神の誤算と、蝕まれた舞台㈡
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
カイの両手から、金色の障壁が展開される。バチバチバチッ! 神の雷と、人の言霊が激突し、火花を散らす。
(……重い!)
カイは歯を食いしばった。膝が震える。先ほどのカオス(影の怪物)との戦いで消耗した分、出力が落ちている。それに、スサノオの怒りが、前回よりも力を増幅させている。だが、一歩も引くわけにはいかない。
「ハァッ!」
ソラが念動力で、崩れてきた天井の巨大な梁を空中で支え、学生たちの頭上を守る。
「こっちよ! 早く逃げて! パニックにならないで!」
クロは雷狼となり、出口を塞ぐ死神たちを蹴散らしていく。
「ガウッ! (邪魔だ、雑魚ども!)」
その巨体が、鋼鉄の扉を体当たりでぶち破る。スピーカーからは、ひかりの冷静な誘導放送が流れる。
『非常口は北側です! A棟への通路を確保しました! 落ち着いて、前の人に続いてください!』
カイたちの連携は完璧だった。前回の失敗を教訓に、被害を最小限に抑えつつ、学生たちを逃し、スサノオを孤立させる。カイが防ぎ、ソラが守り、クロが道を切り開き、ひかりが導く。このままいけば、勝てる。
そう思った、その時だった。
ズズズズズ……。
講堂の天井、そのさらに上空から、異様な音が響いた。それは雷鳴ではない。爆発音でもない。空間そのものが、何か巨大すぎる質量によって無理やり押し広げられ、「軋む」音だった。ガラスを爪で引っ掻くような、あるいは濡れた布を引き裂くような、生理的嫌悪感を催す不協和音。
「……なんだ?」
スサノオが攻撃の手を止め、天井を見上げる。カイもまた、嫌な予感に戦慄した。あの音は。あの気配は。先ほど、西の焼却炉で戦った「カオス」と同じ。いや、比較にならないほど強大で、濃密な「虚無」の気配。
(まさか……ここに来るのか!? こんな時に!?)
バリバリバリッ!!
講堂の天井が、物理的な破壊ではなく、デジタルノイズのように四角く分解され、消失した。空が見えるはずの場所には、空はなかった。そこにあったのは、色のない、ただの「穴」だった。その穴から、ドロリとした黒い液体のような闇が、滝のように降り注いだ。
「うわあああっ!?」
闇を浴びたスサノオの親衛隊(死神)たちが、悲鳴を上げる間もなく溶けていく。骨も残らず、存在そのものが消去される。
そして、闇の中から、巨大な「目」が現れた。一つではない。百、千、いや万を超える、ギョロリとした目玉が集合し、不定形の肉塊を形成している。カオス。それも、先ほどの影など比較にならない、次元の壁を食い破って侵入してきた、本隊クラスの上位個体「暴食者」だ。
「な……なんだ、これは!?」
スサノオが驚愕する。神である彼にとっても、それは未知の存在だった。神話にも、地獄の記録にもない、理外の怪物。カオスの肉塊は、スサノオの放つ強大な神気に反応し、無数の触手を伸ばした。高エネルギー反応。極上の餌。カオスにとって、神も人間も関係ない。ただの栄養源だ。
「貴様……神であるこの私を、喰らおうというのか!?」
スサノオが激昂し、天逆鉾で触手を薙ぎ払う。黒い雷が触手を蒸発させる。だが、切断された破片が、それぞれ独立した生き物のように蠢き、再生し、さらに分裂して四方八方から襲いかかる。物理攻撃無効。霊的干渉無効。理が違う。こちらの攻撃が「攻撃」として認識されない。
「カイ! あいつ、スサノオを狙ってる!」
ソラが叫ぶ。
「……まずい!」
カイは瞬時に理解した。スサノオは、この世界で最強クラスのエネルギーの塊だ。もしスサノオがカオスに喰われれば、神の強大なエネルギーを取り込んだカオスは、制御不能の「滅びの神」へと進化し、この星ごと飲み込んでしまうだろう。敵であるスサノオを、助けなければならない。なんて皮肉な状況だ。だが、迷っている暇はない。
「全員、退避ッ! この講堂から離れろ!」
カイは叫び、スサノオとカオスの間へと割って入った。黄金の言霊をまとい、カオスの前に立ちはだかる。
「何をする、小僧!」
スサノオが吠える。
「黙ってろ! そいつに触れるな! 取り込まれるぞ!」
カイは、両手を広げ、最大出力の言霊を練り上げる。カオスの存在を定義し、こちらの物理法則に縛り付ける。だが、相手が大きすぎる。講堂全体を覆うほどの質量。これを全て「翻訳」するには、カイの魂が焼き切れてしまうかもしれない。それでも、やるしかない。
(頼む……保ってくれ、僕の魂!)
カイが覚悟を決めた時。カオスの無数の目が、一斉にカイを見た。そして、肉塊の一部が変形し、人の口のような形を作った。
『……ミ……ツ……ケ……タ……』
不快な合成音声のような、歪んだ声。それは、カイの魂の深淵を覗き込むような響きを持っていた。
『……因果ヲ……歪メシ……特異点……』
『……オ前ヲ……喰ラウ……』
カオスの標的が、スサノオからカイへと切り替わった。時遡行を行った代償。世界のバグを生み出した元凶として、カイ自身が「排除すべきエラー」としてロックオンされたのだ。
ドォォォン!
カオスの触手が、音速を超えてカイに迫る。全方位からの刺突。防げない。言霊の展開が間に合わない。カイが死を覚悟した瞬間。
ガギンッ!!
硬質な金属音が響き、カオスの触手が弾き飛ばされた。カイの目の前に立っていたのは、意外な人物だった。燃えるような赤髪、漆黒の神衣。スサノオだ。彼は天逆鉾を構え、忌ま忌ましげにカオスを睨みつけていた。
「……勘違いするなよ、小僧」
スサノオは、背中越しにカイに言った。その声には、助けたことへの照れなど微塵もなく、あるのはただ、己の獲物を他者に横取りされることへの不快感と、神としての矜持だけだった。
「貴様の魂を狩るのは、この私だ。こんなどこの馬の骨とも知れぬ汚物に、横取りされてたまるか。……私の獲物に指一本触れさせるものか」
神のプライド。それが、奇妙な共闘を生んだ。カイは、目を見開いてスサノオの背中を見つめ、そして、ふっと口元を緩めた。
「……助かったよ」
カイは、苦笑しながら立ち上がった。
「一時休戦だ、スサノオ。こいつを倒さないと、世界もろとも消える。……君の支配するはずの世界も、ね」
「指図するな。……だが、今は利害が一致したようだな」
スサノオが、口角を吊り上げて凶悪に笑う。
「いいだろう。神と人、その力を合わせて、この不届きな侵入者を、虚無の彼方へ葬り去ってやる!」
崩壊する講堂。逃げ惑う学生たち。天井から降り注ぐ混沌の雨。その中心で、因縁の敵同士であるカイとスサノオが、背中合わせに並び立った。昨日の敵は、今日の友――ではない。昨日の敵は、今日も敵だが、共通の敵の前では手を組むしかない。これは、生存をかけた、最初で最後の共同戦線。
「行くぞ、小僧! 私の足手まといになるなよ!」
「そっちこそ! 飲み込まれても助けないからな!」
光と闇。創造と破壊。相反する二つの力が、螺旋を描いて融合し、未知の混沌へと放たれた。
X(Twitter)でも連載しています。
https://x.com/TakumiFuji2025
魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




