナは黙って外套の襟を立てた。アイリは帳面に書きかけていた手を止めて、リナの襟を見てから、自分の襟も立てた。
午後、リナが道の先の轍にしゃがみこんだ。幅の違う跡が二本重なっていて、荷車が二台、先に通ったらしいと言った。
一つ目の宿場の夕食は豆と腸詰めの煮込みだった。道中の宿と食事はテオさん持ちだ。リナは二杯目を頼んでから、テオさんの顔を見た。テオさんは「護衛の腹が減ってちゃ困る」と言って、自分の椀を空けた。
食べ終わるころ、テオさんが見本の手袋を卓に出した。
「リートブルクではこれを銅貨三十枚で売る」
アイリが手袋を取って、縫い目を指でなぞった。
「ベルクハイムの古着屋では同じくらいの厚さの革の手袋が十八枚でした。市の新しい毛の手袋は二十四枚です」
「……よく覚えてるな」
「外套を探しに通った時に見ました」
秋に古着屋へ通ったのは俺の外套を選ぶためだった。アイリが手袋の値札まで見ていたとは知らなかった。
「でも、リートブルクではこの値だ。下げない」
「リートブルクの相場は、私は知りません。比べられるのはベルクハイムで見た値段だけです」
「なら、向こうで見て比べな」とテオさんは言った。「それでも下げないけどな」
アイリは手袋を卓に戻して、帳面に何か書いた。のぞくと、「テオさん手袋三十下げない」とあった。
二つ目の宿場で噂を聞いた。
食堂の隅でリートブルクから来たという荷運びが話していた。都市の手前の区間で、荷車が獣の群れに襲われた。狙われたのは馬で、人は逃げたが、馬が一頭やられたという。
「群れって、何頭」とリナが聞いた。
「見たやつは五、六と言ってた。俺は見てない」
アイリが帳面に一行書いた。都市の手前で群れ、馬を狙う。頭数は又聞き、日付は分からない。
食堂を出て厩へ回ると、テオさんが葦毛の脚を持ち上げて、蹄を一本ずつ見ていた。その横で、明日の並びを決めた。
「馬の側はあたし」とリナが言った。「兄さんは荷の側」
「分かった」
テオさんは蹄から目を上げずに、「頼む」とだけ言った。
*
三日目の昼過ぎ、道は斜面と林の間に入った。
左手には雪をかぶった斜面がゆるく上がっていて、右手には葉の落ちた木がまばらに立っていた。疎林の奥は昼でも少し暗い。風は左の斜面から吹き下ろして、頬の左側ばかりが冷えた。
葦毛が耳を伏せた。続いて栗毛が首を振った。
「どうした」とテオさんが手綱を詰めた。
「右です」とアイリが言った。「林の縁、倒れた木の向こう。灰色の背が一つ。こちらを向いています」
雪と木の幹の間で灰色のものが低く動いた。その少し手前にもう一つ。倒れた木の端にもう一つ。
「三頭。風下から来ています。馬を見ています」
リナが振り返った。
「止めて。荷馬車を背にする」
逃げ切れる速さではなかった。荷を積んだ二頭立てで、足もとは凍った轍だ。
テオさんが荷馬車を止めた。リナは馬の右前に出て、盾を構えた。俺は言われる前に荷台の横から馬の右脇へ移っていた。セレスさんが俺の後ろに付き、アイリは荷台の陰に体を半分隠した。荷台が壁になるのは、左の後ろだけだ。それでも、見えている三頭はみんな右の林の側にいる。守りはそっちへ寄せた。
「前の一頭、リナさんへ。真ん中の一頭、馬の前へ回ろうとしています。端の一頭、マスターの正面です」
灰色の獣は犬より大きかった。背の毛が硬く逆立って、長い脚が音もなく雪を踏む。剣の柄を握り直すと、手袋の中で指がこわばっているのが分かった。
最初に来たのは前の一頭だった。
リナが盾で受けた。鈍い音がして、リナは盾ごと体を前へ押し出した。獣が雪の上を数歩下がり、四本の脚を踏ん張り直す。
真ん中の一頭が馬の鼻先へ回り込んだ。葦毛がいなないて後ずさる。
セレスさんの手が横に払われた。短い風が足もとの雪を巻き上げて、白い煙になって獣の鼻先を打った。獣は顔を振って、横へそれた。
