四人で出かける仕事
朝の鐘が鳴り終わる前に、俺たちは西門を出た。
門の外で依頼票をもう一度広げた。見出しは昨日読んだから、目はその下の行き先の名前へ行く。字を一つずつ拾った。
「ハー……ゼル」
「ハーゼル宿です」とアイリが言った。「街道沿いの宿場で、ここから西へ半日ほどです。見回るのは宿場の東と西の区間です。毎日歩いて、道と橋と石垣を見て、気づいたことを宿場の世話役に伝えます」
「三日間、毎日か」
「はい。報告は最後にまとめて、ギルドへ出します」
細かい条件は聞けば分かる。それでも見出しと行き先を自分で読めたのは、悪くない気分だった。
街道は乾いていた。夏の終わりの日差しがもう背中に暑い。荷車の轍が深く刻まれていて、リナはその縁を避けて歩いた。轍の底は固いが、縁の土は崩れて足首をひねる。
俺は歩きながら荷紐を締め直した。三日分の着替えと記録の紙と油紙。背中で荷が揺れると昼までに肩が痛くなる。倉庫で覚えたことは、荷が人の背中に乗っても変わらない。
道標が見えるたびに、アイリが立ち止まって地図と見比べた。
「二つ目の道標です。地図と合っています」
セレスさんは道端の草の前でしゃがみこんでいた。
「セレスさん、置いていきますよ」
「すみません。この辺りは土が乾いているのに、根元だけ色が濃くて」
セレスさんは今回、術式の判断を受け持つ。見回りで術式を見る場面があるかは分からない。本人は街の外の空気を測りたいと言っていた。測りたいものが多すぎて、たぶん三日では足りない。
日が高くなって、道端の待避所で一度休んだ。水袋を回していると、アイリが荷から小さな紙袋を出した。昨日の屋台の菓子が一つ入っている。
「明日の分です」とアイリが言った。「今日がその明日です」
アイリは菓子を布に包んで、石の角で四つに割った。固い音がした。四人で一かけらずつ口に入れた。
「……やっぱり固い」とリナが言った。それきり長いこと噛んでいた。
セレスさんは噛みながら街道の先を見ていた。遠くの丘の上で、草が風の形に揺れている。
「外の空気は、街の中とは測り方が違うんです。比べる場所が遠いので」
「三日で足りますか」と俺は聞いた。
「足りません」
即答だった。リナが笑った。
昼を少し過ぎた頃、街道の先に屋根が並んで見えた。
宿の女将のグレタさんは、俺たちが戸口に立つなり奥の長い机を指さした。
「見回りの人たちだね。夕飯は四つ取っとくから、暗くなる前に帰っといで」
東の区間は来る途中に歩いてきたので、荷を置いて、午後のうちに西の区間を歩いた。世話役の年寄りがどこからどこまでを見るのかを歩きながら教えてくれた。宿場の西の外れから旧道の分かれ道まで。古い石垣の続く所は雨のあとに土が落ちることがある。アイリがそれを紙に書き、俺は地図の区間に自分で線を引いた。
区間の半ばで、道の真ん中に太い枝が一本落ちていた。夜のうちに風で折れたらしい。リナが先に周りの藪を見て、見える所に動くものはないと手を振る。俺とセレスさんで枝の両端を持って、道の脇へ寄せた。そのあいだにアイリは小さな木橋の板を一枚ずつ踏んで、浮いている板の場所を書き留めた。
誰も何も言わなかった。言わなくても手が空いている者から動いた。前の仕事で覚えたことが、ここでも同じように働いている。それが少しおかしくて、少し嬉しかった。
宿へ戻ると、西の空が暗くなっていた。夕飯は豆と腸詰めの煮込みだった。明日の昼に何を持っていくかを話していると、屋根を打つ音がした。最初は数えられるくらいの音だった。すぐに数えられなくなった。
「明日、道がぬかるむね」とリナが言った。
グレタさんが窓の板を閉めながら、こんな降り方は夏の終わりに一度あるかないかだと言った。
*
雨は夜のうちに上がった。
次の日、日が高くなる頃には、道の水たまりから湯気が立っていた。ぬかるみを避けてリナが道の端を選ぶ。昨日より暑い。
旧道の分かれ道の少し手前で、リナが足を止めた。
「兄さん、あれ」
街道の端から数歩の所で、古い石垣の下の土が落ちていた。崩れた土の奥に穴が口を開けている。人が一人しゃがんで入れるくらいの大きさだった。
