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異世界転生した俺のチートはAIでした。なお、たまに嘘をつきます。  作者: 白川 透


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次の仕事に着ていく服

 見回りの報告を出した次の日、四人で次の依頼を探しにギルドへ行った。掲示板の前に立つより先にエルマさんに呼び止められた。

「ハーゼルの穴の件です。領主府が冬の前にあの下を調べる隊を組むそうです」

 俺は思わずセレスさんを見た。セレスさんはもう知っている顔をしていた。

「術式の担当の候補として、私に声がかかっています。まだ打診だけですが」

「補助の冒険者を雇うかどうかは、文書庫の図面を調べてから決めるそうです」とエルマさんが言った。「日当も何人要るかも、まだ出ていません。今日はお知らせだけです」

「Eでも入れるのか」とリナが聞いた。

「それも、まだ決まっていません」

「行けるなら、四人で行きたいです」とセレスさんが言った。

 リナが俺の顔を見た。アイリも見た。

「条件が出てから決めよう」と俺は言った。

 口ではそう言ったが、頭の中ではもう日なたの霜を見ていた。穴の口から上がってきた冷たい風がまだ腕に残っている気がした。

 その週の仕事は東の通りの穀物倉の秋の検数だった。収穫の荷が次々に入ってくる時期で、倉の中は麦の粉っぽい匂いでいっぱいだった。

 俺が荷車から下ろす順を番人に頼み、アイリが台帳と袋の札を照らし合わせる。袋の数が合えば、俺が壁に印を付ける。前に倉庫で覚えた仕事が何も言わなくても流れていく。

 昼前、荷車の御者が袋を一つ下ろし忘れたまま出ていこうとした。アイリが台帳の行を指で押さえて「一袋足りません」と言った。番人が走って荷車を止め、荷台の隅から袋を一つ引きずり出した。

「数え直す手間が省けた」

 番人は袋を俺の前に置いて、少しだけ笑った。

「悠真さん、アイリさん。そっちの列が済んだら、奥も頼む」

 番人が初めて二人の名前を呼んだ。二日目の昼には冬に向けて袋をどこに寄せればいいかまで相談された。

 仕事を納めて支払いを受けて倉を出ると、戸口の脇にリナが立っていた。

「明日、休みだろ」

「休みだけど」

「朝、宿に行く。冬の外套、持ってないだろ。地下は冷えるって話だ」

 まだ行くとは決まっていない、と言いかけてやめた。行くなら要る。行かなくても冬は来る。


*


 次の朝、リナは本当に宿の戸口に立っていた。アイリはセレスさんの試験の準備を手伝いに、朝の鐘より前に出ていった。

 まず鍛冶屋で剣を研いでもらった。待っている間、店の前の長椅子に並んで座っていると、リナが俺の手元を見た。

「それ、ほつれてる」

 革の手袋の、親指の付け根の縫い目が一か所開いていた。剣を握る時にいつも擦れる所だ。

「貸しな」

 リナは腰の小袋から針と糸を出した。手袋を外して渡そうとしたら、「はめたままでいい。どこが擦れるか見たい」と言われた。

 仕方なく手を出した。リナは俺の手首を片手で押さえて、もう片方で針を通していく。思ったより近い。剣を研ぐ音が店の奥から聞こえていて、俺はそっちを見ているふりをした。