端の一頭が俺の前に来た。
低くて、速い。剣を前に出すのがやっとだった。牙が刃に当たる重さが腕に来る。教わったとおりに半歩下がった。受けた。下がれた。
そう思った時には、もう次が来ていた。
一度目の重さが腕から抜けないうちに、獣がもう一度跳んだ。剣を戻そうとして、踏み出した足が轍の縁に乗った。滑った。膝が雪に落ちて、体が横へ崩れた。
目の前に、灰色の顔があった。
盾の縁がその顔を横から押しのけた。
リナだった。前の一頭はまだ雪の上で脚を踏ん張り直していた。リナは盾ごと体を寄せて、俺の前の一頭を押し返した。獣が雪を蹴って下がる。
「立ちな」
その声で、雪に手をついて立ち上がった。手が震えて、剣先が揺れていた。
「マスター。雪を浴びた一頭が、もう一度馬の前へ。右からです」
俺は馬の脇へ戻った。葦毛の首の横に立って、剣を構えた。御者台でテオさんが手綱を短く握り直す。獣が馬の鼻先へ出てきて、俺の剣先の前で止まった。そこへリナの盾が横から入った。獣は体をひねって飛びのいた。
三頭はそれ以上は来なかった。
林の縁を行ったり来たりして、何度か近づきかけては、そのたびに盾か剣の前で止まった。やがて一頭ずつ、木の間へ退いていった。
リナは追わなかった。盾を構えたまま、最後の背が見えなくなるまで林の縁を見ていた。
吐いた息が白く長く伸びた。ずっと息を止めていたことに、その時気づいた。
「マスター」とアイリが低い声で言った。「斜面の中ほど。岩の横にもう一頭います」
左の斜面を見上げた。雪から突き出た岩のそばに灰色の獣が一頭立っていた。こちらを見たまま、動かない。
「左の耳の先が欠けています」
俺にはそこまでは見えなかった。
その一頭は向きを変えて、斜面の向こうへ消えた。
*
馬を落ち着かせるのにしばらくかかった。テオさんは葦毛の首を叩きながら、低い声で何か話しかけていた。
荷馬車がまた動き出しても、俺の手はまだ震えていた。剣を鞘に戻す時、刃が鞘の口に二度当たった。
「荷運びの言ってた群れか」とテオさんが言った。
「見えたのは三頭と、斜面の一頭です」とアイリが答えた。「同じ群れかどうかは、分かりません」
リナは俺の膝を見て、「宿に着いたら乾かしな」とだけ言った。
歩きながら、さっきのことを思い返した。リナが前の一頭を押し返して、セレスさんが雪を吹きつけて、アイリが向きを言った。リナが俺の前へ来て、俺は馬の脇へ戻った。誰がどこに立っていたかは、途中で何度も入れ替わった。
それでも、誰かが崩れた所には、すぐに別の誰かが入っていた。
膝が濡れて冷たかった。二度目で崩れたのは、俺だけだった。そこを思い出すと、口の中が少し苦くなった。
夕方、道が下りになって、リートブルクが見えた。
雪の野に低い石の建物がかたまっていた。どの屋根も低く、壁は灰色で、真ん中に大きな屋根が一つだけ長く伸びている。
「あれが市だ」とテオさんが言った。「屋根付きでな。冬も開いてる」
門をくぐって、テオさんの取引先の倉へ荷を運び込んだ。毛布と靴下と手袋の包みを、倉の男と数え合わせる。数が合ったところでテオさんが帳面に線を引いた。
「これで、護衛は終わりだ」
テオさんは四人を順に見た。
「あんたらで良かったよ」
それだけ言うと、テオさんは倉の男と値段の話を始めた。
倉を出ると日はもう建物の陰に落ちていた。
リナが先を歩いて、宿のありそうな通りを見回している。セレスさんは市の大屋根を見上げながらその後ろに続き、アイリは道の両側の看板を一枚ずつ見ていた。
三人の背中を見ながら、俺は思った。
俺たちなら、もう少し先へ行けるんじゃないか。
膝はまだ冷たかった。それでも、足は軽かった。
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