近づこうとして足が止まった。穴の縁の草が白い。
霜だった。
日はまっすぐ当たっている。首の後ろが焼けるほど暑い。それなのに穴の縁の草の先にだけ、細かい白い粒が付いていた。一つの粒が日に溶けて水になり、草の先でまた白く曇った。
穴のほうから風が来た。井戸の底をのぞいた時のような冷たさが、汗ばんだ腕を撫でていった。
俺は霜に指を伸ばしかけて、やめた。縁の土がまだ少しずつ穴の中へこぼれている。
アイリは穴から十歩ほどの所で止まって、それ以上は近づかなかった。
「冷たい空気が穴から外へ流れています。ここまで来ています。霜が付いているのは穴の縁の草だけです」
「中は」
「見えません。深さも分かりません」
宿場の子どもが二人、道の向こうから駆けてきた。リナが片手を広げて止めた。
「そこまで。穴の縁は崩れる」
セレスさんが鞄から測定棒を出して、穴から離れた所で構えた。棒の先が細かく震えて、止まった。構え直して、長いあいだ黙っていた。
「古い型の術式の反応です」
声がいつもより低かった。
「中で何が動いているのかは、ここからは分かりません」
俺はもう一度、草の先を見た。夏の昼に霜を見たのは初めてだった。
*
中に何があるのか見たかった。たぶん四人とも同じだった。
縁の土がまたひとかたまり落ちた。湿った土は音もなく、穴の暗がりへ吸い込まれていった。
地下の穴だ。昔の俺がやっていたゲームなら、迷わず入っている。でも、穴の深さも縁の固さも分からない。落ちたら、引き上げてもらえる保証はない。
「中には入らない」と俺は言った。「縄を張って、人と荷車を穴から離す。それから知らせを出す」
リナはうなずいて、もう道の先を見ていた。荷車が一台、宿場のほうから来る。
宿場へ人手を頼みに行くと、世話役がすぐに若い者を三人よこしてくれた。杭を打って、穴の縁からずいぶん離れた所に縄を張った。荷車には道の反対の端を通ってもらう。俺が御者に手を振って向きを示し、若い者が馬の口を取った。
見物の人が集まってきた。リナは縄の外の立つ場所を指で示して、「そこから先は来ない」とだけ言った。言われた人はそこで止まった。リナが言うと、なぜか皆止まる。
それでも宿場の若い男が一人、灯りを手に縄の端へ回り込んできた。
「ちょっと照らすだけだ。中がどうなってるか、宿場の者は知っときたい」
「縁が崩れてます」と俺は言った。「さっきより広がってる。照らしたくなるのは分かります。俺も見たい」
男は穴の縁を見て、それから俺の顔を見た。こぼれた土がまた一筋、暗がりへ落ちた。男は黙って灯りを下ろした。
アイリは縄の内側の、穴から離れた所に立って、霜の位置と風の向きを書いていた。セレスさんは外から分かる反応だけを一行ずつアイリに伝えた。
縄を張り終えた頃、草を食べに来たヤギが一頭、縄の下をくぐろうとした。
「近づかないでください」
アイリはヤギに丁寧に言った。誰も近づけないでくれと俺が頼んだのを、そのまま守っているらしい。言いながら手はもう角の付け根を押さえて、縄の外へ向きを変えさせていた。見ていた子どもが笑い転げた。ヤギは何も答えずに草へ戻った。
俺は宿場の机を借りて報告を書いた。ギルドと領主府へは宿場の早馬で出してもらう。
字を書くのはまだ遅い。知っている字だけで短く書く。場所、見たもの、したこと。最後に「まだ分からないこと」の欄を作って自分で埋めた。穴の深さ。中の様子。冷たい風がどこから来るのか。分からない字が二つあって、アイリに形を聞いた。
書き終えて渡すと、アイリが一度読んで、一か所を指で押さえた。
「ここです。『古い術式が冷たい風を出している』とあります。セレスさんが言ったのは、古い型の術式の反応がある、までです。その術式が風を出しているのかは、まだ分かりません」
俺は二本線を引いて「古い型の術式の反応あり」と書き直した。風との関わりは下の欄へ移した。
早馬が宿場を出たのは、日が西の山にかかる前だった。
*
その晩、グレタさんの食堂は穴の話でもちきりだった。