「動かすな」

「動かしてない」

「指が逃げてる」

 糸を歯で切って、リナは手首を離した。縫い目は細かくて、まっすぐだった。

 研ぎ上がった剣を受け取ると、刃の線が前よりまっすぐに見えた。鍛冶屋の親父は「研いだばかりの刃に、素手でさわるなよ」とだけ言って、次の客のほうを向いた。

 古着屋へ向かう途中で、リナが言った。

「前の冬、外套なしで見回りに出たことがある。昼はいいんだ。帰りに日が落ちると、濡れた服が背中に張りついて、指が言うこと聞かなくなる。剣も盾も持てない」

「それで買わせるのか」

「買わせるんじゃない。選ぶのを見てやるだけ」

 古着屋へ回った。新しいのは高いからと、リナは最初からこの店に決めていた。

 羊毛の外套が壁にいくつも掛かっていた。俺が一着を羽織ると、リナは裾を引っぱって丈を見た。

「両腕、前に出して。綱を引くみたいに」

 言われたとおりにすると、肩の縫い目がつっぱった。

「それは駄目。次の」

 三着目で腕を前に出しても肩が引っかからなくなった。裾は膝の少し上。歩いて足にまとわりつかない長さだった。

「それにしな」

 店主に銅貨百六十枚を払った。古着でも俺の持ち物の中では一番高い服になった。

 帰り道、リナは甘い匂いのする屋台を素通りして、塩をふった焼き豆を一袋買った。歩きながら食べて、俺にも袋を向けた。

「休みの日は何してるんだ」と俺は聞いた。

「昼まで寝る。それから、こういうのを食べながら歩く。武器屋をのぞく。のぞくだけ」

「買わないのか」

「買わない。のぞくだけ」

 リナは焼き豆をもう一つ口に放り込んだ。甘いものより、こっちが好きなのだろう。

 覚えておこうと思った。覚えておいて何に使うのかは自分でもよく分からなかった。


*


 夜、アイリが戻ってきた。椅子の背に掛けた俺の外套を見て、少しだけ足を止めた。

「今日の報告です。セレスさんと測る場所を三つ選びました。冷えた朝が来たら、一か所ずつ比べます」

「お疲れさま」

「それと、次の休みの予定を作りました」

 アイリは小さな紙を机に置いた。字の形はきれいにそろっている。

「七日後です。午前は古着屋で私の外套。昼は東の通りの屋台で、固い菓子。午後は空けてあります」

 俺は紙を見た。

「菓子は用事なのか」

「用事は外套です。菓子は、予定に入れたかったので入れました」

 言い方に迷いがなかった。そう言われると、こっちに言うことがない。

「午後は」

「空欄です」

 アイリは鉛筆を一本取って、俺のほうへ向けた。

「マスターの行きたい所を聞いて、一緒に埋めます」

 鉛筆を受け取ったが、すぐには何も浮かばなかった。休みの日に行きたい所。前の世界でも休みの日は寝ていた気がする。

 しばらく考えて、思い出した。

「市場の裏の荷さばき場。前に通りかかった時、昼を過ぎても荷車が次々に入ってくるのに、狭い場所で一台も詰まってなかった。どうやって回してるのか、一度ちゃんと見たかった」

「荷さばき場」

 アイリは俺の手から鉛筆を取り戻して、午後の欄に書いた。それから少しだけ考えて、横に小さく書き足した。

 のぞきこむと、「見たかった所」とあった。

 自分で言ったことなのに、字になると少し照れくさかった。アイリは紙を半分に折って、自分の帳面の間に挟んだ。


*


 その週の採取は森の外縁の秋の実だった。リナが道を選び、アイリが似た実を見分け、俺が量と場所を書いた。検品に通った分だけ報酬が出る仕事で、一日目の午後に細かい雨が降った。外套の肩に雨粒が玉になって、払うと落ちた。

 似た実が二種類あった。片方は食べられて、片方は腹を下す。アイリは実を一つずつ手のひらに載せ、止まって数拍見てから籠を分けた。迷った実は籠に入れず、別の小袋に分けて検品の窓口で聞いた。

 二日目の朝、森の外縁の空気が急に冷たくなった。セレスさんが息の白さを確かめるように手をかざした。

「次の冷える朝に、やりましょう」

 その朝は二日後に来た。まだ暗いうちに、セレスさんが宿の戸を叩いた。

 選んだ三つの場所のうち、今朝は一つ目の訓練場の隅だけだ。草に露が降りて白っぽかった。セレスさんはまず、地面に半分埋まった平たい石を一つ選び、その上に小さな棒を立てて何度か読みを確かめた。毎回同じ石で、同じ向き。村の観測で使ったやり方だ。

「二本の線を両方残した術と、片方を外した術を交互に。前と同じ比べ方で、今日は回数を倍にします」

 アイリが紙に二つの欄を作り、棒の目盛りを読む役になった。俺は回数を数えて欄に書き、棒を毎回同じ向きで石の上に戻した。

 外したほうの番になると、棒の先が細かく震えた。止まりかけて、また震える。残したほうでは震えは早く収まった。

 息が白かった。セレスさんの指先は赤くなっていて、術をかけるたびに一度だけ指を握って開いた。アイリが読みを言い、俺が書き、棒を石に戻す。途中でリナが焼きたてのパンを四つ抱えて来て、柵にもたれて黙って見ていた。