隅の席の年寄りが杯を置いて言った。
「昔、この辺りの地下に王国の何かがあったって話だ。わしの爺さまが、そのまた爺さまから聞いた」
「何かって、何だい」と誰かが聞いた。
「さあな。何かだ」
皆が笑った。アイリは紙の端に小さく書いていた。人づての言い伝え、中身は不明。
「あんたら、中は見たのかい」と年寄りが俺に聞いた。
「見てません。縁が崩れるので」
「そりゃ惜しい」
年寄りは本気で残念そうだった。グレタさんが鍋の向こうから「それでいいんだよ」と言った。
その声は笑っていなかった。グレタさんは鍋をかき混ぜながら眉を寄せていた。
「あたしはね、冬が心配だよ。冬は道に灰をまくんだ。凍ると荷車が滑るから。あんな穴から冷たい風が出てたら、あそこだけ真っ先に凍っちまう」
宿場の人にとって、あの穴は不思議な話である前に冬の道の話なのだと思った。
リナがパンで皿をぬぐって、「これ、うまいね」と言った。グレタさんは何も言わずに台所へ戻り、同じ皿をもう一つリナの前に置いた。リナは少し困った顔をして、それから黙って食べ始めた。
セレスさんは途中から匙が止まっていた。目は窓の外の暗がりの、旧道の方角を向いている。年寄りの話もたぶん半分は聞いていない。アイリが黙ってセレスさんの皿を手もとへ寄せた。セレスさんは「あ」と言って、やっと匙を動かした。
俺も昼の穴のことを考えていた。あの冷たい風はどこから来るのだろう。考えながら隣を見ると、アイリの皿はまだ半分残っていた。一口ごとに確かめるように噛んでいる。リナはもう二皿目を空けかけている。
今日はもう、誰にも次の持ち場はなかった。皿はまだ温かかった。
*
三日目に新しい騒ぎはなかった。
東と西の区間をもう一度歩き、縄が切れていないか、穴の縁がまた落ちていないかを見た。縁は少しだけ広がっていた。アイリは前の日と同じ石の上に立ち、同じ向きから見て、そう書いた。セレスさんも黙って同じ石に並び、測定棒を構えた。反応は昨日と変わらなかった。
帰り道、リナが縄の杭を一本ずつ足で押して確かめていた。
「穴、気になる?」と俺は聞いた。
「気になるよ。でも、あたしが入っても何も分かんないし」
リナはそう言って、最後の杭を軽く蹴った。杭は動かなかった。
見回りを終えた次の朝、領主府の役人と石工の親方が来た。
親方はオットーさんといった。六十は過ぎているだろう。縄の外に立ったまま、しばらく穴と石垣を見比べていた。
「縁はどこまで落ちた」
俺が昨日からの広がりを指で示すと、オットーさんはうなずいて、縄の外から太い指で石垣の目地をなぞった。
「王国の頃の積み方だ」
「分かるんですか」と俺は聞いた。
「石の噛ませ方が違う。今の連中はこう積まん」
役人は報告の場所の行を読み、それから街道と石垣を見比べた。
「旧道の分かれ道の手前、石垣の下か。王国の頃の石垣なら、文書庫にこの辺りの古い図面があったはずだ。探させよう」
縄と穴は役人とオットーさんに引き継いだ。俺たちの仕事は見回りで、穴の中ではない。そう決めて、少しだけ惜しかった。
宿場を出る時、グレタさんが戸口まで出てきた。
「次に来るのは茸の頃かね。茸の煮込みを作っとくよ」
「来るって決まってるみたいに言うね」とリナが言った。
「来るだろ」
グレタさんはそれだけ言って中へ戻った。
都市の門をくぐったのは、日が傾いてからだった。
次の日、ギルドでエルマさんに報告を渡した。三日分の見回りと穴の件。
二人分の手取りは銅貨三百枚。カウンターに置かれた銅貨をアイリが数えた。
受け取りながら、俺はまた穴のことを考えていた。日なたの霜。人がしゃがんで入れるくらいの口。その奥がどれだけ広いのか。
あれが崩れてできた穴なら、昔の人はどこから中へ入っていたのだろう。図面が見つかったら、まずそれを知りたい。
倉庫の扉を開ける前の、中に何がどれだけあるのか分からない時の気分に少し似ていた。
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