 十回、二十回、三十回。四十回目を書き終えて日が訓練場の柵の上に出る頃には、違いは目で見ても分かるようになっていた。

「効いていますね」とアイリが言った。「冷えた外では、線を残したほうが揺れが小さいです」

 セレスさんは嬉しそうにうなずいて、それから少し首をかしげた。

「……でも、思っていたほどではありません。前の冬はもっとひどく揺れた気がしていました」

「前の冬にひどかったのは、霧の朝でしたか」とアイリが聞いた。

「……ええ。霧の朝が多かったです」

「今朝は霧がありません。前の冬と同じ条件ではないので比べられません。分かったのは、今朝のこの冷え方での差だけです」

「そうですね。ほかの二か所も、次の冷える朝に」

 セレスさんは少し残念そうに笑って、帳面に書いた。冷えた外で効く。暖かい所では分からない。使う魔力は次に比べる。

 アイリも同じ言葉で自分の紙に書いた。

「効くけど、この条件で、ってことか」と俺は言った。

「はい。条件を書いておけば、次に使う人が困りません」とセレスさんが言った。

 次の二日はギルドの夜営と応急の講習だった。焚き火を風から守る石の組み方と、足首を固める布の巻き方を習った。リナは講師の説明が終わる前に布を巻き終えて、隣の組に教える役を言いつけられた。


*


 休みの日、アイリの予定どおり古着屋へ行った。

 店主はアイリが手に取った濃い灰色の外套を見て、身を乗り出した。

「お目が高い。羊毛は水をはじくからね。雪の中で一晩寝たって平気さ」

 アイリは外套を持ったまま店主を見た。

「どちらも売る人の話なので、どちらも冗談の可能性があります」

 店主の顔が少し固まった。

「いや、冗談じゃ……」

「待て待て」と俺は言った。「水をはじくほうは、この前の採取で見ただろ。俺のが小雨をはじいた」

 アイリは俺の外套の肩を見た。

「見ました。……すみません。見たことと売る人の話を一緒にしていました」

 店主は胸をなでおろしてから、「雪の中で一晩は、さすがに火を焚いておくれ」と小さく付け足した。

 アイリは自分の紙を出して書いた。水をはじく、小雨、マスターの外套で見た。雪の中で一晩、火を焚くなら、と店主が言い直した。

 アイリは袖を通して腕を前に出し、それから膝を曲げてしゃがんだ。

「階段で、裾を踏まない長さがいいです」

 鏡の前で、アイリは一度だけ俺のほうを向いた。

「どう見えますか」

「暖かそうだ。色も、お前に合ってる」

「暖かいかどうかは、まだ着て外に出ていないので分かりません」

 そう言いながら、アイリはその外套を脱がなかった。

 昼は東の通りの屋台で固い菓子を二つ買った。午後は市場の裏の荷さばき場で荷車の出入りを二人でしばらく眺めた。見ているあいだも荷車は次々に入ってきた。空いた場所に次の荷を寄せる人がいて、その人が手を上げるたびに荷車が一台ずつ動く。指図する人は一人で、あとは誰も大声を出さない。

「あの人、全部覚えてるのか」と俺は言った。

「腰の板に、白墨で印を付けています」とアイリが言った。

 それからしばらく、アイリは荷車が入る順番よりも、俺がどこを見ているのかを見ていた。


 二日後、ギルドの掲示板に領主府の募集が貼り出された。ハーゼル宿の地下の調査隊。術式の担当とその補助、ほかに冒険者を数名。

「この前の打診が正式になりました」とエルマさんが言った。「条件は領主府での顔合わせの時に説明があるそうです」

 セレスさんは票を読み終える前から、もう指先で縁を押さえていた。

「冷えた外で効く、がさっそく使えるかもしれません。地下は冷えるそうですから」

 声がいつもより速かった。それから票の前で振り返った。

「四人で受けたいです」

 リナが肩をすくめた。「あたしは最初からそのつもり」

 アイリは俺を見た。条件が出てから決めよう、と言ったのは俺だ。

「顔合わせには四人で行きます。返事は条件を聞いてから」

 エルマさんが顔合わせの名簿に四人の名前を書いて、判を押した。

 宿へ戻ると、壁の釘に外套が二着並んで掛かっていた。俺のは茶色で、アイリのは濃い灰色。アイリは自分のほうの袖を一度だけ指でつまんで、それから夕飯を食べに行こうと言った。

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